話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第19話 報復

ギルドの研修会で王都を訪れていた俺は退屈していた。初めて足を踏み入れた王都は華やかで、通りを歩く人々や商店も多種多様な事もあって驚かされた。でも、いくら華やかだと言っても二日も過ごせば飽きが来る。種類こそ豊富な露店の食べ物は毎日通うほど魅力的でもないし、酒場やカジノと言った娯楽施設には最初から興味がないので入ってすらいない。書店や雑貨屋で面白そうな本やお土産になりそうな小物を買い込んだ以外、俺はギルドの用意してくれた部屋を出ることはなかった。


今回俺が参加した研修会は年に何回か定期的に開かれているらしく、新しくギルドに雇われた人間は老若男女問わず参加が義務づけられていたので、俺は自分の住む街を離れ、遙か遠くにある王都まで来ていたと言うわけだ。


研修は座学がほとんどで、体を動かしたのは全員一斉に行った軽めの運動だけだった。ずっと椅子に座った状態で人の話を聞くというのは思った以上に苦痛であり、他の人と違ってこんな経験の無い俺には拷問のような時間に感じられた。一日でもウンザリなのに、それが計三日も続くとなると、最後の方は食欲もなくなってたっけ。


そんなに嫌ならサボって寝てれば良いじゃないかと思われそうだけど、最終日には筆記試験が残っているので、そんなわけにもいかなかった。結局俺は三日間、死んだ魚のような目で板書を眺めながら、ゴーレムのように自分の手を動かし続けて、目の前にある紙に講義内容を書き写していた。


そのおかげか試験に落ちることもなく合格して、晴れて研修会は終了したと言うわけだ。今までのストレスを発散させるように周囲の店で色々な土産物を買い込み、飛行魔法でサッサと自分の街を目指して飛んでいく。行きは挨拶回りしながらの馬車だったから時間がかかったけど、この飛行魔法ならあっという間だ。片道一週間かかった距離だったのに、半日もしないうちに街が見えてきた。


「お土産、喜んでくれると良いんだけど」


カリンとシエルには王都で流行ってる服と小物。ミランダさんやカミーユさんには日常で使える便利グッズ。ギルドの皆には日持ちのする銘菓を数種類、人数分だ。このまま手続きしないで直接家に帰りたかったけど、一応街の出入りには記録が残るので、俺は大荷物を抱えたまま正門の前に降り立った。周囲に居た人がギョッとしてこっちを見ていたけど、それ以上の反応はない。飛行魔法はまだまだ珍しいとは言え、シエルも日常的に使ってるし、驚かれることは少なくなっている。


「ラピスちゃん!」
「ん? ああ、門番さん。久しぶり」


誰かと思えば、街に出入りする時、たまに話しかけてくる門番さんだ。顔は知ってるけど名前は知らない――そんな微妙な関係だ。そんな彼は酷く慌てた様子で小走りに近寄ると、俺に小さく耳打ちする。


「カリンが大怪我したらしい。詳しいことはわからないけど、訓練所の救護室に居るはずだ。早く行ってやってくれ」
「!?」


カリンが――怪我? 無茶な依頼でも受けて無理したのか? でも、今の彼女がこの近辺の魔物に後れをとるとも思えない。だとすれば何が理由だ? ここで考えていてもしょうが無い。とにかく怪我をしているというなら急いで治療しないと! 俺は門番に礼を言うと、飛行魔法で訓練所に向かった。荷物を手から下ろすのももどかしく、担いだまま救護室へ走る。壊れそうな勢いで扉を開けたその先には、ベッドの上で眠るカリンと、彼女の側で看病するシエルの姿があった。


「ラピスちゃん!」
「カリンが怪我したって聞いて……具合は?」
「大きな傷は治癒士に治してもらったんだけど、魔力が足りないから続きは明日になったわ。でも命に別状はないって」
「……そっか。良かった」


安心して、思わずその場にへたり込んでしまった。ガサリと手に抱えた荷物が音を立て、ようやく自分が荷物を抱えたままだったのを思い出す。


「一体何が……カリンがこんな怪我をするなんて」


眠ったままのカリンは眉間に皺が寄って、時折苦しそうに呻いている。俺は慌てて彼女に手を伸ばし、その体に回復魔法をかけた。かつての仲間だった僧侶ほどじゃないけど、俺の回復魔法は結構強力で、死んでいなければどんな傷でも完全に治してしまう。骨折や体の欠損すら元通りだ。カリンの傷は見る見るうちに回復し、綺麗さっぱり消え去ってしまった。痛みがなくなったおかげか、カリンは静かに寝息を立てている。そんな彼女を見つめながら、俺はシエルから事の経緯を詳しく聞かされた。


§ § §


「――そう言うわけで、この傷はレブル帝国の勇者にやられたらしいわ。私もちょうど依頼から帰って来たところだったから直接目にしたわけじゃないけど、目撃者が多いから間違いないと思う」
「…………」


……仮にも勇者を名乗る人間が、一対一の最中に背後から不意打ちさせた? 挙げ句の果てに、抵抗力の無くなったカリンをいたぶって半殺し? 周囲の人間が必死になって止めたから殺されることだけは回避されたみたいだけど、それだって結果論でしかない。そいつがやる気なら、きっとカリンは殺されていただろう。


頭に血が上る。これだけ他人に対して怒りを感じたのは何百年ぶりか。見た事も無いレブル帝国の勇者を頭に思い浮かべ、そいつの体を引き裂きたい衝動に駆られた。俺は担いでいた荷物を静かに床に下ろすと、彼女のベッドに立てかけてあったカリン愛用の剣を手に取った。


「ラピスちゃん、何する気?」


そんな俺に、シエルが静かに尋ねてくる。彼女の声は、まるで全ての感情を押し殺したように無機質だ。


「決まってる。その糞野郎をぶちのめす。カリンに与えた痛みを何百倍にもして返してやる」


怒りで視界が歪みそうな俺は、彼女の顔を直視できずに、背中を向けてそう答えた。今の俺はきっと、今までに無いぐらい醜い表情をしているはずだ。他人に見られたところでどうって事無いけど、大事な友達にそんな顔を見られたくなかった。


「ラピスちゃんがその気になったんなら奴等は終わったも同然ね。でも、一人で行かせるわけには行かないわ」
「シエル?」
「私だって頭にきてるのよ。カリンをこんな目に合わせた奴は絶対に許さない。怒ってるのは自分だけだと思わないでね」


静かな口調の中に激しい怒りを感じる。そりゃそうだ。シエルは俺なんかよりずっと、カリンと付き合いがあるんだ。同じパーティーで冒険したことも、お互いに命を助けたことも、背中を預けて戦ったことも何度となくあっただろう。そんな戦友でもあり親友でもある人間が、ろくに抵抗も出来ず卑怯な手で殺され掛けたんだ。これが頭にこないわけがない。


「……じゃあ一緒に行こう。レブル帝国の勇者って名乗ったんなら、いずれレブル帝国に戻るはずだ。あっちで暴れれば勇者の耳にも入るだろ」
「上等ね。王城に火でも放てば飛んで帰ってくるに違いないわ」
「良いねそれ。せいぜい驚かせてやろう」


不敵に笑う俺達に恐怖は無い。王城に火を放つのも本気で言ってる事だ。どんな手を使っても奴らを誘い出し、しかるべき報いを受けさせなければ気が収まらないからだ。覚悟を決めて静かに身支度を調え、部屋を後にしようとした時、静かに俺達を止める者が現れた。


「……駄目。気持ちは嬉しいけど……無茶しちゃ駄目」
「カリン!」
「大丈夫なの!?」


弱々しく伸ばしたカリンの手が、俺の手を捕まえていた。傷が治っているとは言え、まだ本調子じゃないんだろう。フラつく頭を押さえながら、静かに身を起こそうとするカリンを、俺とシエルは慌てて支える。


「……もう。二人とも興奮し過ぎ。……殺気に当てられて目が覚めちゃったよ」
「……ごめん」
「ごめんなさい」


冗談めかしているけど、カリンは俺達を行かせまいと必死だったに違いない。浮かべる笑顔は頼りないし、顔色も悪いままだ。青ざめてるのは、ひょっとして俺達が異国の王都に殴り込みをかける相談をしていたのが原因かも知れない。そう思うと申し訳なくなってくる。


「……ふう。まったく。目を覚ますのがもう少し遅かったら大変なことになってたよ」
「……それは悪いと思うけど、でもカリン。こんな真似をした奴を野放しには出来ないよ」
「私も同じ気持ちよ。奴等はカリンに手を出した。つまりそれは、私達三人に喧嘩を売ったのも同じなのよ。だって私達は同じ家に住む家族みたいなものでしょ?」


カリンは一瞬嬉しそうに顔をほころばせたけど、すぐに下を向いてしまった。その表情は悔しげで、手はシーツをきつく握りしめている。


「駄目だよ。絶対に駄目。私だって悔しいし、やり返したいけど、その為に二人を犯罪者にさせるわけにはいかないもん。二人が私を大事に思ってくれるのは解るけど、私だって二人の事が大事なんだよ? 大事な人が自分のために無茶しそうになってるのを、黙って見過ごせると思う?」
「…………」
「…………」


ポタポタとカリンの目から涙がこぼれる。言うまでも無く、一番悔しい思いをしているのはカリンだ。実力で勝っていたのに、勝利目前での不意打ち。それがどれだけ悔しいことか。いつも明るく、滅多に涙を見せることの無いカリンが泣くほど悔しがっているんだ。その彼女が我慢しているのに、俺達がカリンの気持ちを無視して行動するわけにはいかなかった。


「あいつ等はレブル帝国が公認している勇者だって言ってた。そんな奴等に手を出したら、どんなに誤魔化しても処罰が下るに決まってるよ。お願い。ここは堪えて」


何の非もない被害者のカリンが頭を下げる。天井を見上げ、呼吸を整える。心の内に燃え上がった怒りの炎を、体の奥へと押し込めていく。カリンにここまで言わせて、これ以上我を押し通すことなど、俺には出来なかった。


「……カリンがそう言うなら、我慢するよ。一番悔しいのはカリンだしな」
「ラピスちゃん……」
「悔しいけどカリンの言うとおりだもんね。下手に手を出してたらどうなったか――」
「その事なら心配しなくて良い」


突然救護室の扉を開き、そう言いながら中に入ってきたのは、ギルドマスターのクリークさんだった。


「ギルドマスター?」
「喜べ三人とも。国からの許可が下りたぞ」
「許可って……」


一体いつから話を聞いていたのか。普段なら周囲の気配を察することが出来る俺も、頭に血が上った状態じゃ、クリークさんの接近に気がつかなかったみたいだ。戸惑う俺達を余所に、クリークさんは不敵な笑みを浮かべる。


「カリンがレブル帝国の勇者にやられた情報は、俺の元にも入ってきていたよ。すぐに治癒士を手配した後、領主様の城へ走って事情を説明したんだ。レブル帝国の勇者が領民に対して暴行を加えたとな」


あのやり手の領主様なら、連中にも何らかの罰が下されたかも知れない。期待した俺達だったけど、クリークさんの話で即座に否定された。


「いくら領主様とは言え、勇者は国家が認めた特別な存在だ。おいそれと処罰は出来ない」
「そんな!」
「じゃあ野放しなんですか!?」


くってかかる俺達を宥めるように、クリークさんはゆっくりと首を振った。


「落ち着きたまえ。話は最後まで聞くように。私からの情報を得た領主様は、遠話の魔道具ですぐ王都へ連絡してくださったんだ」
「連絡って、一体誰に?」
「もちろん国王陛下にだよ」
「!」


こう言っては何だけど、国家規模で考えれば、今回の暴行事件は握りつぶされるのが当然と思える話だ。一領民の敵討ちより、レブル帝国との友好を優先する――為政者ならそう考えるのが普通だと思う。しかし、この国ボルドールの王様は、普通の人じゃなかったようだ。


「陛下は今回の話を聞いた途端、大変お怒りになったそうだ。カリンが暴行された事に怒るのは当然として、国家を代表する勇者という存在が、特権を傘に自国民を害したことに激怒されたのだろう」
「つまり……行動を保証しているボルドール王家の面子を、勇者達が潰したことになるんですね?」
「そう言う事だ。このまま放置しては国家の名折れ。レブル帝国に舐められっぱなしではいられないとおっしゃったそうだ」


この国の王様には会ったことが無いけど、なんか……親近感が湧くな。王様と言うより、まるで血の気の多いギルド職員みたいだから。


「と言う事は、奴等の討伐命令が下されたんですか?」
「いや、流石にそこまではいかない。どんなに性根が腐っていようと、仮にも勇者を殺害したとなれば、国際問題に発展するかもしれんからな。……ひょっとしたら、レブル帝国はそれが狙いであのような連中に勇者の称号を与えたのかも知れないが……」


あり得る話だ。領土拡張の野心を持つレブル帝国でも、大義名分も無しに戦争を仕掛けるわけにはいかないだろうから。もしボルドール王国内で勇者を殺害した場合、きっとレブル帝国はボルドール王国を公然と非難するはずだ。人類の希望となる勇者を殺害する事は、全人類に対する敵対行為だ――とか何とか言って。でもまぁ、仮の話は置いといて、今はクリークさんの話を聞いておこう。


「そこで陛下から許可されたのは、ボルドール王国内での私闘解禁だ。つまりこの国の中だけなら、殺さない限り痛めつけて良いと言うことだな。今回のことは公的に私闘であって、王国は一切関知していないと言う形になる」
「おお!」
「へえ~。なら今から追いかけてって、すぐに痛めつけてやらないとね」
「国の諜報部が連中の現在地を把握してくれているぞ。連中、つけられているなんて欠片も考えてないようだ。派手に動き回って追跡が楽だったそうだぞ」


国のお墨付きが貰えるなら、もう遠慮はいらないな。クソッタレの勇者共。俺の友達に手を出したことを、死ぬほど後悔させてやる。さっき心の奥底に押し込んだ怒りの炎が、再びふつふつと燃え上がってくるのを自覚する。もう我慢する必要は無いんだ。


「カリン。俺達が仕返ししてくるから、ここで待っててくれ」
「ちゃんとアンタの分までぶちのめしてくるからね」
「――待って!」


興奮のまま救護室を後にしようとした俺とシエルを、再びカリンが鋭く制止した。何だ? ひょっとして、また駄目とか言うのか? でも国の許可ももらってるのに……。不安になって後ろを振り向くと、なんとカリンは自分の剣を手に取って立ち上がっていた。


「奴とは――勇者とは私が戦う。二人は邪魔が入らないようにしてくれれば良い」
「カリン!」


さっきまでの死にそうな気配は何処へやら。カリンは全身に生気をみなぎらせ、気合いの入った表情をしている。自分の仇は自分でとる。その気の強さ――それでこそカリンだ! 俺は自然に顔がニヤけるのを抑えきれない。


「ラピスちゃん。顔……」
「え? ああ、うん。わかってる」


シエルが苦笑気味に忠告してくれるけど、やっぱりニヤけた顔は元に戻らない。そんな俺に、カリンはスッと手を差し出した。


「行こうラピスちゃん。私の仇討ち、手伝ってくれるんでしょ?」
「当たり前だ。最速で連中のところへ連れて行ってやるよ」


カリンの手をガッシリと握り、俺はそう宣言した。


§ § §


クリークさん経由でもたらされたボルドール王国諜報部の情報によると、レブル帝国の勇者一行は、現在この街から北西に四十キロほど距離のある、キャビーナと言う街に滞在しているらしい。あまり大きな街でもないので宿屋は数件しかなく、目星をつけるのは簡単だそうだ。歩きなら二日か三日かかるその距離を、俺はシエルとカリンをぶら下げたまま、文字通り最速で飛んできた。あまりに早すぎて呼吸困難になった二人に気がつき慌てて速度を落としたら、倒れそうになった二人に恨みがましい目で睨まれてしまった。


「……勇者と戦う前に死ぬとこだった……」
「……ちょっとは考えて動いてよ。私達はラピスちゃんほど頑丈に出来てないんだから」
「……ごめん」


ぜーぜーと荒い息を吐く二人に怒られた甲斐あってか、出発してから一時間も経たないうちに、俺達は目的のキャビーナへと到着していた。キャビーナは俺の住む街に比べて二回りほど小さいらしく、晩飯時だというのにあまり人通りは多くない。普通なら露店や酒場が賑わう時間帯なのに、数人の酔っ払いとすれ違っただけだ。俺達はそんな人々を避けながら大通りを歩き、宿の集まる一画に足を進めていた。


「どれに勇者が泊まって……って、あれに間違いないわね」
「うん」
「相変わらず好き勝手やってるみたいだな」


なぜ勇者の泊まる宿が解ったのか? 答えは簡単。宿の前に怪我をした従業員が数人たむろしていたからだ。彼等は顔に青あざがあり、明らかに暴行された後だとわかる。俺達はそんな店員達に近寄り、和やかに声をかけた。


「すみません」
「……はい? 何でしょうか?」


こんな時、宿の店員なら客が来たと元気になって呼び込みをするか、自分の宿のアピールに忙しいはずだ。しかし彼等は全体的に覇気が無く、まるでやる気が感じられない。


「この宿に勇者は泊まっていますか?」
「ああ、勇者様のお知り合いですか?」


途端、店員達の目つきが厳しくなった。まるで店で暴れたチンピラの仲間が加勢しに来たのか? とでも言わんばかりの目つきだ。こちらとしてもあんな連中の仲間と思われるのは不本意なので、即座に否定しておく。


「違います。あの連中とは敵対してまして。ぶちのめしに来たんですよ。良かったら案内して貰えませんか?」


笑顔のままそう言うと、店員達は一瞬呆気にとられたようにポカンとした。しかしすぐ気を取り直すと、今までの態度が嘘のような笑顔になった。


「もちろんです! 何処のどなたか存じませんが、あの連中を宿から引きずり出してくれるなら大歓迎ですよ! 着いて来てください!」


自分で言うもなんだけど、ぶちのめしに来たとか言う危険な奴を宿に招き入れるのは、店員としてどうなんだろう? まぁ、それだけ勇者にムカついていたって事なんだろうな。嬉々として歩く店員に案内されたのは、この宿で最上級と思われる部屋だった。なにせ三階建ての一番上、一フロアまるまる部屋になっているんだから。中では酒でも飲んでいるのか、下品な笑い声がこだましている。そんな騒ぎに構わず後ろを振り向くと、カリンが少し緊張気味に身を固くしていた。


「いけるか、カリン?」
「大丈夫。いけるよ」


なら始めよう。こっから先は口ではなく体を動かす番だ。店員に下がるよう手振りで警告した後、俺は両開きの扉を外から思い切り蹴飛ばした。


「な、何だ!?」


乗り込んだ部屋の中では、半裸の男女が四人、驚いた顔でこちらを見ている。


「初めましてレブル帝国の勇者様。俺の名はラピス。昨日はうちのカリンがお世話になったようで、お礼参りにやって来ました」


和やかに笑みを浮かべながら、わざとらしいぐらいに深々と礼をする。呆気にとられていた男女はハッとしたようにソファから飛び起きると、近くにあった武器に手を伸ばす。


「呼ばれもせんのにいきなり乗り込んでくるとはどう言うつもりだ! ボルドールの人間は礼儀も知らんのか!?」
「そうよ! おまけにその安っぽい服! ここはお前のような下賤な者が入れる部屋じゃないのよ!」
「分をわきまえなさい! 恥知らずが!」
「空気が汚くなるわ! 今すぐ出て行きなさい!」


口々にこちらを罵倒する勇者パーティー。……なるほど、これは確かにムカつくな。本来ならすぐに殴り倒したいところだけど、今回の主役はあくまでもカリンだ。俺とシエルの仕事は場を整える事だけ。未だにピーチクパーチクとうるさい連中を黙らせるため、俺は正面に立つ連中に最大限の殺気を叩きつけた。


「うぐ!?」
「ひっ!?」
「なっ!」
「なによ!?」


殺意を向けることには慣れていても、その逆の経験は無いのだろうか。勇者達は一斉に口をつぐみ、ガタガタと細かく振るえ始めた。そんな時、後ろに立つカリンがソッと俺の横に立つ。俺はカリンに一つ頷き、殺気をかき消した、


「……かはっ!」


まだ何もしていないというのに、勇者達は荒い息を吐いている。四つん這いの状態で怯えながら俺を見上げた勇者は、俺の横に立つカリンを見た途端驚きに顔を歪めた。それが昨日自分を追い詰めた戦士だと気がついたんだろう。


「お、お前は! そうか、一人じゃ敵わんから助っ人を連れて奇襲してきたってわけか! 下賤な冒険者の考えそうなことだ!」


どの口でそんな言葉を吐いているんだ!? あまりの言い草に激高しそうになった俺とシエルを、カリンは腕で制止する。


「勘違いしないで。戦うのは私だけよ。私とあんたの一対一、邪魔者の無い状態で決着をつけましょう」


意外な提案に勇者が嫌らしい笑みを浮かべた。コイツ、一対一ならなんとかなると思っているらしいな。どうやら実力差も理解出来ないおつむのようだ。


「良いだろう。受けて立ってやるとも。確認しておくが、そっちの二人は参加しないんだな?」
「しない。お前とカリンの戦いの決着がつくまで、絶対手を出さないと誓う」
「本当か?」
「くどい!」


お前等じゃあるまいし、俺達がそんな卑怯な真似をするか。


§ § §


俺達と勇者パーティーは、キャビーナの街から少し離れた草原で対峙していた。ここは街道からも離れた場所にあるらしく、周囲に人はおろか魔物の気配も無い。街からも離れているので、騒いだところで人が集まったりはしないだろう。既にカリンと勇者はそれぞれ前に出て、持っていた剣を構えて睨み合っている。試合じゃないので審判も無し。こっちは相手を殺せないけど、むこうはそんな事気にしないで、本気で殺そうとしてくるはずだ。状況的にはカリンが不利と言えた。


「……十秒後に開始する。十、九、八――」


俺のゆっくりとしたカウントダウンに比例して、場の緊張感が高まっていった。カリンは全身に魔力をみなぎらせ、いつでも飛びかかれるように力を溜めている。対する勇者は、本心はともかく、顔に薄ら笑いを貼り付けたままだ。


「――二、一、始め!」


瞬間、二人が同時に跳躍した。互いの剣を大きく振りかぶり、挨拶代わりに激突させる。


「くっ!」
「ぬぐ!?」


カリンは少し顔を歪め、見事な身のこなしで後ろに着地した。勇者は何度かたたらを踏みながらその場に踏みとどまる。すると奴は小声で何かブツブツと話し始めた。


「!? やらせない!」


それが魔法の詠唱だと瞬時に判断したカリンが、猛然と勇者に襲いかかる。勇者と言うだけあって、奴は剣と魔法の両方が使えるらしい。しかしその腕前はお粗末なもので、カリンの猛攻に耐えられず、詠唱を中断する程度でしかないようだ。


「くそ! 鬱陶しいぞ糞女!」
「お前に言われたくない!」


剣と魔法のどちらで攻めるか迷いがあるせいか、勇者の動きは精彩を欠いている。その隙を見逃すほどカリンは甘く無く、ここぞとばかりに剣を振り回し、魔力の乗った強力な連撃を叩きつけていた。このまま行けば問題なくカリンが勝てる――そう思った時、彼女の横合いから炎の矢が飛んできた。


「な!?」


完全な奇襲攻撃に驚くカリン。しかしその矢は彼女の身に届くまでもなく、空中で霧散してしまう。それに驚きの声を上げたのは、やはりと言うか、勇者の取り巻き女達だった。


「そんな! 魔法がかき消された!?」
「嘘でしょ!?」


俺が見ている前で奇襲など許すはずがない。決闘を汚したこの女達には後でお仕置きをするつもりだったけど、俺よりシエルがやる気になったようだった。


「そんなに暇なら私が相手をしてやるわよ。三人纏めてかかってきなさい」
「なんだと!?」
「魔法使い一人で私達を相手にする!? 身の程知らずね!」
「あの世で後悔すると良いわ!」


敵の構成は、戦士、僧侶、魔法使いだ。普通に考えればシエルだけで戦闘になるわけがない組み合わせだったけど、俺は彼女に加勢するつもりがなかった。理由は単純。あの取り巻き程度、今のシエルなら問題なく倒せるからだ。


「炎の槍! 氷の雨! 風の刃!」


シエルの魔法が発動し、三種類の魔法がほぼ同時に放たれる。俺が最近シエルにやらせているのは、徹底的な詠唱の簡略化だ。無詠唱の出来ない彼女にとって、魔法を使うための詠唱は必要不可欠。しかし一瞬でも時間の惜しい実戦では、悠長に詠唱を唱えているのは自殺行為になる。そこで彼女にやらせたのは、魔法が発動した時の強固なイメージと、魔法を出現させるために必要な力のある言葉の強化だった。


本来魔法を使うのに詠唱は必要ない。巨大な魔力と強固なイメージさえあるのなら、無詠唱でも魔法は発動する。俺なんかがそのタイプだ。しかし万人が俺と同じように魔法が使えるわけもない。ならどうするのか? その答えが詠唱だ。世界に漂う魔力に呼びかけ、自分に力を分けてもらうために必要な行為こそ、詠唱の本質なのだ。


以前と比較にならないほど魔力の増大した今のシエルなら、魔法を発動させる力ある言葉だけを口にすれば、後は魔力任せに敵を攻撃することが出来る。詠唱を唱えながらだと戦士に切りつけられ、魔法を使う暇も無く倒されただろう。しかし今の彼女に対して、並の戦士では近寄ることすら難しい。


三種類の魔法は驚愕に顔を歪めた女達に殺到し、狙い違わず命中した。咄嗟に張った僧侶の結界で僧侶と魔法使いは無事だったようだけど、風の刃をまともに受けた戦士は全身を切り刻まれ、血まみれになってその場に倒れ込む。


「やったわね!」


仲間が倒れたことで激高した魔法使いが、お返しとばかりに再び炎の矢を放ってくる。それと同時に飛びかかってくる僧侶。その手には凶悪な形をしたモーニングスターが握られていた。魔法を避けるかよけられるかしたら、これでシエルを殴打するつもりなんだろう。いくら修行したと言ってもシエルは魔法使い。接近戦に強いわけがないと判断したんだ。


飛んでくる炎の矢はシエルの結界に阻まれて、炎を巻き上げる。その隙を突くべく接近した僧侶が力任せにモーニングスターを振りかぶり、地面にめり込む勢いで振り下ろした。


「やった!」
「え? いや、手応えが――ぎゃあ!」


上空から飛来した無数のつぶて。それはシエルの生み出した氷の雨だ。そう、シエルは魔法の着弾と同時に浮遊魔法で飛び上がり、上空から魔法で二人を打ち倒したのだった。浮遊魔法が珍しいこの時代、まさか空に飛び上がるなんて思いもしなかっただろうな。


「はあ! やあ!」
「く、くそ! 調子に乗りやがって!」


カリンと勇者の戦いもそろそろ決着がつきそうだ。勇者の鎧は至る所が破損し、顔面や手足にはいくつか裂傷が確認できる。後一押しすればカリンの勝利で終わるだろう。このままでは負ける――そう思ったのは勇者も同じらしく、奴はカリンの剣をガッチリと自分の剣で受け止めると、力任せに彼女の体を弾き飛ばした。


「くう!?」
「もらった! 世界の理、根源たる魔力よ! 俺に力を貸せ! 喰らえ! 火球ファイヤボール!」


大層な詠唱の割に出てきたのは、人の頭ほどの大きさがある火球だった。と言っても、まともに食らえば大やけどじゃすまない攻撃だ。詠唱もなかなか早い。そこで転がっている魔法使いよりは術の発動が早かった。


カリンに迫る火球。勇者は彼女が避けたところを襲うつもりなのか、火球の後を追うように跳躍した。しかしカリンはよけもせず、正面から火球に向かうと、その剣を大きく振りかぶる。


「なに!?」
「やああああ!」


振り抜いたカリンの剣は迫り来る火球を両断し、返す刀で驚愕に身を固める勇者の鎧を切り裂いた。噴き出る鮮血。致命傷には至らないが、もう立っていることの出来ない負傷だろう。勇者は信じられないと言った顔のままゆっくりと地面に倒れ込む。


「ば……馬鹿な……お前の剣は……魔剣だったのか……」
「これはただの剣。安物よ。私は剣に魔力を通してあんたの魔法を切り裂いただけ」


信じられないものを見る目で、カリンとその手に持った剣を見上げる勇者。もう奴等に戦闘能力は皆無だ。カリンの完全勝利だな。


「やったなカリン!」
「おめでとう!」
「二人とも……。うん、ありがとう! 私、二人のおかげで勝てたよ!」


心の底から笑い合う俺達。カリンは自らの敵をとり、誇りと自信を取り戻すことが出来た。シエルも友達を守ることが出来た上に、ムカつく取り巻きをぶっ飛ばしてご満悦だ。言うこと無しの状況だけど、そこに水を差すべく口を挟んできた奴がいた。誰であろう、血まみれで倒れている勇者その人だった。


「貴様等……こんな事をして、ただで済むと思ってるのか……? レブル帝国が黙っていないぞ!」


この期に及んで他力本願なコイツの性根には、呆れるよりも感心してしまう。一体どれだけ卑屈な人生を送ってくればこれだけ捻くれた性格になるんだろうか?


「心配いらないよ。国からの許可は取ってある。それよりお前等、自分の身の心配をした方が良いんじゃないのか?」
「……どう言う意味だ?」


俺はそれに答えず、勇者パーティーを引き摺って一カ所に集めた後、全員を回復魔法で回復させてやった。


「ラピスちゃん!?」
「ちょっと! 何やってるのよ!」


せっかく倒した勇者を全快させたので、カリンとシエルが慌てている。勇者は何が起きたのか一瞬理解出来なかったようだけど、急に大声を上げて笑い始めた。


「はーっはっはっは! そうかそうか、そう言う事か! 俺をこのままにしておけばレブル帝国の報復が怖いからな! それで今更命乞いか!」


……一度コイツの頭を解体して中身を見てみたい衝動に駆られる。お花畑にも限度があるだろう。俺が奴等を回復させたのは、もちろんレブル帝国が怖いからじゃない。単に俺の番が残っていたからだ。


「何を勘違いしてるんだお前は? アホなのか? さっさと武器を構えろ。今度は俺が相手だ。ああ、せめてものハンデとして、全員纏めてかかってきて良いぞ」
「え?」


途端に弱気になる勇者。さっき叩きつけられた殺気を思い出したんだろう。自分の敵わない絶対強者との戦闘に、奴等は顔を青くした。


§ § §


――シエル視点


「ほらほらどうした!? もっと根性見せて見ろ!」
「がはっ!」
「ぎゃう!」
「ぎええっ!」
「ぐえ!」


奴等が叩きのめされるのはこれで何度目かしら? 半殺しにしては回復し、回復したらまた半殺しにする。最初の内は必死で抵抗した勇者達も、三回目ぐらいから逃げに徹して無駄だと悟り、五回目以降は体を丸めて痛みに耐えるだけになっていた。そして今は抵抗することも逃げることも無駄だと悟ったのか、今は壊れた玩具のように吹き飛ばされるがままになっている。


ラピスちゃんは……笑ってるわね。溜まりに溜まった鬱憤を発散させるみたいに、嬉々として勇者パーティーを痛めつけているわ。あの娘って、サッパリしているようで案外執念深いところがあるのね。勉強になるわ。


「ら、ラピスちゃん……そろそろ良いんじゃないかな……? もう帰ろうよ」


一番奴等に恨みがあるはずのカリンですらドン引きし、弱々しく制止している。今更ラピスちゃんの強さに驚いたりはしないつもりだったけど、やっぱり今回も驚かされたわ。あの娘は普通じゃないわね。素手で高価な鎧を引きちぎり、頑強な剣を握りつぶすとか、誰がそんな事出来ると思う? あんな虫も殺せないような外見で非常識過ぎるわよ。


「ん? そうだな。カリンがそう言うならそろそろ帰ろうか」


その言葉に、地を這う勇者達が涙を流しながら安堵していた。奴等の鼻っ柱は、精神的にも物理的にもバキバキに折られ、今や見る影もないぐらいになっている。しかしそこはラピスちゃん。最後の最後まで非常識なことをやり始めた。何を思いついたのか、彼女は勇者パーティーを再び回復させると、なんと全員の履き物を脱がせ始めた。抵抗しようとする勇者や女達にはお構いなしで全員の下半身だけを丸裸にした彼女は、突然あらぬ方向に視線を向けて一人で喋り始めた。


「お前達、恐怖を感じた事ってあるか? 心底恐怖した時、人は背中に氷柱を突っ込まれたような気分になるそうだよ」
『?』


言っている意味がわからず、その場にいた誰もが疑問符を浮かべる。何を言ってるのこの娘は?


「それとは違う言い回しで、ケツに氷柱を突っ込まれたって表現もあるらしいな。でもさ、実際にそんな事をされた人は居ないわけだろ?」


そう言って、彼女は両手の中に一本の小さな氷柱を生み出した。まさかと思うけど……。同じ結論に至ったのか、カリンも青ざめた顔になっている。勇者達は今までに無いほどガタガタと体を震わせ、今にも死にそうなほど怯えている。


「だからちょっと実験してみたくてさ。今からお前等のケツの穴に氷柱を突っ込むから、是非その感想を聞かせてくれ。それで今回の件は勘弁してやる」
「い、嫌だああああ!」
「助けて! 誰か助けて!」
「止めてよ! 止めて!」
「お願い! 考え直して!」
「大丈夫だ。ただ今後、う○こする時にトラウマが蘇るだけだから」


走って逃げようとした勇者パーティーは、一瞬でラピスちゃんに組み伏せられてしまう。そんな奴等に、ラピスちゃんはニッコリと微笑みながら氷柱を近づけていく。


「安心しろ。俺は経験無いけど、慣れたら気持ちいいって話だから。じゃあ行くぞ? まずは勇者からな」
「や、やめ! 止めてください! やめ――アーッ!!」


夜空に響く勇者の悲鳴を聞きながら、私とカリンは心に誓った。今後絶対、何があってもラピスちゃんは怒らせないぞ――と。

「勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

  • ノベルバユーザー339879

    いいぞ、もっとやれ

    0
  • KONOHA

    スッキリした( ˶ˆ꒳ˆ˵ )

    0
コメントを書く