雪の華

音絃 莉月

4話〜潰えた夢〜

「ルヴィ、お前はもう魔法を使えない」

父上はまっすぐ俺を見て言った。

『魔法を使えない』その言葉は俺の頭の中を幾度も回る。だが、脳が理解を拒む。それでも徐々に意味を把握していく。
次第に冷静さを取り戻す脳が『当たり前だ』と言っていた。
あの時確かに、薄れゆく意識の中で溢れ出す魔力の嵐を感じていた。
あれが魔力暴走だと俺は知っている。
魔力暴走は魔力回路を破壊するのだと知っている。
そして、人は魔力回路がないと魔法を使えないことを知っている。
だから脳は否定しない。自分はもう魔法を使えない。その事実を当然だと受け入れるのだ。

だが、心はそうは行かなかったらしい。
頭は冷静に事実を受け止めていたが、心は頑なにその事実を認めない。
けれども、脳は心に言う。『もう使えない』と。心は叫ぶ。『そんなの嘘だ』と。
それでも次第に心は勢いを弱めていく。

俺は無意識のうちに妹をベッドに寝かせ、父上がいるのとは反対側にベッドから降りて歩いていく。目の前にあるのは窓際の美しい花瓶に飾られた。綺麗な氷の花。

初めて見た魔法。使用人達から父上が繊細な氷の彫刻を作れると聞いて、好奇心の赴くままに父上に強請ったのだ。
父上は驚きつつも、珍しい俺のお願い事を嬉しそうに叶えてくれた。

家紋にも使われ、屋敷にも公都にも植えられているナナカマドの木。その花を作ってくれたのだ。
白く小さな花が密集している。その花弁の一枚一枚が光を反射して光り輝く。魔法で作られた氷は魔力の色の影響を受けて薄水色に染まっていた。
3歳の頃に作ってもらったその氷の花は、状態維持の魔法がかけられ今も綺麗に煌めいていた。
手をかざすと僅かな冷気を感じて、それと同時に『魔法が使えない』と心が確かに受け入れた感じがした。

初めはただの好奇心。魔法があるのなら、使ってみたい。そう思っていただけだった。前世の記憶から考えると、魔法が使えないのは当たり前で、寧ろ魔法が使える方が異端なのだ。だから、魔法が使えなくともそう落ち込む事はないのだろう。

だが、この世界に生まれて五年間魔法がこの世界で当たり前のように使われているのを知った。照明も料理も洗濯も。日常生活のほとんどが魔法で行われる。この世界で魔法を使えない、魔力を操れない事は、現代社会で機械を全て使えないのと同じ。
携帯やパソコンは勿論、電気もコンロも。なんならトイレや風呂だって、一人で出来ないのだ。

貴族に生まれたから、自分がやらなくても使用人がやってくれる。日常生活で困る事はない。だが、手が届くと思っていた夢が目の前で散ったのは思いの外ダメージを受けたらしい。

ふと、何かに包まれていることに気が付いた。兄上は俺の背を撫でていた。
大人しくされるがままになりながら、まるでさっきのリアみたいだなとぼんやり思った。
兄上がハンカチを取り出して、俺の目元を優しく拭う。その時初めて、自分が泣いていることに気が付いた。気が付いてしまえば、さらに涙がこぼれてきた。

そこから先はあまり覚えていない。リアを起こさない様にと声を押し殺していたのは覚えているが、父上が呼んだ使用人がリアを連れて行ってからは、記憶がない。
そのうち泣き疲れて眠ったらしい。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

起きた時には外は暗くなっていた。それでも屋敷の皆は起きているのか、廊下からも足音が聞こえた。寝ていた俺に配慮してか部屋の明かりは消えていたが、机付近の照明は付いていた。ベッドについたカーテンは遮光性があるから、部屋の明かりがあっても寝れるのだが。

ベッドの隣に置かれた机にある魔導具を起動するべく丸いボタンを軽く押す。
カチリと音が鳴り土台に半分埋め込まれた水晶が淡い光を放った。
これは魔力を操作できない子供用に作られた魔導具で、事前に魔力を込めてもらうことで、子供はボタンを押すだけで魔導具を起動出来るのだ。

魔導具には内臓魔力を使用する物もあるのだが、その為のトリガーは使用者の微量な魔力であることが一般的で、これの様にボタンを押すだけで魔力操作の出来ないものが使用出来るのはかなり珍しい。上級貴族しか持っていないだろう。

しばらく待てば使用人がやって来る。
泣いて腫れた目元を治す為の冷えたタオルと喉が渇いたから水を頼みたかったのだ。
だが、部屋の明かりを付けた使用人は既に用意していた。流石である。

礼を言って受け取った水を飲む。乾いた喉に染み渡っていくのを感じた。
泣いたから喉が渇いたのだろうな。
コップを返して代わりに受け取った冷やしたタオルを目元に当てる。

そしてふと気が付いた。こう言う時、タオルを冷やすのは生活魔法の『冷却クール』で行う。いつもは渡す寸前に魔法をかけるのが普通だった。出来るだけ効果を発揮させるために。でも、今使用人はおそらく扉の前で魔法をかけてから部屋に入ってきた。

理由はわかる。魔法が使えないと知ってショックを受けた俺への些細な気遣いだ。だけど、腫れ物を扱うかの様なその行為に、少しだけ腹が立つ自分がいた。

タオルを返して渡された手鏡を覗くと、だいぶマシになっていた。赤みはひいて、ほんの少しだけ腫れているだけだ。

「そういえば今何時だ?」

使用人を呼び出した時に使った魔導具に、魔力を補充した使用人に尋ねる。

「ただ今の時刻は6時半となっています。奥方様以外のご家族は夕食を食べるべく食堂の方へ集まっております」

それなら俺も行かないとと考えてやめた。

「俺はここで食べるよ。用意してもらっていいかな?」

「畏まりました。すぐに運んで参ります」

そう言うと、使用人はお辞儀をして部屋を出て行った。
別に家族と顔を合わせづらいとかそう言うのではなく、リアに心配を掛けたくない。リアはかなり鋭い。赤くは無くなったが、この少し腫れた目でリアの前に行くと、心配されるだろう。特に今は。

久し振りの食事として、かなり配慮して作ってくれたであろうお腹に優しいメニューを食べ終えて、使用人も居なくなった。

気持ちを切り替えて机に向かい引き出しの中から、鍵付きのメモを取り出す。現状を把握しなければ。

魔力回路の崩壊がかなりショックで忘れかけていたが、こっちも一大事なのだ。
その問題に立ち向かう為にも、魔法は使えた方がいいのだが。

そんなことを考えながらも手を動かす。
この世界に酷似した、とある乙女ゲームの情報を思い出し、日本語で書き記した。

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