マグ拳ファイター!!

西順

110

 シュッ

「あら? 香水を使っているのね?」
 話し合い当日。議会場へ向かう馬車の中、向かいのハララ侯爵が香水瓶に興味を示した。
「ええ。アウルムで流行している香りなんですよ」
 オレはそう言ってハララ侯爵に香水瓶を渡す。中身は当然エリクサーの希釈水だ。

 シュッ

「へえ、不思議な香り。でもなんだか頭がスッキリするわ」
「でしょう?」
 返してもらった香水瓶を横のラハドに渡す。
(何のつもりだ?)
(洗脳対策だ。相手がいつ洗脳を仕掛けてくるか分からないんだ。先手は打っておくべきだろ)
 オレにそう言われ、ラハドは嫌々香水を自分に振り掛けた。
「さ、シンデレラさんもどうです?」
 オレはラハドのさらに奥にいるシンデレラさんにも香水瓶を渡す。

 シュッ

「…………」
 シンデレラさんが自身に香水を振り掛けた瞬間、ボーッとし始めた。
「シンデレラさん?」
「シンデレラ?」
 声を掛けるが反応がない。もう一度声を掛けようと思ったところで議会場に着いてしまった。
 ブルースが馬車のドアを開けて車内が少し異様であることに気付く。
「どうかしたのか?」
「何でもない」
 そう応えたのはシンデレラさんだった。
「少し馬車に酔ってしまってな」
  「…………そうか」
 シンデレラさんに先を促され、オレたちは馬車を降りる。
「シンデレラのことは私が診ておくわ」
 ハララ侯爵がそう言うので、ここは侯爵に任せ、オレたちは議会場の話し合いの場へ向かった。

 広い会議室にまだ王族の姿はなかった。オレはこの隙に話し合いに臨むラハドの親父さんたちにもエリクサーを振り掛けた。いざとなったら王族にも振り掛けて、洗脳を解いてしまいたい。まあ、王族が洗脳されてるか分からないけど。
 少ししてシンデレラさんとハララ侯爵が入ってきた。
 シンデレラさんはやはりどこか体調が悪いのか、修道士服のフードを目深に被り、俯いていて顔色は伺えなかった。

 予定より二時間遅れで、王族が現れた。入ってきたのは親子であろう二人。サブルム王とインフィジャール王子だ。その後ろに衛兵を十人ずつ連れている。
 内戦で疲弊しているというのに、金糸銀糸をふんだんに使った豪奢な服装に、胸を張ってゆっくり歩く尊大な態度。二時間も待たされてイライラしていた上にこれである。ラハドが立ち上がって文句を言おうとするのを、テーブルの下から押さえつけるのに難儀した。
「教会は廃止だ」
 サブルム王から先制パンチだ。
「ふざけるな! そんなの誰も望んでない!」
 今にも王族に噛みつきそうなラハドを、オレたちが必死に押さえつける。
「何を可笑しなことを言っておる? 我が廃止と言えば廃止なのだ。我こそ王。我こそサブルムなるぞ」
 ああ、ダメなタイプの王様だわ。教会派の皆さん、顔を真っ赤にして耐えてるな。
「教会を廃止する、と言いますがね。そう簡単にはいかないことを、今日までの市民の抵抗で理解していると思ってましたよ」
 ラハドの親父さんに教会派の皆が同意し声を上げる。
「教会ってのは今や生活に切っても切り離せないものだ。怪我や病気をしたら教会に行き、貧乏人は腹が減っては教会の炊き出しに並ぶ。生活魔法が使えない奴に、無償で水を供給してるれるのも教会だ。今や教会無しじゃサブルムは成り立たないんだよ」
 それはそれでどうなんだ?
「教会を潰して、あんたその後どうするんだい?」
「教会を造るのだよ」
 は?
「我が息子、ラマドが死んだというのに何もしない神を信仰するなんて、馬鹿馬鹿しい。悪魔だ! 悪魔を信仰する教会を建設するのだ!」
 うわあ、狂ってるわあ。教会派の人たち。王様の狂言に引いちゃってるし。ハァー、ここはオレが出るか。
「その言い方だと、まるで悪魔が死んだ王子を甦らせてくれるような口振りですね?」
 オレの問いに王様は力強く頷いてみせた。
「その通りだ。悪魔は我に死者復活を約束してくれ、我が前でそれを実行してみせてくれたのだ」
 死者復活だと!? この世界ではNPCにとって死は絶対のはず。それを覆すなんて、どんな外法だよ。悪い予感しかしない。
「だったら、さっさと王子を甦らせてもらえば良かったじゃないか」
 この問いには頭を横に振る王様。
「悪魔はラマド復活に条件を付けてきたのだ」
「それが教会廃止と悪魔教会設立ですか」
「そうだ」
 なんだかなあ。悪魔に踊らされてるよなあ、これって。
「ですが王、いくら悪魔教会をサブルム中に設立しようと、ラマド王子が復活することはありませんよ」
 話に入ってきたのはシンデレラさんだ。
「悪魔が約束を違えると言うのか?」
 王様がシンデレラさんを睨みつけ、会議室の緊張感がさらに高まる。が、それをものともせずに、シンデレラさんは話を続ける。
「ええそうです。そうですとも。だってラマド王子は死んでなどいないのですから」
 言い切ってみせるシンデレラさん。
「ふざけたことをぬかすな! 兄は我が前で死んだのだぞ!」
 声を荒げたのはいままで静観していたインフィジャール王子だ。
「死んだ。ではなく、殺した。の間違いではありませんか?」
 ざわりとするのは教会派だけだ。
「貴様こそ可笑しなことを。もし仮に兄が我に殺されたならば、何故貴様は生きているなどと吹聴するのだ?」
 敵ながらもっともな言い分である。
「それは……」
 そう言いながらシンデレラさんはフードを外してみせる。その目は真っ直ぐ自身の敵を見定めていた。
「我こそが、そのラマドだからだ」
 ざわめく教会派たち。一方王族派で焦りの色をみせたのは、インフィジャール王子だけだ。他は動じていない。というより、興味無さそうにこちらを見ている。
「遺跡で貴様にやられた時、幸いにもさらに下の遺跡に落ちてね。だがそのショックで記憶喪失になっていたんだ。それが今さっきになって記憶が戻るとは、何の因果やら」
 ああ、エリクサーで記憶が戻ったのか。
「さて、お互いに化かし合いはこれまでにしようじゃないか。悪魔サード」
 悪魔サード?
「ほう? 僕の正体に気付いていたのか」
 とインフィジャール王子の額から、山羊のような角が生える。
「本物の弟をどこへやった!」
 シンデレラさん改めラマド王子は、インフィジャール王子改め悪魔サードに詰問する。がどこか余裕そうな悪魔サード。
「ここにいるだろ?」
「何?」
「僕がサードでありインフィジャールだ。こいつも馬鹿な男でね、君の人気を妬むあまり、召喚の儀で僕を召喚したんだよ。だから叶えてあげたのさ。その対価としてこの身体をもらったんだ」
 嬉々として話をするサード。こちらがはらわた煮えくり返りそうなのがよほど面白いらしい。
「でもラマド王子は生きていたんだ。インフィジャール王子との契約も、サブルム王との契約も反故になるんじゃないのか?」
 オレの問いに、悪魔サードはそれでも嬉々としている。
「関係ないよ。だって皆死ぬんだから。言うだろ? 死人に口無しって」
 と言ってサードが指を鳴らすと、二十人の衛兵たちが、そしてサブルム王の額から山羊の角が生え、その身体を青い悪魔のそれへと変える。
「父上……!?」
「さあ、できるだけ残酷なショーを僕に見せてくれよ?」
 サードが指を鳴らすと、サブルム王たちが襲い掛かってきた。

コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品