マグ拳ファイター!!

西順

60

 控え室に戻ると、独りで待っていたマヤが拍手で迎えてくれた。
「良くやったよ。感動した!」
 とマヤに肩を掴まれ揺さぶられるが、今はやめて欲しい。
「ぐっ」
 オレがうめき声を出したことでその揺さぶりも終わった。
「え!? どこか痛いの!?」
 隠してもバレるか。
「右手がな」
 右手に視線を向けたマヤが、顔をしかめる。それはそれだろう。オレの右手は斥力ブレードの反動でグシャリとなっているのだから。
 斥力ブレードは、斥力を片手に集約し、基礎魔法第三の魔法「エフェクト」でブレードへと変質させ、さらにバフを掛けて強化した、おそらくこの世界で斬れないものは無いだろう最強の刃だ。
 とはいえこの最強の刃、使い勝手がえらく悪い。
 何せ全魔力を斥力に変換し片手に集めるのだから、斥力バリアが解除されて無防備になるし、礫弾だって使えなくなる。そのくせディメンションの影響のせいで斥力ブレードは手から離れず、その有効圏内は手が届く範囲に限られる。
 そして使えばオレ自身が斥力ブレードの強度に耐えられず、使った手はおシャカである。何より遠距離射撃タイプのオレの必殺技が、超至近距離の手刀ってどうなの? って話だ。
 つまるところ、必殺技は完成したが、自分の戦型に合わなかったというお粗末さ結果をさらしたのだ。
 だが、これがなければレクイエムに勝てなかったのも事実だ。
 自分のことながら、厄介な戦型になってしまったものだ。
 心配するマヤに、右手を包帯でぐるぐる巻きをされていると、係員がオレに近付いてくる。
「リンタロウ選手、トイレへ行く許可が出ました。ご同行ください」
 顔は笑っているのに、笑っているように見えないんだけど。
「今さら何言ってんの?」
 係員に噛み付くマヤをオレは左手で制する。
「分かりました。スミマセン、助かります。漏れそうだったんですよ」
 オレは笑顔で係員に応える。
「ではこちらへ」
 付いてくるように促す係員の後を素直を付いていくオレ。しかして行った先はトイレのはずはなく、会場裏手の豪華な馬車の前だった。
「あれえ? トイレじゃ無いんすか?」
 などとわざとらしく係員に言うと、馬車のドアがいきなり開き、オレは馬車の中に押し込められる。と同時に腰のポーチを剥ぎ取られた。
「全く、何てことをしてくれたんだ!!」
 急に馬車に押し込められ、天地逆さまになっているが、この声には聞き覚えがある。フーガだ。
 逆さまに見上げて見ても顔が真っ赤で、今にも血管ぶちギレそうだ。いや、何本か切れてるかもしれない。
「貴様のせいでワシは全財産失ったんだぞ!!」
 まあ、八百長試合なんて持ちかけてきたぐらいだ。自分が負ける何て考えてなかったんだろう。レクイエムもホントに強かったし。
「オッサン、金稼ぐ才能無いな」
 オレがニヤニヤそういうと、顔を思いっきり踏んづけられた。全く痛くなかったけど。
「誰のせいだと思っている!?」
 はーい、私がやりましたあ。また踏んづけられた。口に出してないのに。
「で、今から借金取り逃げようって算段ですか?」
「そうだ!!」
「じゃあ、何でオレがその逃走用の馬車に乗せられてるんですかね?」
 また踏んづけられた。オッサンは人を踏みつけるのが好きらしい。
「ワシの言うことを聞かないとどうなるか、その体に、教えてやるためだ」
 さっきまでの喚き散らす怒気と違い、なんとも薄ら寒い声音だ。
「オッサン、知ってるか? 冒険者(プレイヤー)って死んでも教会で復活するんだぜ?」
「小僧こそ知らんのか? 世の中には死ぬより辛いことがいくらでもあるんだぞ?」
 そいつは一生知りたくないな。
 さて、どうしたもんか? ポーチを取り上げられては武器が無い。しかも持っているのはオッサンの横にいつもいる大男だ。取り返せそうにない。その上オレの右手は使い物にならない。
 このままオレは見知らぬ土地に連れ去られ、絵にも描けない地獄を味あわされるというのか? なあんて、なる訳ないよねぇ。
 唐突に馬車が急停止して、オレは天地逆さまのまま床やら壁やらに頭をぶつける。
「痛ってて」
 それはオッサンも同じだったらしく、馭者台の方へ喚き散らす。馭者はあの係員だった。
「何事だ!?」
「そ、それが旦那様……」
 係員に先を見るよう促されたオッサンの顔が、赤から青に変わる。とオレは襟首掴まれて、耳元で喚かれた。
「何故奴らがここにいる!?」
 言われてオレも先を見てみるが、ああ、セレナーデさんと、ブルースだな。それにおそらくは冒険者ギルドに所属している人たちだろう。彼らが前後の道を塞いでいた。
「フーガ! 賭博罪その他諸々、貴様の悪業はすでに割れている! 大人しく縛に付け!」
 おお! セレナーデさん、さすが冒険者ギルドのギルドマスター。様になってるなぁ。

 フーガのオッサンも事ここに到っては言い逃れも物理的に逃げ出すこともできないと悟ったのか、シュンとなって大人しく馬車を降りた。
 オッサンも大男も係員も捕まり、オレはセレナーデさんがテキパキと采配を振るう中、一番最後に馬車を降りる。
「大丈夫だったか」
「遅いよ。もう少しでもう少しで見知らぬ土地へファラウェイするところだったよ」
 オレを気遣うブルースにちょっと文句を垂れる。辺りを見渡せば、そこは街の北部、もうすぐそこは街の出口だった。
「そう言ってやるな。これでも関係者諸々の捕縛などやることがある中、最速で駆け付たんだ」
 セレナーデさんがブルースを擁護する。そんなことは分かっているが、一瞬でも心胆寒からしめられたオレとしては、気心知れた人間に、愚痴の一つも言いたくなるってものだろう。
 ブルースも分かっているのだろう。苦笑している。
「しかしこんなところまで連れてこられちゃ、武闘大会決勝は棄権負けかなぁ」
 とオレがこぼすと、セレナーデさんだけでなくブルースまで首を傾げる。
「何を言っているんだ? こんなことぐらいで、武闘大会決勝を棄権して言い訳ないだろ」
 こんな殺生なセレナーデさんの発言に、いつもならノーを突きつけるブルースも頷いている。
 かくしてオレは、街の端から武闘大会会場まで、全力疾走で戻る羽目になったのだった。

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