雪の華

音絃 莉月

2話 〜悪魔の口付け〜


ーーあぁ、そっか。なんで死んだのか思い出しちゃった。

ゆっくりと意識が覚醒していく。正面に気配を感じて目を開けると、そこには黒い靄があった。陽炎のように揺れる漆黒の何か・・

灰色の空間に留まるその影は俺が目を開けると喜んだように見えた。二つの赤い光が歪んだのだ。

『やっと回復したか』

はて、回復とは?

『お前、魔力暴走起こしただろう。その時の魔力が余りにも甘美なものだったから、暴走した魔力を抑えて生かしたんだ』

あー。頭が働いて少しずつ状況を把握出来てきた。

『まあ、抑えた後摘み食いしたから、魔力の回復が長引いたけど、問題ないだろう』

勝手に納得した様子の影。文句を言ってやりたかったが、それどころではなかった。
『摘み食い』その言葉で盗賊のリーダーが言った『味見』を思い出したから。
一つのピースを思い出せば、連鎖的に全てが蘇ってくる。
二度も味わう事になった。あの恐怖を。

その心に共鳴するかのように空間の色が灰色からまるで憎しみに彩られたような赤黒いものへと変わっていった。
自分の体を抱きしめてしゃがみこむ。心を落ち着けるように。

黒い影は赤い目を細め黙って俺を見ていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

しばらくすると落ち着いて来た。
空間の色も禍々しいものから少し暗い灰色に変わっていた。
落ち着いてくると色々と疑問が湧いてくる。

ここどこ?

『ここは簡単に言うならお前の心の中だな』

声に出してないのになんでわかるの?

『俺はお前の心の中にいるんだ。心の声くらい読めて当たり前だろう。それにお前も俺の意思を読んでるだろ』

......目の前の影は喋ってない。その事に指摘されて初めて気が付いた。
それに俺が聞いているのは言葉というより思念みたいなものだった。イメージがそのまま流れ込んでくる感じ。

『それから先に疑問に答えるとするなら、俺は悪魔だ。俺は悪魔の中でもかなり上位の存在だから、下位の奴らと間違うなよ』

心なしか目の前の影、悪魔がドヤ顔をしているように思う。影の様子に変わりはないのに感情が分かるのも、意思とやらを読んでいるからなのか。

というか悪魔って、あの悪魔?

『なんだその嫌なイメージは。そんな節操なしじゃない。悪魔は契約に従い契約者の願いを叶えるだけだ。誇り高き悪魔は無闇に力を行使しない。そんなことをすれば他の悪魔に消されるからな』

暴虐、虐殺を繰り返す悪の化身。そんなイメージを浮かべてみれば即座に否定された。
なにやら悪魔には悪魔の決まりがあるらしい。

『そんなことよりも、だ。折角助けたんだ。契約を結ぶ。その魔力を対価に使役されてやろう』

いや、いきなり契約と言われましても。
一応聞くけど、断ってもいい?

『いいか、誇り高き悪魔を使役出来るなんてなかなかないんだ。魔力を対価に命令に従うって言ってるんだから破格の条件だ。普通なら寿命を貰うんだからな』

そうだとしても、悪魔と契約なんかしてたら変な容疑掛けられそうだしなぁ。

『面倒な奴だな。契約なんて言わなきゃバレないし、お前が了承するまで毎晩夢の中に出て安眠妨害してやる』

うわぁ、なにその嫌がらせ。地味だけど絶妙に辛いやつじゃん。

『器を用意するまでこの中からは動けないが、器と魔力さえあればなんでもする。わかったら、さっさと名前を付けろ』

名前?なんで?

『お前との契約を名と共に俺の魂に刻むんだ。悪魔が契約を破れば消滅するように』

はぁ、わかった。これから先、仲間の存在は有り難いしな。
じゃあ、お前の名前は『ノッテ』だ。
確か、夜をイタリア語でそう読んだはず。

『そうか。ノッテか。よし、気に入った。此処に契りは交わされ、対価が払えなくなるかお前が契約解消を望むその時まで、俺はその名を契約と共に魂に刻むとしよう』

そう言うと影は形を変え、人型に変化していく。スラっとした男型で白い肌。黒い衣を身に纏って、その長い髪は与えた名の通り深く暗い夜の色。瞳は紅く妖しく光る。その生気を感じない作り物めいた美貌は神秘的なオーラを纏っていた。

ノッテは自分の体の具合を確かめ、満足したように頷くとゆっくりと歩いて来た。

ーーっ!?

不覚にも見惚れていた俺は、一瞬遅れて事態を把握した。
確かに感じた唇に触れた何か・・の感触と、ゆっくり離れていくノッテの顔。
空間の色は俺の動揺を表すかのように不安定に揺れ動いていた。

『じゃあ、これからよろしくな。主様。』

舌舐めずりをして悪魔ノッテは妖しく嗤う。

そして文句を言う前に俺の意識は沈んでいった。

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