マグ拳ファイター!!

西順

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「虫は嫌ぁ……」
 と十子はトレシーの常宿のテラス席に体を投げ出し項垂れている。それを他の天使たちが慰めている。
「一生分のバッタを見た気がするわ」
 とマヤもぐったりだ。
 マヤや十子だけではなく、あの戦いを経験したクランメンバー全員が、ぐったりしていた。ただ一羽、トレシーで置いてきぼりを食らったカナリアだけが、オレたちの周りを心配そうに飛び回っていた。

 トレシーの街は主様が引き起こした地震によって半壊していた。今は住民総出となって街の再建に取り掛かっている。
 オレたちの常宿もその破壊に抗えなかった一つで、建屋の1/3は崩れ去ってしまっていた。残りの部分もいつ壊れるか分からないほどヒビが入っている。
 アウルム国は非常事態宣言を発令し、国庫からかなりの資金を捻出し、トレシー再建に充てるそうだ。さらにゼクスゲトライデで蝗害があったのが結構な痛手だが、幸いゼクスゲトライデでは穀物、作物への被害は全体の1/5ほど、人的被害はなかったらしい。
 1/5とはいえ作物が被害を受けたとなると、残る分は外国からの輸入に頼るしかなく、アウルムでそれらの値段の高騰が今から懸念される。
 そんな中で商人がどうやって立ち回るかというと、
「リンタロウくん!」
 とボロボロのテラス席で、皆が地震の後片付けに終われていると言うのに、のんびりしているオレの元へ、オペラさんが尋ねてきた。
「今がチャンスだよ!」
「チャンス……ですか?」
 意味が分からず首を傾げるオレに、続けて語るオペラさん。
「ここで上手く立ち回れるかどうかで、商人の真価が決まってくるからね。さて、何をする?」
 いきなり何をする? と聞かれてもな。
「とりあえずはこの宿の再建ですかね」
 ほほう、と顎を撫でるオペラさんは、早速宿の主人を呼びつけた。
「あのう、何のご用でしょうか?」
 チラチラとテラス席に視線を這わせる宿の主人。テラス席は湖に面しているため、宿でも壊れ方が酷い場所だ。オレたちが陣取っていなければ、すぐにでも封鎖して、取り壊しに掛かりたいところだろう。それでも大商人の資金力を当てにしてか、オペラさんの呼び出しに営業スマイルで応える。
「こちらのリンタロウくんが宿の再建にお金を出してくれるそうです」
 いや、そこまでいってないけど。
「本当ですか!?」
 藁にもすがるとはこういうのを言うんだろうな。宿の主人は外聞など関係ないと、オレの足にすがりついてきた。ハァー、これじゃ断れないなあ。
「良いですよ。ただ条件があります」
「条件、ですか?」
 どんな無理難題を吹っ掛けられるのかと、顔を引きつらせる宿の主人。
「湖の周りって宿屋通りって感じてすよね?」
「ええ、そうですね。修練場と湖の美しい景観がトレシーへやってくる旅人の主な目的ですから」
 つまるところ、湖岸はほぼ宿屋で占められ、そして今回一番被害を受けたのも湖に程近い宿屋なのだ。
「壊れた宿屋の主を全員呼びつけてください」
「はあ……?」
「今回壊れた湖岸の宿屋を全てオレが買い付けて、一つのデッカい宿屋にします!」
「「「はあ!?」」」
 宿屋の主人だけでなく、仲間からも驚きの声が上がる。楽しそうに笑っているのはオペラさんだけだ。
「本気……ですか?」
 と宿の主人が恐る恐る聞いてくる。
「金ならある!」
「いや、確かに私たちお金なら持ってるけど、湖岸の宿屋全部買い占めて、新たに大きな宿建てたら、さすがにお金なくなるわよ!?」
 とはマヤの言だ。クランメンバーは皆頷いている。
「問題ないだろ」
 オレの言に皆はそれ以上何も反論してこなかった。

 一大宿屋計画は実行された。
 当初不安視されていた他の宿屋による反発は、間にオペラさんが入って上手く立ち回ってくれたこと、倒壊した宿を建て直す資金が捻出できず、売り払う以外道がなかったことなどから、スムーズに売買契約がなされることになった。そこにはもちろん完成した宿で従業員として働けるとの確約もあった。
 こうして、トントン拍子で買い付けは終わり、すぐに建設に取り掛かろう、かというところにで問題が出てきた。宿の外観をどうするか? である。
 今までにない大事業。そのような宿など誰も造ったことがなかった。なので宿のイメージをどうするか? お鉢がこちらに回ってきた。
 が、そこで才能を発揮したのが、一郎だった。浮遊島では建物のデザインなど、建築に携わっていたそうで、湖岸の宿屋はまさに天使が住んでいるような、荘厳にして美麗な外観内装の宿屋がデザインされた。
 そのことで実際の建築においても一郎が現場監督という立場になり、湖岸の宿再建計画は恙無く、現在も進行中である。
 で、オレたちはどこで雨風をしのいでいるのか? と言えば、一郎が最初に建てみせた、今回の宿屋の小型版のような一軒家で暮らしていた。

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