雪の華

音絃 莉月

プロローグ

突然だが俺は約五年前、異世界に転生した。
何バカな事をと思うかもしれないが、事実である。

前世の名は、冬葉とうよう 雪音ゆきね
女みたいな名前で、背も小さく声も高め、そして何より女顔だった。
特別美形なわけでは無かったが、愛嬌のある顔立ちだったと思う。嬉しくないが。

幼い頃母親と買い物していたら、同い年ぐらいの女の子を連れた人が『可愛い子ですね。うちも女の子なんですよ〜。』と声をかけられるのはよくある事だった。
『女の子ですか?』ならまだしも、女の子であると疑いもなく思い込まれるのだ。

幼稚園では、先生や同じ組の子、その親達に『雪音ちゃん』と呼ばれるのは当たり前。
小学校でも、初の担任には自己紹介前に『冬葉 雪音さん』と呼ばれ、自己紹介で男であると主張をすれば騒めきが起き、担任が気まずそうに謝ってくる。

中学校はまだマシだったが、高校は男子校。
当然ながら、女扱いされた。

『恋とは子孫を残す為の都合の良い勘違い』俺はその考え方に賛同していたのだが、男子校はその考えが間違いではないと断定するには十分な環境だった。

ゲイである事を公言しているクラスメイトに言い寄られ、セクハラ紛いのことをされ、人気のないところでの真剣と思える告白。

女が非常に少ない環境に於いて、子孫を残す為の勘違いの相手が異性から、異性に見える同性に変わったのだろう。

ゲイである事を公言していた奴も、きっと大人になって異性との関わりを持てば、黒歴史となるに違いない。告白してきた者も同じ。
別に同性愛を否定する訳ではない。ただ、もしも本物ならネタに走れるなんて、心臓こころは一体何で出来ているのか疑問を抱くだけで。

俺は恋愛に夢を見ていない。理由は単純。
物心ついた時から冷め切った両親を見ていたから。父も母も姉も悪い人では無かった。

父は基本家庭に関与しないし、帰宅するなりお酒を飲んでサッカーを見て騒ぎ、眠る。
そして、後から知った事だが家計が火の車なのにゴルフやパチンコに生活費を要求していたらしい。
家庭への責任というものが欠けていたのだろう。

だが、俺は父をそれなりに好いていた。一家の大黒柱としては論外なんだろうけど、暴力を振るう事も無かったし特別怒ることもない。
家族サービスは無かったけど休日には朝食を作ってくれて、パンケーキもパソコンで調べながら焼いてくれた。
仕事帰りにはガム付きの玩具も買って来てくれたこともあったし。センスは無かったけど。

母は自分にも他人にも厳しく、自分以上の才能や実績を子に求める人だった。そして何より、他人の感情に疎いのだ。
離婚した父の愚痴を言っていたその口で、俺に『父と同じで優しくないし、人への愛情が薄い』と言うのはやめて欲しかった。自分なりの気遣いや愛情表現を全否定されているように思えたから。
父と似ているのは否定しない。母には分からなかった父の愛情や優しさを自分は感じていたのだから。

それでも、いい母だった。頼りにならない旦那を持ちながらも、姉を育て父が病気になってからは、夜の仕事もしながら自分はコーヒーのみで空腹を凌ぎ、お金を稼いでくれていたし。

姉も中学生の頃に俺が生まれて、父が病気になって、母も一日中働いてやっと姉と俺の食事が買える状況だった為に、俺の世話をしてくれた。
遊びたかった筈なのに手間のかかる赤子の面倒を見て休む暇なんてない。俺の世話の為に中学に行けず、卒業してからは知り合いに無理を言って夜まで仕事をしていた。
本当に感謝しているし尊敬もしている。

ただ、怒りっぽくて怒った時には物に当たり、鈍器になりそうな物を投げつけてくるのは怖かった。いつ殺されるのかと、機嫌の悪い時はヒヤヒヤした。
父の前では暴れないが母は気が付いても過去の負い目から強く言う事は出来ない。俺も幼い頃から植え付けられた恐怖に抗う事はできずに、嵐が過ぎ去るのを待つしか無かった。
念願叶って飼えた仔犬を躾だと言って床に投げつけていたのには流石に引いたし、反抗したが。

ともかく、いい家族ではあった。理想の家族ではないけど、最悪の家族でもなかったし。平凡な貧乏とも裕福とも言えない家族。
母が内職をしつつピアノ教室を開き、姉が働いてくれていたおかげで、俺は高校にも通えたし趣味も満喫出来た。

だから、自分が転生したのだと気がついた時は、寂しさもあった。勿論これからの事を考えて期待の方が大きかったけど。

因みになんで死んだのかは覚えていない。
事故か病気か、自殺か他殺か?
事故に遭ったり恐怖体験をすると記憶が飛ぶらしいから、忘れているのだろう。

ただ、死んだのだという事実は解っている。
夢の中で変な知識をさも当たり前のように捉えているように。
なぜ死んだのかはわからないが、死んだのは理解出来た。

転生して今までの間で知った事を纏めると、まず、生まれたのはヒューラニア王国。
クワルツ公爵家が治めるフリスタール領にて冬に産まれた。
クワルツ公爵家の次男である。

この世界では同性婚も認められていて子供も生まれるらしい。

そして、そして何より、魔法があるのだ!

これを知った時には小躍りしたくなった。赤子の体じゃ、ろくに動かなかったけど。
早速、魔力の訓練を始めようとして、出来なかった。
聞いた話によると、ある程度の年齢にならないと魔力回路が出来上がってなくて無理に扱って暴走しないように、無意識下でストッパーが働いているらしい。非常に残念だ。

今は馬車の中。乳母のミーナさんと共に母方の親戚による5歳になったお祝いをして貰いに行って、その帰りだ。仮にも公爵家の次男だから護衛とか、色々連れてないと外出なんて出来ないのだが母方の親戚は気難しいのだ。

正確にはジルトゥム族っていう異民族なのだが、排他的で魔道具に関する探究心が深く、フリスタール領の南西の端っこにある棲家に引きこもっているからか、頭が硬い。
里には認めたものしか入れず、たとえ族長の孫娘である母の夫である父ですら、今回は同行を許されていなかったのだ。

本来なら母と二人でくる筈だったのだが、今母は弟の予定日が迫っている。その状況を知った族長が母の身を案じ、大人しくしておく様に言ったのだ。そこで代わりに乳母で教育係でもあるミーナさんと行く事になった。

ミーナさんはかなり前から公爵家で働いていて、父も母も信頼している。俺より一つ上の娘が一人いるらしい。
護衛に関しては問題なく、魔導機兵と呼ばれる人工の兵士が護ってくれている。実は、この馬車も馬車を引く二頭の馬も魔導機兵なのだ。

魔導機兵とはジルトゥム族だけが造れる。
護衛などの戦闘系から農業などの力仕事までこなすタイプもいる。魔導機兵は核を壊されない限り動き続ける。斬りつけても硬く痛覚もない。傷を負わせても動きは鈍らず、フェイントにもかからない。対人戦に慣れた者は余計にやり辛い。

魔導機兵は移動用の馬や、農作業などのタイプは王国に与えられているが、戦闘系のものは与えられていない。だが、今回は特別に戦闘用の兵士に、馬や馬車を用意してくれたのだ。そうそう傷付きはしない。少なくとも、そこらの盗賊には攻略出来ないだろう。

今の魔導機兵の使用権限は、ミーナさんが持っている。ミーナさんの魔力に反応して、大雑把な指示を受けるのだ。魔導機兵は大きく分けて二つに分類される。自立思考型と主立思考型。自立思考型は護衛対象や目的地などの簡単な情報を与えれば、その命令をやり遂げるために自分で判断し戦い方や道順を決める。そして主立思考型は指先の細かな操作まで使用者自ら動かせる。応用が効きやすいがその分、操作の難易度が高い。
今回はミーナさんは素人なので自立思考型を与えられている。指示できるのは護衛、待機の二つ。

「ルヴィネリス様。申し訳ありません。眠ってください」

雨が降る窓の外を眺めていたのだが、ミーナさんに呼ばれ目線を移す。瞼が重くなり意識が沈んでいく中で最後に見たのはミーナさんの泣きそうな顔だった。微睡みの中で思ったのは『そういえば、少し前からミーナさんの様子がおかしかったな』というものだった。

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「んっ......」

闇の中に沈んでいた意識が浮上する。最初に目に入って来たのは暖炉だった。そして自分の状況を確認したのだが、猿轡をされ両手を後ろで縛られ両足も縄で縛られている。

『誘拐』の二文字が浮かんだが、それと同時に意識を失う前の事を思い出した。ジルトゥム族に5歳の誕生日を祝ってもらった帰りにミーナさんに眠らされたこと。

「おっ?起きたか?」

「やっと目覚めたのか」

声がした方を見ると五人の男がこっちを見ていた。いかにもな盗賊風の格好をしていた。まぁ、確実にそんな感じの人なのだろう。正直、そんな事はどうでもよかった。

それよりも男達の後ろで血だらけのミーナさんが倒れていた事の方が問題だったから。その隣にはミーナさんと同じダークブラウンの髪を持つ女の子が力無く座り込んでいた。
ここはきっと地下室だろう。壁は石造りで、男達の一人が持つランタンと暖炉の火だけが光源で、部屋が全体的に薄暗い。

「でも、お頭。この女本当に殺して良かったんですか?一応協力者なんでしょう?」

血だらけの剣を拭きながら盗賊の一人が、粗末な木製のボロ椅子に座る男に声をかけた。

「そんなの協力者じゃねえよ。ただの駒だ。主人の子供の命を対価に、自分と我が子の命を買おうとした馬鹿な操り人形だ」

「歳をとった女なんて、大した金にならないんだ。生かしとくだけ無駄。娘だけでいい」

男達の会話を聞き状況を把握する。恐らくだが、ミーナさんは娘を人質に誘拐を手伝ったのだろう。ミーナさんが協力していたのなら魔導機兵も意味はないし。裏切られたなんて思わない。いくら殆ど自分が育てた子供だからと言って、自ら産んだ我が子の方が大事なのは当たり前。標的が自分なのは納得できる話だし。身代金は勿論、ただの奴隷として売るのもかなりの値が付くだろう。ジルトゥム族の血を引く子供、何より今世の身体も......。

「にしても、お頭ぁ。こいつホントに男ですかぁ?俺には女にしか見えねぇんですが」

......女顔なのだ。前世以上に。何より今世の身体は驚く程美形なのだ。嬉しくないが。

「疑うぐらいなら、確かめてみろ。味見の許可は得てる」

「えー、子供は興味な「えっ、いいんですかっ?」......そういやお前、そうだったな」

ずっとこっちを見つめていた男が一人、物凄い反応を見せた。そしてその視線が粘っこいものへと変わる。今まではただ見ているだけだったものが、飢えた獣の様な目でじっくりと体全体に纏わりつくものへと。

「あくまで味見だからな。後ろは使うなよ」

リーダーらしき男の許可を得て、視線の男は近付いてくる。声を挙げることも、距離を置くために後ずさりする事も出来ずに身体は固まったまま。思考だけが高速で回る。

舌舐めずりをする男を見て強烈な既視感に襲われた。転生してから今までも何度かあった既視感。自分の姿を見た時、自分の名前を知った時、兄、妹の姿を見た時、家の庭を見た時も。
だが、今回のは違う。既視感だけでなく忘れていた過去の記憶と重なった。それも二つの記憶と。一つはゲームの中でもう一つは......。

......死の間際。

思い出す二つの記憶。
一時期ハマっていた乙女ゲームと、前世の俺が死んだ理由。
乙女ゲームの攻略対象の過去の回想で全く同じシーンを見た事がある。
そして、前世の女顔の自分は高校卒業前に、男のストーカーに殺されたのだ。

場所も外見も違うが、その目は同じだった。性欲にとらわれギラついた家畜以下の目が。
記憶とともに感情も思い出す。死への恐怖や痛み。きっと俺の死体は見るも無惨なものだろう。ストーカーは男に欲情すると共に、妙な性壁も持っていたらしいから。
恐怖し痛みに歪む顔が見たくて、愛する者は支配していないと気が済まない。お陰で身体中が血塗れになっていた。

頭は冷静に次々と溢れ出てくる記憶を処理しているのに、心が泣き叫ぶ。

痛い、痛い、死にたくない。怖い、怖い、なんでこんな目に。嫌だ、いやだ、触るな。気持ち悪い、吐き気がする。なんでこんな奴に殺されないといけないんだ。なんで、こんな奴に犯されなきゃいけないんだ。
......助けて、誰か......!......死にたくない!

あの時の事を思い出して、また同じ目に遭うのかと。そう考えながらも無意識のうちに、行動する。無駄だと分かっていても続けていた魔力の操作。それを全力で。
死への恐怖は、ストッパーを外すには十分だった様で、魔力が巡る。いや、出来かけの魔力回路を破壊しながら、体内に溢れ、やがて放出する。
それは所謂魔力暴走と呼ばれるもの。体内の魔力回路を犠牲とするが、濃厚な魔力エレルギーが暴発し、破壊の嵐を呼ぶ。

冬葉 雪音。
いや『ルヴィネリス・リシアネ・クワルツ』はこの時初めて五人の人を殺した。







書いている途中のもう一つの作品が、話の流れは決まっているのに書けないというスランプに陥っているので、息抜きとしてのんびり書いていきます。

更新ペースも遅いですが、気長に付き合っていただけると幸いです。暇潰し程度になれれば嬉しいです。

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