マグ拳ファイター!!

西順

193

 首都ノルデンスタッドの議事堂を取り囲む、人、人、人の海。
 今にも暴発しそうな民衆を、機甲騎士団が第一から第五まで所属を越えて勢揃いで抑え込んでいる。
 元々は1000人にも満たないデモ行進だった。それが今やその100倍の民衆が議事堂に押し寄せている。いや、民衆だけでなく、冒険者(プレイヤー)の多くも一緒になって声を上げていた。その中に紛れるように脱天集会の黒と黄のローブがちらほら見える。奴らが情報を民衆にリークしたのか。
 オレはリンの命を承けて、政府内の膿出しをしていたのだが、どこからか、その情報が漏れてノルデンスタッドのデモは大騒ぎとなっている。
 いや、情報のソースなんて分かりきっている。あいつだ。この国の財務大臣として権勢を振るう悪魔セカンドだ。
「ブルース」
 議事堂内の人が寄り付かない資料室から、外の様子を覗いていたオレに、四子が慌てたように声を掛けてきた。
「リンは何だって!?」
 これだけの人の海に囲まれれば、さすがに誰しも動揺するか。
「待機だそうだ」
「待機!? 冗談でしょ!? 今すぐ何か手を打つべきよ! それこそ諸悪の根元であるセカンドを民衆にでも差し出すか、私たちで討つかするべきよ!」
 オレは動揺で声が上擦る四子に、一度ため息を吐いてから諭すように声を掛ける。
「それであの民衆が大人しくなると思うか? それにオレと四子の二人じゃセカンドは倒せない。四子は悪魔と戦ったことがないから分からないだろうが、あれは個人レベルでどうにかできるものじゃない。それこそ国家レベルで当たらなければならない存在だ」
「それじゃどうしろっていうのよ!!」
 ハァー。上に立つとこういう突き上げがあるから面倒臭い。リンは良くやっている。無茶振りも多いが。
「落ち着け。リンも新たに手に入れた時計塔で天使たちとともにこちらに向かっているそうだ。それ以外にも策はすでに講じていると言っていた。上手くすればそれでこの暴動は鎮静化するそうだ」
「何? その魔法?」
 あまりにも突拍子も無い、荒唐無稽なオレの発言に、まず四子が毒気を抜かれたように鎮静化してしまった。
 気持ちは分かる。10万の民衆を鎮静化させるなんて、それこそおとぎ話の大魔法だ。だが、リンならばそんなことでもやらかしてしまう。そう信じている自分がいた。
「でも、セカンドは何故こんなことをしでかしたのかしら? だってこの議事堂にはセカンド本人もいるのよ?」
「分からん。だがサードもそうだった。よく分からん奴らなりの理由で国を乱すんだ」
 全く何が面白くてこんなことをやらかすのか。リンからしたら、それを理解してしまったら人間終わりらしいけど。

「は?」
 思わず間抜けな声を発してしまった。
「どうしたの?」
 四子がオレが普段出さないような声を発したので、心配して声を掛けてきた。オレは今オレの「耳」からパスで入ってきた情報を四子に話す。
「いや、軍が動いているらしい」
「軍? 誰が出したって言うの?」
 途端に顔を険しくする四子。それはそうだろう。こんなところで国軍を動かしたりしたら、この民衆の海が血の海に変わってしまう。だがそうじゃない。
「動いたのはカルトランドの軍じゃない。国外の軍だ」
「どういうこと?」
 オレとしても信じられないことだが、四子には説明しておかなければならないだろう。
「動いたのは南のアウルムの軍……」
「ここでの暴動で政府が滅茶苦茶になったところで、漁夫の利を狙ったのね」
「……だけじゃない」
「は?」
「北はグラギエースの海軍に、西はサブルムの軍、東の海にはルベウスの軍艦までも現れたらしい」
「…………」
 うん。異常事態過ぎて、普通思考停止するよな。一国が滅ぶには充分過ぎる戦力だ。でもオレにはこんなことをやってのけるバカの顔がしっかりと頭に浮かんでいた。
 ハァー。そういうことか。これを使って暴動を鎮静化させろ、と。やっぱり無茶振りだった。
 オレはいまだ心ここに在らずの四子は放っておいて、民衆に紛れ込ませておいた「耳」にこの情報を流していく。
 しばらくすると、この情報が民衆たちに流布されはじめたのだろう。一枚岩で議事堂にシュプレヒコールを繰り返していた民衆がざわざわとしだし、それがどんどんと伝播していき、そして、議事堂の周りは一気に大混乱に陥った。
 それはそうだろう。こんなところで呑気に政府批判なんてしている場合じゃない。すぐにこの場から逃げ出さなければ、今度こそ本当に国が亡くなるのだから。
 蜘蛛の子を散らすというのも生易しい、民族大移動のようなうねりとともに、民衆は議事堂を取り囲むのを止め、その場から一斉に逃げ出したのだった。

 残ったのは脱天集会のメンバー飲みである。
「そいつらが今回の暴動を扇動した奴らだ! すぐに捕まえてくれ!」
 オレがパスで機甲騎士団の各団長にそう流せば、それはすぐになされるはずだった。
 しかし脱天集会もこのままで引き下がる連中じゃなかった。奴らは騎士団に捕まる前に生の魔核を飲み込み、悪魔へとその姿を変貌させたのだ。
 500を越える悪魔。かなり厄介だが、こいつらがあの民衆の海で顕現しなくて良かった。機甲騎士団はすぐに態勢を整えると、500の悪魔と対峙する。とそこに、

 ドドドドドドドド…………!!

 議事堂が揺れ出したかと思うと、あっという間議事堂は崩壊し、そこから飛び出す物体の群れがあった。
 何とか崩壊の難を切り抜け、建材が降ってこない場所からその群れを見ると、それは目玉だった。
「よくもこんなに私の策を滅茶苦茶にしてくれたな!」
 目玉の群れがしゃべった。

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