マグ拳ファイター!!

西順

80

「ハァーーーーー」
 オレは教室で自分の席に着くなり深いため息を漏らしていた。

 あの後、眠りこけているサヴァ子爵を縛ってから、ファラーシャ嬢に曳光弾を打ち上げてもらい、その数刻後にやって来たブリー青年は村民を引き連れていた。
 村民たちは海賊たちが無傷で眠らされていることにかなり驚いていたが、それ以上に喜んでいた。当然だろう。その中には自分たちの家族がいたのだから。悪事に手を染めていたとはいえ、肉親は可愛いものだ。
 ただブリー青年は複雑な表情だった。
「父はこのまま牢に幽閉し、しかる後相応の刑に処すつもりです」
 とはブリー青年の言葉。これを訳せば、時が来れば処刑する、と言ってる訳だ。ブリー青年も次期子爵になる訳で、立場的にそうせざる得ないのが辛い。
 その後村はちょっとしたお祭り騒ぎとなったが、オレとマヤは早々に村の教会に避難させてもらった。時間が時間、リアルでもう夜中の12時を過ぎていたからだ。


 そんな訳でオレは今日寝不足なのだ。マグ拳ファイターの運営も、もう少しこちら生活事情を考えたイベント運営を心掛けて欲しい。
「ハァーーーーー」
 そしてもう一人、オレと同じようなため息を吐いている男が一人教室に入って来た。アキラである。
「お疲れ〜」
「「お疲れ〜」じゃねぇよ。何? あの裏クエストの尋常じゃない容赦のなさ?」
 開口一番愚痴から始めるとは、アキラの方も参ってるみたいだな。
「執事さんたちが殺されたらクエスト未達成な訳じゃん」
「そうだな」
「だってのに朝から晩まで賊、賊、賊、のオンパレードだよ! 海賊、山賊、盗賊、さらには暗殺者まで出て来るんだぜ? 気の休まる時間がねえっての!」
 そっちはそっちで大変だったんだねぇ。
「リンの方はどうだったんだ?」
 ひとしきり愚痴を吐き出したらすっきりしたのか、オレの方に話を振ってくる。
「こっちは対人(プレイヤー)戦だったよ」
「プレイヤーが? 垢バンとか気にしないのかそいつら?」
「シャークってやつらだったけど、そのギリギリを攻めるのが面白いんだと」
「シャーク!? まさかあのシャークと一戦交えたのか!?」
 あの、と言われても分からん。
「有名人なのか?」
「ブラックフォッグ並みにな。悪役(ヴィラン)プレイって言うらしい。下手すりゃ即垢バンだけど、上手いこと立ち回れば、正規プレイの数十倍稼げるって話だ」
 RMTで数十倍はデカいな。今回も金をもらってそれなりに戦ってトンズラしてたからなぁ。あいつらあんなことずっと繰り返してんのか? あれはあれでタフだな。
「それで、アキラの方はどうなんだ? 執事さんたちを殺させないのはクエストの最低条件だ。当初の目的は果たされたのか?」
 これにアキラは自信たっぷりの頷きで返してくれた。

 北の村からフィーアポルトの港町に入ると、街は異様な程シンと静まり返っていた。
おそらく何かがあるとは察知して、皆屋内に避難しているのだろう。
 そんな中を領主の館に急ぐと、その門前には数台の馬車が並んでいた。そのうち一台は豪奢な外装をしていて、国のそこかしこで何度か見た、印章が掲げられている。きっとあれに王族が乗っているだろう。
 オレたちが走って近付くと、いきなり王族の馬車の扉が開き、10歳ぐらいだろうドレスを着た金髪の少女が飛び出してきた。
「ファラーシャ様!」
「オーロ様!」
 固く抱き締め合う二人。
「…………」
「…………」
 長いな。もう10分くらい抱き合ってるぞ。他の馬車から出て着たアキラや星☆剣 燎さんらアキラのクランメンバー、ファラーシャ嬢の執事やメイドもどうしたものか、と困っている。
「ファラーシャ様、此度は申し訳ありませんでした。あなたがそれほどの苦境にいたとは存じ上げておりませんでしたの」
 涙目で訴える少女。多分王女。
「よいのです。市井の声が中々上に上がってこないことは私も存じておりますもの」
 いや、国として市井の声を汲み取れないのはどうかと思うぞ。
「ファラーシャ様にそう言っていただけだだけで心が少し軽くなります」
 互いに笑顔を向け合う少女たち。が、オーロ様がファラーシャ嬢の袖が破れているのに気付いて顔色を変える。
「まあ! なんと言うことでしょう!」
 言ってオーロ様はオレを睨むと、ツカツカとこちらに近付いて来て、パンッとオレの頬を叩いた。
 え? オレ少女にひっぱたかれた? 訳も分からずオーロ様を見ていると、
「なんと言うことをしているのですか!? 乙女にあのような、瑕疵(かし)を付けるなんで、あなたなんて死罪よ!」
 出た! 王族の理不尽。ファラーシャ嬢、火傷は村の治療院で回復してるけど、服は破れたまんまだったんだよねぇ。まさかそれを問題にされるとは。火傷が残ってたら死罪どころの騒ぎじゃないな。
 いまだに「死罪死罪」と喚くオーロ様を、ファラーシャ嬢とオーロ様のお付きの人たちが必死になだめてる。
 ああ、なんだろう。ここまで必死に積み上げてきたものが、心の中で瓦解していくのが分かる。
「オレが死ねばいいんだな?」
 オレの発言に全員が「何を言ってるんだ?」といった顔になる中、オレは小手から刃を出し、自分の首に当ててそれを引き落とした。
 次の瞬間には、オレの眼前にgameoverの文字が浮かんでいた。

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