マグ拳ファイター!!

西順

87

 あまりの状況の変化に、オレたちは急いで甲板に出るが、周囲は流氷が浮かぶ程の寒海で、頬を打つ風は凍てつくよう。向こうには氷の断崖を持つ陸地に、空を見上げればオーロラが揺らめいている。
 自分たちがあの地底湖でない場所にいるのは、一目瞭然だった。
「うおおおおおおおおお!!」
 アキラが吠えた。
「なんだよ、いきなり大声出して」
「だって見ろよ! 明らかにアウルムとは違う場所だろ!? オレたちはとうとう外界に出たんだぞ!」
「ガイカイ?」
 首を傾げるオレに、アキラが嘆息する。
「いままでオレら冒険者(プレイヤー)は、冒険できる世界がアウルムの東地方に限られてたんだ」
 そうなのか?
「それが、見ろよ! いきなりあんなデカい氷壁を持つ陸地だぜ!? やっベー、テンション上がってきたあ!! そうだ、燎さんにパス入れよ」
 なんか一人で盛り上がっているようだが、アキラ以外は置いてきぼりである。とりあえずオレは、自分のジャケットコートに防寒の魔法が付与されてて良かったぐらいの印象だ。アキラを除く他の皆はすぐに服を着込んでいた。
「なんだってぇ!?」
「どうかしたのか?」
 パスなのに大声を出すアキラに尋ねる。
「アウルムの西が解放されて、なんとそこにはドラゴンがいるらしい!!」
 ほう、ドラゴンか。ファンタジーらしいなぁ。絶対戦いたくないけど。
「リン! すぐに戻るぞ! ドラゴン退治が待ってる!」
「帰れたらな」
「!?」
 言いながら両手を上に上げるオレ以下四名。その姿にアキラは首を傾げる。まるで銃を突き付けられた小市民みたいだからだろう。だが、銃の方がまだかわいい。船の四方を巨人に囲まれるよりは。
 やっと状況が飲み込めたアキラも、そっと両手を上げた。

「ふむ。そなたらがドラゴン退治に名乗りを上げた勇者か」
 オレたちが今いるのは、王宮の謁見の間だ。氷の陸地にある街。それを見下ろす高台にある、まるで氷でできたように白い王宮の、黄金の玉座に座る巨人の女王。オレたちはなんでだがそこに連れて来られていた。
「えっと、どこから説明すれば良いんでしょう?」
 銀髪の女王は白くゆったりした召し物を身にまとい、つまらないものを見るようにこちらを睥睨(へいげい)している。
「まず、なぜお主らはキャプテンフリーギドゥスの船に乗っていた? いきなり現れたのはなんだ?」
 オレはこれまでの経緯を女王に説明した。
「ふ、フハハハハハハハッ! 馬鹿を申すでない。巨人の中でも武勇の誉れ高きフリーギドゥスが、死んで魔物に変えられたとは言え、小人族になど負ける訳がなかろう!!」
 なるほど。こっちではオレたちが小人って扱いになるのか。と言うかお冠ですねえ。
「いやぁ、勝てたのは偶然ですよ、偶然。もちろん一人で戦った訳じゃありません。全員での勝利です」
「馬鹿を言うなと申すしておろう!」
 あ、火に油を注いじゃったパターンですか。
「よかろう。それほど武に自信があるのなら、フリオを呼べ!」
 女王の呼び出しで現れたのは、キャプテンフリーギドゥスと比肩する、体長五メートルはあろうかという巨人だった。
「こやつを倒してみよ」
 ああ、こうなるのね。右を見ても左を見ても、オレの仲間は目を伏せるばかりだ。これはオレが一人で戦うやつだな。ハァー。

 フリオと呼ばれた男の巨人は、全身鎧な上に片手に戦斧を持っている。なんだこの無理難題。
 電気系統の魔法が使えれば一発かも知れないが、あいにくオレは使えない。礫弾もエネルギー波も弾かれそうだ。いや、金剛弾は効くかも知れないが、焼け石に水だな。
「始め!」
 そんなことを考えている間に、女王によって戦闘が始められてしまった。
 大きな戦斧を振り上げて、向かってくるフリオ。
「はやっ!?」
 一瞬で間合いを詰められ、戦斧が迫る。それをギリギリのところでかわすと、床に当たるギリギリでピタリと止まる戦斧。そしてくるっと横になったかと思うと、今度は薙いでくる。
「マジかよ!?」
 
 ブオンッ!

 床に這いつくばってそれを避けるが、風圧でオレは吹き飛ばされてしまった。
「ぐふっ!」
 壁に叩き付けられ息が詰まる。そこに迫るフリオ。
「ぐおあッ!?」
 が痛みで声を上げたのはフリオだった。オレが出した斥力ブレードが運良く戦斧を斬り裂き、フリオの親指まで傷を与えたのだ。
 だがそれはフリオを怒らせる結果になった。怒りに我を忘れたフリオが、オレを握り潰そうと襲い掛かってきたときだった。

「グルオオオオオオオオオッ!!!」

 王宮、いや、街全体に響き渡る程のとてつもない咆哮。思わず誰もが耳を塞ぎ、戦闘が中断された。
「おのれ、来寄ったか! ゲロー!」
 外郎?

「グルオオオオオオオオオッ!!!」

 またの咆哮。オレも耳を塞ぎたいところだが、さっきフリオがオレを握り潰そうと襲い掛かってきたときに、もう片方の手で斥力ブレードを作ってしまったので、両手を潰れてそれすらできない。
 しかしこの声、怒りと悲しみが、混じったようにオレには聴こえる。
「戦いはそこまでだ! 両者引き分けとする! フリオ! すぐにゲローの迎撃にあたれ!」
「はっ!」
 フリオは切った親指を押さえながらこちらを憎々しげに一瞥して、謁見の間を立ち去っていった。
「女王様! この声、まさかドラゴンですか!?」
 アキラが、なんか目を爛々に輝かせながら女王に尋ねる。
「当たり前のことを聞くでない! これがドラゴンでないならなんだというのだ!」
 叱責を受けるアキラだが、そんなことはお構い無しだと言わんばかりに謁見の間を飛び出して行った。
「なんなんじゃあいつは」
「多分、ドラゴンを見に行ったんだと思います」
 女王の疑問にオレが答える。
「あやつは馬鹿なのか?」
「はい」
 それは間違いないと思う。残されたオレたち五人はなんか気恥ずかしい思いだった。

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