勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第6話 就職

クリークと言う名のオッサンは一目見ただけで強いと解った。と言っても、それはさっき観察した冒険者達に比べてと言う意味で、昔の基準からしたら大したことない。たぶん剣の腕だけなら今のカリンと同等。俺が教えた技をカリンが使いこなせれば、たぶんクリークは負けてしまうはずだ。


ギルドの奥には一枚の扉があり、それを開けると庭のような場所に出た。ボロボロになった人を模した人形がいくつも並べられているので、ギルドの職員か冒険者が鍛錬に使っている場所なんだと思う。クリークが指さした場所には剣や槍、斧や弓など各種武器が立てかけてある棚があった。どれもこれも刃が潰してあって実戦用じゃない。あくまでも模擬専用の武器みたいだ。


「では好きな武器を選びなさい」


(どうしようかな……?)


その中から適当な長さの剣を一本選び、俺はこの試験をどうやって突破しようか考えた。ただ勝つだけなら簡単だ。クリークではどう頑張っても俺には勝てない。それだけの実力差がある。でもこの場合、あまり派手に勝ってしまうと後々面倒な事になりそうだなと思う。クリークは物腰も穏やかで周囲の人間から尊敬を集める人物みたいだけど、本性はどうだかわからない。これで実は嫉妬深い性格だったりしたら最悪だ。俺はこのギルドという狭い職場の中で、上司にいびられながら仕事を続けていく事になる。それだけは避けなくては。俺が怖いのは戦闘でも魔物でも暗殺でもなく、人間関係なのだから。


(となると、手加減して彼にも花を持たせる勝ち方じゃないと駄目か……)


そう言えばクリーク本人がさっき言っていたな。別にどっちかが倒れるまでやる必要はないって。なら適当に打ち合って彼を満足させれば十分だろう。


「準備は良いかな?」
「はい。いつでもどうぞ」
「ラピスちゃん頑張って!」
「しっかりね!」


カリンとシエルの応援に頷きながら、俺は両手で剣を正眼に構え、クリークの出方を待つ。彼の武器は俺と同じ剣。長さも同じぐらいなので武器の性能に差は無い。純粋な実力勝負になりそうだ。


「では……いくぞ!」


クリークが地を蹴る。流石にギルド長をしているだけあって、あの山で徹底的に鍛え上げたカリンと同じか、それ以上の踏み込みだ。肩口を狙って振り下ろされた剣を、体を少しずらして躱し、反撃とばかりに彼の胴を狙って剣を振る。


「くっ!」


それを後方に跳ぶ事で躱したクリーク。しかし無理な姿勢で回避したため、体勢が崩れていた。そんな彼に俺の方から軽く踏み込んで追撃の一撃を放ってみた――が、今度は難なく躱される。体勢を立て直したクリークはさっきまでとまるで表情が違う。真剣になったと言うか、余裕が無くなっている感じがする。


「はあっ!」


気合いの声と共に振り下ろされるクリークの一撃。今までで一番鋭いその攻撃を、俺は手にした剣で受け止めた。ガキッ! という金属同士がぶつかる重い音が響き、剣と剣のつばぜり合いが始まる。


「くっ……ぐう……!」
「…………」


クリークは必死の形相で力任せに押し切ろうとしているみたいだけど、俺の剣はピクリとも動かない。腕力の差がありすぎるからだ。


「おおお!」


力押しでは無理と判断したらしいクリークは一旦離れ、今度は左右にステップを踏みながら、頭と足を狙って上下に攻撃を繰り出してきた。変幻自在の攻撃でこっちを惑わそうって魂胆なんだろうけど、そうはいかない。俺はその場からほとんど動かず、迫ってくるクリークの剣だけ見つめてその全てを受け止めていった。すると流石のクリークも体力の限界がきたらしく、距離を取って荒い息を吐いている。


「はぁ……はぁ……まいった。まさか私がここまで手も足も出んとは……」


彼の額には玉のような汗がいくつも浮き上がり、体力の限界まで剣を振り続けたのがわかる。でも少しも悔しそうな様子はなく、どこか清々しい笑顔を浮かべていた。


「文句なく合格だ。この腕前なら十分身を守れるし、不埒者を取り押さえる事も出来る。今日からよろしく頼むぞラピス君」
「あ……ありがとうございます!」
「おめでとう!」
「おめでとうラピスちゃん!」


勢いよく頭を下げた俺に飛びついてきたシエルとカリン。自分の顔に自然と笑顔が浮かぶのがわかる。魔物と殺し合う事しか能の無い俺が、初めてまともな職に就く事が出来た。普通の人と同じような生活が出来る足がかりを得たのだから、これが嬉しくないはずがない。抱き合って喜ぶ俺達三人を、クリークは穏やかな笑みで眺めていた。


「さて、では早速君にしてもらう仕事と、一緒に働く仲間を紹介しよう。シエルとカリンの二人は受け付けに戻っていなさい。職員でもない冒険者にギルドの内部は見せられないからね」
「わかったわ」
「ラピスちゃん、また後でね」


手を振って戻っていく二人を見送り、俺はクリークに連れられてギルドの二階へ案内された。二階にはいくつかの部屋があり、俺が通されたのはその中で一番大きい部屋だ。ガチャリと扉を開けると、中で事務作業をしていた職員達が一斉にこちらに目を向ける。思わずたじろぎそうなにったけど、腹に力を入れてその場に踏みとどまった。


「みんな一旦手を止めて話を聞いてくれ。新しく職員になった娘を紹介するよ。彼女はラピス。ラピス君には主に受け付けをやってもらうつもりでいるが、時々君達と一緒に事務仕事もしてもらう事になるだろう。田舎から出てきて色々と常識外れな行動をする時もあるだろうが、その時は助けてやって欲しい。ラピス君、自己紹介を」
「あ……はい」


背中を押されて一歩前に出る。緊張で自然と体が硬くなってきた。落ち着け……こんなの、魔王との死闘に比べれば何てことはない……俺なら出来る。小さくふぅ……と息を吐くと、少し緊張が解れた。よし、大丈夫だ。


「皆さん初めまして。俺の名前はラピスです。素人なんで色々とご迷惑をお掛けすると思いますが、一生懸命頑張りますので、どうぞよろしくお願いします」


そう言ってペコリと頭を下げると、何人かの職員が勢いよく立ち上がった。


「こちらこそよろしく!」
「よろしく! 俺はケビン! 困った事があったら何でも聞いてくれ!」
「よろしくな! お嬢さんみたいに可愛い娘ならいつでも歓迎だ!」


身を乗り出して挨拶してきたのが全員若い男なのが気にかかるけど、他の人達もよろしくと返してくれたのでひとまず安心できた。


「じゃあ次は受け付けに行こうか。今の所受け付けは二人体制で余裕の無い状態でね。君もさっき会ったカミーユと、今日は休みのミランダの二人で回している状態なんだ。君が入ってくれて助かるよ」


確かギルドに休みはなかったはず。なら、受け付けはずっと二人が交代でやってたのか……大変だな。受け付けではさっきと同じように、カミーユという名の女性が忙しく働いていた。カウンターには彼女以外姿がない。押し寄せる冒険者を彼女一人で捌いているみたいだ。そんな彼女にクリークが声を掛ける。


「カミーユ」
「ギルドマスター……。悪いけど少し待ってくれるかい? 今は手が離せないんだ」
「わかってる。そのまま続けてくれ」


仕事が一段落つくまで、俺は黙って彼女の仕事ぶりを観察していた。次から次と訪れる冒険者を流れ作業のようにテキパキと処理していくのは単純に凄いと思った。依頼の手続きや新人冒険者の登録、依頼主からの受け付けや買い取った素材代金の支払いなどなど、様々な業務を淀みなくこなしている。俺があれぐらい出来るようになるまでに、どのぐらいかかるのか見当もつかない。


「ふぅ……お待たせマスター。何か話かい?」
「ああ。実はさっき新しい職員を増やす事になってね。紹介しようと思ったんだ。彼女の名はラピス。君と同じ受け付け業務を主に担当してもらう事になる」
「本当かい!? いや、助かったよ! 忙しすぎて猫の手も借りたいぐらいだったからね!」
「わわっ!?」


興奮したカミーユに抱きしめられて、バシバシと遠慮無く背中を叩かれる。元冒険者だけあって力が強いな。そんな彼女の腕から逃れた俺は、身だしなみを整えてからペコリと頭を下げた。


「ラピスです。どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね! アンタみたいな可愛い娘が入ってくれるなら大歓迎だよ!」


そう言って笑うカミーユに俺は内心ホッとしていた。サッパリした性格みたいだし、彼女となら上手くやっていけそうだ。


「では早速明日から働いてもらおう。ラピス君はどこに住んでいるんだ?」


そう言えば住むところを確保していなかった。どうしよう? とりあえずカリンかシエルに金を借りて、当分は宿屋を拠点にするしかないか――と思った時、横に立っていたシエルが口を開いた。


「当分は私の家に同居する予定です。ラピスちゃんもそれで良いわよね?」
「え? あ……うん」


一瞬女の子の部屋に泊まり込むのはどうかと思ったけど、よく考えたら今の俺は、中身はともかく外見だけなら完璧な女だ。それに金を借りるのと居候をするのとじゃ、どっちもあまり大差が無いような気がする。ここで遠慮するのも変だな。


「そうか。じゃあラピス君、明日の朝一番にギルドまで来てくれ」
「わかりました。では失礼します」


冒険者達の喧噪に包まれたギルドを後にして、通りまで戻ってきた俺は、その場で思いっきり背伸びをした。


「ううー……」


固くなっていた体をほぐすのが気持ち良い。柄にも無く緊張してたし、ちゃんとした仕事の面接なんて生まれて初めての経験だったんだ。戦闘とは違った種類の緊張感だったけど、新鮮で悪くなかった――と思える程度に、俺は面接を楽しんでいたみたいだ。


「お疲れラピスちゃん」
「流石に堂々としてたわね。見てるこっちが緊張したぐらいよ」
「二人ともありがとう。おかげで職にありつけたよ」


俺がそう言うと、笑顔を浮かべた二人に無言で抱きしめられた。なんだろう、最初はちょっと暑苦しいとか思ってたけど、段々嫌じゃなくなってきている自分がいる。二人に感化されたのかな?


「じゃあラピスちゃんの日用品を買いに行きましょうか。代金の事なら心配しないで。私とカリンの奢りよ」
「え? いや、でも……」
「良いから良いから! それぐらいはさせてよ。ラピスちゃんに受けた恩を考えたら、こんな程度じゃ全然返した事にならないんだから」


そう言われたら返す言葉もない。俺はありがたく二人の好意を受け入れる事にした。


§ § §


街には物が溢れている。食べ物や飲み物は勿論、剣や鎧、雑貨や書籍、探せば見つからない物はないんじゃないかって思うぐらいだ。二人に連れ回された俺が訪れたのは日用雑貨を始めとする様々な商品を扱う大きな商店で、中には生活用品や衣類など、色んな商品が陳列されていた。シエルの説明によると、普通は衣類は衣類、雑貨は雑貨でそれぞれ扱う専門店に分かれるらしいけど、この店は大商会が運営する総合店舗だから、何でも揃っているそうだ。


「まずは食器ね。ラピスちゃんは好きな色とかある?」
「好きな色かぁ……何でも良いんだけど、強いて上げるなら青かな?」
「じゃあ青を基調にした物で揃えましょうか。ナイフとフォークはともかく、お皿は青くて可愛い模様が入ってる奴にしましょう」


シエルが選んだ食器は、城の晩餐会で見た事のある立派な物と同じような作りだった。白くて軽くて壊れやすい。磁器というらしいけど、専門外なのでサッパリだ。山の中じゃ木を削って作った食器しか使ってなかったから、壊しそうで少し怖いな。


「次は普段着ね。仕事と寝間着、後は休みの時に着る服が必要だから、三着は買わなくちゃ」


そう言えば――と、自分の着ている服を見下ろす。動物の皮を縫い合わせた粗雑な作りで、周囲の人に比べると随分見劣りする。なんか今更恥ずかしくなってきた。シエルとカリンの二人は、まるで俺を着せ替え人形のように玩具にして、あれこれと服を持ってきては着替えさせていく。俺はただ二人に翻弄されて目を白黒させてるだけだ。


「うん! ラピスちゃんにピッタリね!」
「本当! よく似合ってる!」
「あ……ありがとう……」


少しやつれながら礼を言う。二人が選んでくれた服は、全体的に青く染められた布に、白い刺繍が施された可愛らしい服だった。仕事着は実用性を高くするために動きやすさ重視で、寝間着は体全体をゆったりと包むようなローブになっている。そして普段着は可愛さ優先みたいで、袖とスカートの部分が少しふっくらしている。まるで良いところのお嬢様みたいだ。


買い物を終えた俺達は、大荷物を背負いながら街の住宅街へと足を向けた。そこは貧民街と言うほど酷くないけど、高級住宅街とはほど遠い造りの家が並んだ地区だ。シエルの自宅はここにあるらしい。面接や買い物で結構時間がかかったので、もう辺りは暗くなっている。周囲の家からは食べ物の良い匂いが漂ってきて、俺の鼻をくすぐってくれる。


「ようこそ我が家へ! 歓迎するわラピスちゃん!」
「お邪魔します」


普通の挨拶をしてから中に入った途端にシエルが目を剥いた。


「違う違う! そこはただいまでしょ。しばらくはここがラピスちゃんの家になるんだから」
「た……ただいま」
「よろしい! おかえりラピスちゃん!」


……人にお帰りと言ってもらうのはいつ以来だろう。子供の頃、早くに両親を亡くした俺は祖父に育てられていたけど、修行修行で家族らしい暖かみなど感じた事がなかった。下手をすると挨拶すらされてなかったかも知れない。シエルの言ったお帰りと言う言葉に、なんとなく嬉しくなってしまう。


シエルの家でささやかな宴が始まった。と言っても買ってきた食べ物をみんなで食べるだけの、宴会とも言えないような食事会だ。俺達三人の出会いと、俺の就職を祝って二人が催してくれたその食事会は、豪華な食事や高級な酒、見目麗しい美姫に囲まれた城での宴より何倍も楽しかった。他人が純粋に好意だけで自分を労ってくれるのが、こんなに嬉しい事だと知ったのは、三百年以上生きてて初めてだ。


近くに住んでいるカリンが帰り、狭いベッドでシエルと並んで寝ていると、雲間から月明かりが差してきた。なんとなく、それを寝そべりながら眺めていると、とっくに寝ていたと思っていたシエルが話しかけてきた。


「ラピスちゃん……。なんか色々連れ回しちゃったけど、迷惑じゃなかった?」


驚いて横に寝ているシエルを見る。すると彼女は形の良い眉を寄せて、少しだけ不安そうな顔をしていた。


「迷惑? なんで?」
「だって、ラピスちゃん、本当は山から出る気が無かったんでしょ? それなのに無理矢理連れ出したみたいでさ……」


ああ、そんな風に見えてたのか――と、苦笑が浮かぶ。


「無理矢理じゃないよ。本当に嫌だったら二人が何て言っても山から出なかった。それでも出てきたって事は、心の何処かで変化を求めてたんだろうな。だから、俺に新しい人生を歩む切っ掛けをくれた二人には感謝してるんだ。嘘じゃないぞ?」


ニッコリ笑ってそう言うと、シエルは安心したみたいにホッと息を吐いた。


「良かった。なら安心ね」
「ああ」


二人して苦笑する。シエルは少しズレた俺の毛布をかけ直すと、自分も毛布を頭から被って横になる。


「さあ、早く寝よう。明日は初出勤だよ」
「うん。じゃあお休みシエル」
「お休みさない、ラピスちゃん」


初めて尽くしで色々疲れた一日だったけど、充実感は今までにないほどだ。明日からの仕事も頑張ろう――そう思いつつ、俺はいつの間にか眠りに落ちていた。



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