炎呪転生~理不尽なシスコン吸血鬼~

黄崎うい

15節 スピード違反だぞ

「わ、若菜! わかったから、わかったからもうやめろ!」

 焦ったように叫ぶ五日の声も聞こえてきた。この空間が赤く、先がよく見えないからか、声が聞こえているのに二人の姿は七日たちには全く見えない。

「アハハハハハ……っ! アハハハハハハハハハハハハハ」

 五日の言葉を遮るように、少しの間止まっていたワカナの笑い声が再び耳を突き刺すように聞こえてきた。

「若菜! 頼むからやめろ!」

 五日が叫ぶ。声の様子だともう見えるどころか普通に話しかければ会話も可能な距離にいるはずだが、見えない。

「……麗菜、アノニム。どこにいるかわかる?」

 流石に不審に思った七日が二人に尋ねた。

「あー、この空間って高さの概念がないのな。上だ」

 アノニムが呆れたように言い、上を向いて七日に教えた。

 黒い吸血鬼に拐われた高校生くらいの人間が遠い上空にいた。この高さならば声も届きにくくなるはずだが、そんなこともなく叫ぶ五日の声とわけもわからず笑うワカナの声がよく聞こえる。

「……麗菜はお留守番ね」

 七日が上を見ながらそう呟いた。

「嫌だと言いたいけど、私飛べないし上からだと距離感なくて余計に怖そうだからそうさせてもらうわ」

 不本意そうに麗菜も返した。なぜワカナが五日を持って飛んでいるのかはわからないが、それを止めに行くのは麗菜ではない。それは止められないとなぜか確信できたのだ。断じてただ怖いとかそんなものではない。断じてだ。

「ちなみに、意識だとはいえあの高さから人間が落ちると……」

「死ぬよ。意識だけだから回復なんて無いし、最悪消滅するかもしれないね」

 アノニムがずぅっと上にいる五日を小さなゴミを見るような目で見ながら七日に尋ねると、七日はむすっと唇を尖らせながら答えた。五日はまだ消滅するべきではない。落ちてこないように気を付けなければ五日という存在は消える。それだけは阻止したいと七日は注意して見ているのだ。ただ兄として世話になったから助けたいとか話を聞いておきたいとか、今朝殴り込みに来たことについて問い詰めたいとか、そういうものではない。

「じゃ、七日も留守番な。麗菜じゃ落ちてきた五日を受け止められないし私は受け止めないからな」

 ぽん、と優しく七日の肩に手を置いてアノニムは言った。そして、七日の文句も答えも待たずにアノニムはワカナがいる高さまで飛んでいく。七日が、「は?」という顔をしているがそんなことにアノニムは気付きもしない。

 足で赤い地面を蹴り、勢いを付けて段々と近づき大きくなっていくワカナのシルエットを眺めながらただひたすらに高度をあげる。景色は変わらない。本当に飛んでいるのか、進んでいるのかもわからなくなるが、徐々にではあるが、ワカナが近づいていた。

「ハハ……あ?」

 ワカナが近づいてくるアノニムの気配に気が付いて突然止まった。

「えっ……。うわっ」

 反応が少し遅れたアノニムがワカナを少し追い越して止まる。天井があったのなら確実にぶつかっていただろう。

「……かなりスピード出してたみたいだな。スピード違反だぞ、ワカナ」

 ワカナの高度に合わせてアノニムが少し下がってから言った。そして、ちらっと五日の様子を見たが、これで生きていてさっきまで叫んでいたとは驚きだ。

 五日は着ているシャツの襟をワカナに捕まれ、首が絞まりかけている。そして、そのせいかもうスピードで上空まで連れ去られていたからか真っ青な顔に恐怖を浮かべていた。

「どちら様?」

 ワカナがハッキリ尋ねた。

「おいおい、友人のことも忘れたのかよ。これじゃあ私、ショックだわぁ」

 ワカナの中にあるアノニムの情報は七日によって隠されている事を知っておきながらアノニムは平然と嘘をついた。そもそも友人ですらない。

「なあ、ワカナ。その手に持ってるのを私にくれないか?」

 わざとらしく落ち込んで見せてからアノニムは五日を指差してワカナの頼んだ。稀に見る下手な、或いはネタとして扱われる程馬鹿馬鹿しい同情作戦のようなものだ。傷つけたんだからそれを寄越せ。何と言う横暴だろうか。今時小学生でもこんなデタラメなことは言わないだろう。

「……嫌」

 キョトンと首を傾げてからワカナは短く答えた。意思疏通はできるらしいので、まだ楽そうだ。

「じゃあ、これやるから降りないか?」

 ミカン味の棒つきキャンディーをチラチラと見せながらアノニムは提案する。ワカナは、始めはそれが何かわからずボーッとキャンディーを見ていたが、それが自分の好物だとわかると、わかりやすく目を輝かせた。

「降ります!」

 決断から実行が早い。ワカナはアノニムに答えると五日の襟を握ったまま今度は急降下を始めた。きちんと着地はすると思うが、また五日が心配になる降り方だ。

「わぁぁぁぁあ!」

 どんどん下がる高度に五日が叫ぶ。命綱なしのバンジージャンプよりも怖いかもしれない。

「……っ! か、影ちゃん! おにーちゃんのクッションになって!」

 会話が辛うじてボンヤリと聞こえていたが、よく見えていないまま七日と麗菜はボーッとアノニムが何をしているのを見ていた。そして、ワカナが五日を連れて高速道路のスピード違反並みの速度で落ちてきたのだ。七日が驚きながら叫び、その声に反応した七日の影が五日を包んだ。

 クッション制バッチリ……なはずだ。

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