炎呪転生~理不尽なシスコン吸血鬼~

黄崎うい

25節 ニコリア

「わ、私……リリスのこと……六日さんのことだって友達だったなんて言えません……!」

 背中を麗菜に撫でられ、ワカナは言う。

「何で?」

 麗菜が優しくまだ落ち着いていないワカナに問う。

「二度も、彼女を殺しました……。二度も……! 私、友達を、二度も、殺しただなんて……嫌だ! 嫌です! 二度も殺してしまっただなんて……!」

 麗菜の服を強く握ってワカナは叫ぶ。呼吸は浅く、言葉も途切れ途切れだ。ワカナはさらに強く麗菜に頭を押し付ける。

「……じゃあ殺さない方がよかった?」

 麗菜は変わらず優しく柔らかい声でワカナに問い続ける。

「いえ……、でも、でも、でも、リリスはあのとき消えて……! でも、今はもう消えて、だったら、だったら六日さんを、でも、でも、でも、殺したら……」

 まとまらない言葉を若菜は吐き出し続ける。それを麗菜が頷き、周りでポカンとしながらワカナたちを見ているアノニムたちにもわかるように翻訳してやる。

「そうね。リリスを殺さなかったらあのとき確かに消えてしまっていたもんね。でも結局消すなら殺さなければよかったわ。……それでもね、六日ちゃんがいなくて今ここに若菜はいるのかしら?」

 麗菜はワカナを撫でる手を止めて冷たく尋ねた。

「え……? でも、小山薫あのクソ野郎の時、六日さんが、六日さんが殺しかたを教えてくれたんです……。だから、いなきゃ困ります」

「でしょ、じゃああのまま六日ちゃんを生かしておいて良かった?」

 麗菜から顔を話してワカナが麗菜の顔を見上げながら迷ったように目をキョロキョロと動かしながら言う。もう目はただ澄んだ赤色をしているだけで光ってはいない。麗菜はそんなワカナを確認すると、冷たい黒い瞳でワカナを見下ろして尋ねる。

「いえ、それはいけません。殺さなきゃ、私はヒトミからもらった役目を全うできません……」

 麗菜の声に怯えるようにワカナが小さく答える。

「でしょ。じゃあ若菜は自分勝手に六日ちゃんを殺したわけじゃないよね」

 急に明るくした声で麗菜はまたワカナの頭を自分の方に寄せて優しく撫でながら言う。

「……はい」

 ワカナが頷きながら小さく麗菜に答える。

「じゃあ恨むなら自分じゃなくてそのヒトミってのを恨みなさい。嘘はつかなくていいの」

 ワカナの肩を掴んで自分から引き剥がしながら麗菜はニコッと母のような笑みを見せながら言う。

 とんだ濡れ衣だとアノニムは思うが、それを言ってしまえばせっかく麗菜がワカナを正常に連れ戻したのに意味がなくなってしまうと黙っておいた。ただ腰に付けていた左手を軽く握ってその手の中に小さくまじないをかける。ワカナがまともに戻った祝いのものを出してやろうと誰にも聞こえないように自分の中でうたう。小さな小さな手品のような魔術にはこれくらいで充分だ。

「ワカナ」

 ワカナと麗菜、二人だけの空間が終わったことを察すると、アノニムがワカナを呼ぶ。

「……何ですか、名前がわからない何か強そうな魔術師さん」

 せっかく久しぶりにお姉ちゃんの顔をゆっくり見ていたのに、と言うようにワカナが不機嫌そうに振り向く。

「その呼び方どうにかならないか? ほら、お前の後ろで一人ツボに入ってるぞ」

 アノニムは謝る気はないが居心地の悪さを感じながら声に出さないように震えながら笑っている麗菜を指差す。面白そうだから後でズィミアにでも教えてやろうだなんて思って自分でも笑いそうだ。

「貴方の名前がわからないからです。名乗ったらどうですか」

 アノニムを睨みながらワカナは言う。物を尋ねる態度じゃないなとアノニムは腕を組むが、アノニムのことをワカナが覚えていないのはこちらの責任だから仕方ないなと名乗ることにした。

「そうだな……。あと少しだが今は私のことをニコリア、と呼んでくれ」

 あまり名乗りたくはなかった。ヒトミ・ニコリア。既にヒトミからは抜け落ちている名字だ。名乗りたくはなかったが、せっかくの七日のお節介を無下にするつもりもないので仕方ない。

「そうですか。ではニコリア、何の用です?」

 ワカナは作業的に言葉を返す。

「愛想がないなぁ。まあいい。これでも食って最後の仕事をしてくれ」

 そう言ってアノニムは左手に握っていたミカンキャンディーをワカナに投げ渡した。

「あ、ありがとうございます。それで、仕事って?」

「忘れたのか? お前はコトを消すためにここに来たんだろ?」

 そう言ったアノニムの先に金色の髪を風に揺らしたコトが立っていた。その誰にも負けない美しい顔に怒りとも、悲しみとも、喜びとも取れるがそのどれでもないようにも見える表情を浮かべ、じっとワカナのことを見ていた。

 ワカナは包み紙を広げてその中身を口に放り込む。その丸い飴をガリッと噛み砕き、ワカナもコトの方を見る。そして、自分に言い聞かせるように呟いた。

「そうですね……。忘れてなんかいませんでしたよ」

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