勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第16話 引っ越し

訓練所の仕事を掛け持ちでやり始めてから、俺の生活からは休みがほとんどなくなってしまった。週七日の内三日を訓練所、四日を受付業務に割り振っているから当たり前と言えば当たり前なんだけど、流石に疲れてきた。もともとそんなに疲れない質だし、神々の加護もあって肉体的な疲労はすぐに回復してくれる。でも精神的なものはそう簡単に回復してくれない。毎日仕事ばかりで、同居しているシエルと会話するのも朝晩の少しの時間だけになっている。これはマズい。このままじゃいずれ今の生活にも嫌気が差すかもしれない――と思った俺は、上司であるギルドマスターのクリークさんに直談判する事にした。


「休みが欲しい?」
「はい。受付業務を一日減らして、週三日に出来ませんか? そろそろ限界なんです」


訓練所が完成してから約二ヶ月、教官の仕事は人に教えることで自分が忘れかけていた技術や志が再確認できたし、やりがいのある仕事だ。受付業務も色々な人と接触できて楽しいし、最近ようやくコツを掴めるようになってきた。でも掛け持ちでやるなら四日はやりすぎだと思う。他のギルドから応援で来てくれた人も居るし、現状だと俺が完全に抜けてしまっても大した影響はないと思うので、両方の仕事のバランスを考えて、受付業務を一日減らしたい――と言うのが俺の希望だ。


掛け持ちで両方やりたいと最初に言ったのは俺だし、都合の良い言い分だから怒られるかと思ったけど、クリークさんは何だそんな事かと言わんばかりに、肩を竦めた。


「それは構わないよ。人員も増えたしね。むしろこっちから話そうかと思っていたくらいだ」
「……そうなんですか?」
「そりゃあね。他の職員はもちろん、私だって週に一度は休みを取っているんだ。それなのに君と来たら……。私はてっきり貯金目的で休み無しなのかと思っていたから声をかけずにいたんだが」
「あ……あはは……」


そう言えば以前、昼食時に給料の使い道が話題に上がって、貯金を頑張っていると答えた覚えがある。いつまでもシエルの世話になりっぱなしなのも悪いし。


「そう、その貯金のことなんだが、一気に増えるかも知れないぞ?」
「どう言う事でしょうか?」
「先日の戦いの後、祝勝会で領主様から聞かなかったかね? あの戦いに参加した者達には一律で報奨金が支給されるが、その中でも特に活躍した者に特別報奨金を出すことになっているんだ。領主様も色々と手続きを急いでいたんだが、なにせ領地を守るための事業に忙しかったからね。伸びに伸びて今になったと言うわけだ」


マジかよ! 一律でもらった時に終わったとばかり思っていたのに、思わぬ臨時ボーナスになりそうだな! 独りでに顔がニヤけでもしていたのか、クリークさんが俺を見て苦笑している。いかんいかん。淑女たるもの、大金を貰えるからと言って浮かれてはいけない。浮かれるのは誰も居ない時だけにしなければ。ゆるんだ表情を引き締め直した俺に、クリークさんは一通の封筒を差し出した。手紙を書く習慣のない俺にもわかる、高級で品の良い封筒には、蝋で固めた痕がある。クリークさんが開封した時に外したんだろう。


「それでだ。ラピス君とカリン、シエルの二人には領主様から招待状が届いている。他にも何名か冒険者が呼ばれているが、そっちは君達と面識がないようだから私から伝えておこう。君達とは呼び出された日時も違うしな。とりあえず君達三人は一週間後。午前十時に城を訪ねるようにとお達しだ」
「解りました。なら二人には今夜にでも俺から伝えておきます」
「頼んだよ」


希望の休みどころか、思ってもいなかった臨時収入の話を聞かされて、おかげでその日は残りの仕事中終始顔がニヤけっぱなしだった。おかげでカミーユさんやミランダさんに心配されてしまったが。


§ § §


「ここに来るのは初めてじゃないんだけど、どうしても緊張しちゃうね」
「私も……」
「二人とも、ここで突っ立っててもしょうがないよ。行こう」


クリークさんに休みを直訴した一週間後、俺はカリンとシエルの二人と一緒に、領主様の城を訪れていた。城の警備は厳重だ。以前からこうなのか、最近こうなったのかは知らないけど、ひょっとしたら魔物の氾濫を機に警備が強化されているのかも知れない。カモの子供のようにおっかなびっくり俺の後をついてくる二人を引き連れて、俺は正門横にある詰め所の兵士に声をかけた。


「何用かなお嬢さん。内部の者に差し入れか? それとも領主様との謁見を希望かな?」
「領主様から招待状を頂いて参上しました。お取り次ぎ願えますか?」


俺が差し出した招待状を手に取った兵士は、チラリと視線で中を見て良いかと尋ねてくる。当然なので頷き返すと、彼は招待状の内容を黙読し、最後に書かれている領主の印を日にかざして確認してみせる。


「間違いなく領主様の書かれたもののようだ。ではお三方を領主様の客人としてお持て成し致します。案内致しますのでどうぞこちらに」


今までの厳格な態度から一変して、兵士は物腰穏やかな、まるで執事のような態度になった。後ろに二人が何か喜んでいる気配がするけど、相手にすると収拾がつかない事態になりそうなので、敢えて無視する。


長い廊下を一列になって歩く。造りのしっかりとした絨毯は足音を完全に消し去ってくれて、薄い革靴を履いている俺達の足に優しい。今日の俺達は領主様にお呼ばれしたと言う事で、普段の鎧ではなく普段着を身に着けて登城している。と言ってもドレスなど誰一人持っていないから、カリンとシエルは俺がプレゼントした服を、俺は昨日服飾店で買った白いワンピースを着ている。普段着より少しマシ程度だけど、これが一張羅だから仕方がない。


すれ違う人々に会釈を返しながら進んでいくと、どうやら目的の部屋に到着したらしい。俺達の姿を目にした扉の前に陣取る警備の騎士二名が中に声をかけ、扉を開けてくれた。どうやら中に入っても良いらしい。


「失礼します」
「し、失礼します」
「お邪魔します!」
「いらっしゃい。よく来てくれたね」


三者三様の挨拶で部屋に入った俺達を出迎えてくれたのは、祝勝会の時と違ってラフな衣服に身を包む領主様だった。少し広めの部屋には大きなテラスがあり、外には日の光を浴びて咲き誇る花に囲まれた美しい庭園と、一つの真っ白な円形のテーブル、そしてお揃いなのか、四人分の白い椅子があった。テーブルの近くにはメイドさんが四人畏まって立っている。彼女達の前にはティーカップがいくつかと、様々な菓子を載せた皿を乗せたワゴンが用意されていた。これを見た感じ、いつの間にか、俺達が知らない間に到着の一報が領主様に届いていたみたいだ。


「領主様、本日はお招き頂き、ありがとうございます」
「なに、こちらこそ招待に応じてくれて礼を言うよ。本日はささやかながら美味しいお茶を用意させてもらった。君達の舌に合うと良いんだが」


代表して俺が挨拶を口にして三人揃って頭を下げる。領主様は和やかな笑みを浮かべながら礼を返すと、自らテラスに案内してくれた。席に着くよう促されたので椅子に手を伸ばしかけたところ、メイドさんが先回りして椅子を引いてくれた。……なんか本物のお嬢様にでもなった気分だ。カリンとシエルの二人も戸惑いながら席に着く。するとそれぞれの後ろに立つメイドさん達がテキパキと動き出し、ほぼ同じタイミングでテーブルの上に紅茶を満たしたティーカップと、お茶請けが用意された。


「冷めないうちにどうぞ」
「いただきます」
「いただきます!」
「……いただきます」


まだ緊張しているっぽいカリンに多少呆れた様子のシエル。領主様はそんな二人に苦笑しながら、様々な話題を俺達に振ってきた。先の戦いでの活躍から始まり、どこでどんな修行をしたのか、三人はどこで知り合ったのか、今は何か目標にしていることがあるのか――とかだ。俺が山奥で暮らしていたことを話した時は目を剥いて驚いていた領主様は、カリンと出会った時の話とその理由を聞いて、目に涙を浮かべながら笑っていた。


喉を潤す紅茶は口に含むと良い香りが鼻から抜けていき、気を張っていた俺達をリラックスさせてくれる。用意された菓子は女の子が好みそうな甘さが強めのものだ。料理はこの間の祝勝会で色々と味わうことが出来たけど、菓子の類いは初めてなので、新鮮で楽しい時間を過ごせた。


「ところで、ラピス君は受け付けと訓練所の教官を両立させているようだが、何か理由があるのかい? どっちもと言うのは大変だろう」
「ええと……実は引っ越しを考えていまして」
「ほう、引っ越し? どこか希望の部屋はあるのかい?」
「特にこれと言った希望はないんです。自分の収入に見合った家を借りられればいいかなと思いまして」
「……なるほど。それなら力になれるかも知れないよ。後日私の知り合いを紹介しよう。彼なら色々と相談に乗ってくれるはずだ」
「ありがとうございます。伝手が全くないので助かります」
「力になれて幸いだ。さて、そろそろ今日の本題に入ろうか」


領主様が一人のメイドさんに視線を向けると、彼女は心得ているとばかりに部屋に戻り、三つの袋を乗せた盆を持って戻ってきた。そして俺達一人一人の目の前にその袋を置いていく。ゴトリ――と思いもの同士のぶつかる音からして、何となく中身は見当がついた。


「君達の活躍に対する特別報酬だ。カリン君とシエル君にはそれぞれ金貨三十枚。ラピス君には百枚用意してある」
「ひゃく!?」
「凄い……!」
「私達が三十枚も!? あ、ありがとうございます!」


高給取りと言われるギルドの受け付けでも、一日の稼ぎはせいぜい銀貨一枚が良いところだ。金貨百枚となると一体何年分の稼ぎになるんだろう。カリンとシエルの二人もかなり喜んでいる。金貨三十枚となると、かなり難しい依頼をこなさなきゃ貰えない額だからな。


「それだけあれば、ラピス君は新しい部屋を借りることが出来るだろうね。若しくはその先も……。まぁ、人生の先輩として忠告させてもらうと、身になる使い方をする事をお勧めするよ。では、悪いが私はそろそろ失礼するよ。仕事が溜まっているのでね。また機会があればお茶をご一緒しよう」
「ありがとうございました!」
「感謝します、領主様!」
「ご忠告、痛み入ります。領主様」


礼を言う俺達に笑顔で手を振り、いそいそと部屋を後にする領主様。やはり領地経営などをしていると、俺達以上のハードワークなんだろう。ひょっとしたら分刻みでスケジュールが決まっているのかも知れないな。


美味しいお茶と予想外の臨時収入と言う手土産を抱えた俺達三人は上機嫌だ。お茶会自体は三十分ほどで終わったので、まだ時刻は昼過ぎと言ったところか、通りは昼食を終えて職場に戻る人々で溢れている。そんな中、金貨の入った袋を抱えて歩くのは少し緊張させられた。


「やっと帰って来た……」
「疲れた~! いつもの何倍も気を遣ったよ!」
「大金を持ち歩いてたものね。普段と違って武器も持ってなかったし」


シエルの家に到着した途端、三人ともが盛大に安堵のため息を吐いた。俺とカリンは椅子に、シエルはベッドに身を投げ出して脱力している。数分間一言も喋らない沈黙が続いたって事は、よほど精神的に堪えていたらしい。


「お菓子美味しかったね」
「お茶もね。あれを毎日飲めるんだから、領主様が羨ましいわ」


テーブルに突っ伏したカリンはだらけきっていて、まるで潰れたスライムのようだ。シエルは半分脱げかかった靴を足にぶら下げている。大金を持ち歩いたのもあるけど、やっぱり偉い人と遭った事で気疲れしたんだろう。


「それより二人とも、そのお金は何に使うつもりなの?」


気分を変えるため、人数分のお茶を用意しながら俺がそう問いかけると、二人はムクリと起き上がって椅子に座り直した。


「う~ん……。私は新しい鎧かな? 今使ってる奴がかなり痛んできたからね。何度も補習してそろそろ限界が来てるし」
「私は新しい杖を作ろうと思ってるわ。リッチにやられてから調子が悪いのよね……」


確かにカリンの使ってる皮鎧はもうボロボロの見た目だし、防具としてあまり意味のない状態になっている。シエルの言う杖は、魔法使いが一般的に持ち歩いている杖を意味している。本来魔法を唱えるのに道具は必要ない。でも世の中には、魔力を増幅させたり、詠唱の補助をしてくれたりと、便利な力を持つ杖が多数存在している。大抵の杖は何処かに生えている理木りぼくと呼ばれる木を使って作り出されているので数が少なく、少々値が張る。多分今回もらった報奨金と引き換えにするぐらいになると思う。


「ラピスちゃんは何に使うの? やっぱり引っ越し?」
「そうだな……たぶんそうかな」
「ラピスちゃんが出て行っちゃったら寂しくなるよね」


少ししんみりとした空気になる。シエルとカリンは近所だし、徒歩で数分の距離だから、引っ越した場合実質俺だけ離れることになってしまう。近場で良い部屋が借りられれば良いんだけど、生憎この周囲は空き部屋が出来るとすぐに埋まってしまう人気の地区だ。と言うのも、中心部からそれほど遠くもなく、冒険者のように収入が不安定な人にも部屋を貸してくれる所は少ないからだ。そんな所に都合良く空きが見つかるはずもないので、たぶん彼女達とは離れてしまう事になりそうだった。


「どうするかは領主様の紹介って人と相談してからかな。焦らずにじっくり決めるよ」
「そうね。それに、いつもギルドに居るんだから顔は合わせるわけだし」
「下見する時は誘ってね。どんなとこか興味あるし」


その日は疲れもあったし、臨時収入もあったので、いつもと同じく金の麦亭で少し高めの夕食を食べて終わった。そして一週間後、シエルの家でゴロゴロしていた俺は、扉を叩く音に気がついて立ち上がった。特に警戒もせず扉を開けると、そこには気の弱そうな一人の中年男性が立っていた。彼は俺を見た途端一瞬目を見張ったように驚いた後、咳払いして人の良さそうな笑みを浮かべる。


「すみません。こちらにラピス様はいらっしゃいますか?」
「ラピスは俺ですが……」
「おお、では貴女が。申し遅れました。私はこの街で土地や建物の商いをしているベッツと言います。本日は領主様からのご依頼で、ラピス様に空き物件のご案内に来たのですが……」
「ああ! その話ですか! すみません、すぐに出られる用意をします」


一旦部屋に戻って、慌てて余所行きの服に着替えながら寛いでいた二人に声をかけると、二人も同じように支度を始めた。下見があれば同行するって言ってたからな。


「お待たせしました!」
「いえいえ、お気になさらず。そちらのお友達もご一緒するんですね? では行きましょうか」


時刻は昼前。もう少ししたら昼の休憩になる店が多いのか、通りに並ぶ店舗の店員はどこか浮ついた様子で落ち着かない。そんな道中、ベッツさんが手にした資料を確認させてもらった俺は、驚きに目を見張った。


「あの、これ……賃貸じゃなくて販売になってますけど。それに値段も安いし」
「ええっ!?」
「うそ! 見せて!」


そう。手にした資料全てに対して、ご丁寧に大きな文字で販売と書かれてある。これで間違えるはずがない。しかも元の価格と現在の価格まで書いてあるから、どれだけ値引きされているのかまで丸わかりだ。


「はい。今回ご紹介させて頂く物件は全て販売となっております。勿論お求めやすいように値段の方は抑えめにしておりますのでご安心を」
「抑えめにしてもこれは……」


全部十分の一近くになってるんですけど……。これで商売として成り立つんだろうか? 他人事ながら心配になってくる。そんな俺の気持ちが伝わったのか、ベッツさんは苦笑しながら理由を教えてくれた。


「実は、今回いずれの物件をご契約頂いても、差額は領主様がお支払いくださる事になっているのです。先の戦いで大活躍されたラピス様に対する感謝の印とおっしゃっていました。ですので価格のことはお気になさらず」


領主様……太っ腹だな! この資料だと、平均価格は金貨百枚前後になってる。と言う事は普通に買ったらその十倍。俺一人に金貨千枚近く報奨金を与えたようなものだ。正直やり過ぎじゃないかと思わなくもない。


「はえ~……すっごい!」
「考えてみれば当然かしら。ラピスちゃんはあれだけの魔物を一蹴した実力者だし、領主様としては是非囲い込んでおきたい存在のはず。なら家一軒ぐらい安いものよね。ラピスちゃん。領主様も善意だけでこんな事をしてくれたわけじゃないんでしょうから、遠慮する必要はないわよ」
「う、うん……。そうだね」


なるほど。シエルに言われるまで気がつかなかった。そんな思惑もあるのか。居心地の良い街だから、ここまでされなくても出ていく気なんか無いんだけどね。


「ラピス様。ここが一件目となります」


最初に案内されたのは街の中心部にある一軒家だった。大きな商店が並ぶ地区のすぐ隣だから、買い物や交通の便は今回の物件の中でも一番かも知れない。部屋数は二つ。一階と二階に別れているので一階を食事などの生活場所、二階を寝室と言うように分けるこことも可能だ。トイレと風呂は当然別。ちなみに風呂の残り湯や排泄物は地下の下水道に流れる仕組みになっていて、そこにはそれらを主食とするスライムが無数に放たれている。彼等は基本生物に害がない存在なので、人を狙って排泄口から逆流してくる心配はない。


部屋の広さはシエル達が借りているものより少し広いぐらいだから、単純に今までの倍と考えて良いだろう。窓は一階と二階、それぞれ入り口と同じ方向に一つずつついている。目の前が大通りなので景色はあって無いようなものだけど。


「如何でしょうか? ここなら冒険者ギルドも近いですし、買い物も簡単に済ませることが出来ますよ」
「確かに便利な立地ね」
「金の麦亭も近いわね。良さそうなところじゃない?」
「確かに良い物件だね。でも、価格がなぁ……」


金貨百二十五枚。貯金は金貨十枚ぐらいあるし報奨金もあるけど、予算オーバーだ。それに部屋数が足りない。最低でも三部屋欲しいんだよな。


「足りないなら私達が貸すよ?」
「いえいえ、それには及びません。大口取り引きですので、それぐらいなら値引きさせて頂きますよ」


借金を申し出てくれた二人と、値引きを提示してくれたベッツさん。三人の好意は嬉しいけど、やはり即断は避けたい。金を貸すのはともかく、借りるのは気持ち的に落ち着かないからだ。


「まだ一件目だし、他を見てから決めて良いですか?」
「勿論でございます。では次の物件にまいりましょう」


次はさっきの物件より少し離れた所にあった。街の中心部から微妙にずれていて、閑静な住宅街に建っている。住むとしたらとても良い環境だと思う。俺としては生活の便より住環境の静けさを求めているので、さっきより高評価だった。おまけに価格は金貨百枚で、ギリギリ払える範囲内ときている。とりあえずここは保留にして、次を見る事にした。


次々と物件を見て回る俺達。今回見せてもらった物件は全部で五件。最初の物件から遠ざかるごとに、住居が広く、価格が安く、周囲の人の数も減っていった。色々見て回った俺達が最後に訪れたのは、街の郊外にある一軒家だった。一応市壁の中にあるものの、門からも中心部からも遠いせいか、回りには家がポツリポツリと建っているだけだ。買い物に行こうと思ったら結構歩かなければならないし、ギルドからも距離がある。でもこの家は他にない魅力的な要素があった。庭だ。畑が一つ入るぐらいの大きな庭があって、やろうと思えば自給自足が可能かも知れない。家も同じように広く、一階と二階を合わせて合計八つも部屋がある。大家族が住んでも余裕のある造りになっていた。おまけに風呂も広い。手足を伸ばして寝そべっても余裕があるから、ここで長時間湯船につかるのも気持ちよさそうだ。


「凄い家ね」
「本当だ! わ~! お風呂広い!」
「価格は……今までで一番安いんですね」
「はい。ここは金貨五十枚となっております。人口増加で将来的に値段が上がる可能性がありますから、今ご購入なさるとお得ですよ」


どうしよう。ここは今までで一番良いな。これだけ広かったら剣を振り回したところで誰からも苦情は来ないだろうし、久しぶりに畑で作物を育ててみたい欲求もある。問題は通勤や買い物で不便と言うだけだ。それも同じ街中だから特に気にするほどでも無いと思う。俺にとって一番の希望である落ち着く環境でもあるし、もう迷う必要は無さそうだ。


「決めました! これにします!」
「ありがとうございます。ではさっそく書類の作成に入らせて頂きますね」


この大きな家が実質金貨五百枚か。かなりお買い得だよな。書類を作っているベッツさんを見ながら、俺は自分の顔が自然と緩んでいるのを自覚していた。頑張って働いた成果がこうやって形になっているんだから、これが嬉しくないわけがない。


「おめでとうラピスちゃん!」
「凄いね! こんな立派な家を買っちゃうなんて! 流石私達の師匠だよ!」
「ありがとう! そうだ、実は二人に相談があるんだけど……」


心から祝福してくれる二人。この二人は損得無く俺と付き合ってくれる貴重な友人だ。俺がこれまで頑張ってこられたのも彼女達のおかげだし、物件を見て回っている最中も是非お返しがしたいと考えていた。俺は戸惑う彼女達に笑いかける。


「二人さえ良かったら、ここで一緒に住まない? これだけ部屋が余ってるんだから、住人が増えたところで何の問題も無いし」
「ラピスちゃん!?」
「それって……!」


驚くのも無理はない。俺が三人で住める家をずっと探していたなんて、彼女達は思いもしなかっただろうし。


「二人とも賃貸だろ? ここなら家賃はいらないし、ある程度自給自足も出来るし、何より暇な時に稽古をつけてあげられるよ。どうかな……?」


上目遣いで二人を見つめると、なぜか二人は顔を赤くして照れていた。


「そこまで私達の事を考えてくれるなんて……。うん、ラピスちゃんさえ良ければ、私も一緒に済ませて欲しいな」
「家賃もだけど、稽古をつけてくれるって言うのは魅力よね。それに同じ家だとわざわざ外で集まる必要も無いし。私も一緒に住みたいわ」
「良かった! じゃあみんなでここに住もう! 二人とも、改めてよろしく!」


思いがけない臨時収入で、俺――いや、俺達は自分の拠点を手に入れる事が出来た。何があっても戻れる場所があるって言うのは、命懸けの商売をする人間にとって、それだけで心の平穏を保つことが出来る。


これが彼女達の冒険者生活の助けになれば良いなと思いつつ、俺はベッツさんが差し出した書類にサインを済ませた。

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