炎呪転生~理不尽なシスコン吸血鬼~
8節 成功しなくても良かった
「アノニム!」
七日が叫んだ。結晶と鮮血が森の緑によく映えている。
「あー、ごめん。一回死ぬわ」
血を吐き、グシャグシャに潰れた左腕と血に塗れて元の色がわからない程になった右腕を力なく伸ばしながら逆向きに折れた背骨のせいで足と頭をあり得ないほどに近づけたアノニムが重力のままに落ちながら言った。言葉ははっきりとし、声も表情も健康そのものなのにその姿は誰にやられたと尋ねたくなるほどボロボロだ。
結界が崩れるのと同時に音もなくアノニムが血を吐き出した。そして、腕や腹、足に無数の切り傷が走り、骨が砕ける音がした。意識が途切れるとかではなく、体だけが傷ついて血だけが流れていった。
「なーんだ、念のため代償も入れてたんだ。アハハハハハ……失礼、思ったよりも用心深いなって思ったら笑っちゃった」
ワカナが腹を抱えて笑った。その高い声が響く中で七日は落ちていくアノニムを何も出来ずに見下ろす。
「安心しろぉ、すぐ回復するからな」
燃えている森に落ちていきながら七日を安心させるためかアノニムがそう言う。痛みがないのかその顔にはうっすらと笑みを浮かべていた。
「一人にしないで!」
「あら、私たちがいるじゃない。七日を一人になんかしてませんよ」
「うるさい! そもそもなんで? おねーちゃんの魔術は失敗したはずでしょ!」
怒鳴るように叫ぶ七日にワカナは穏やかに笑って返す。そして、優しい声で言い聞かせるように話し始めた。
「忘れたの? あれは成功しなくても良かったのですよ」
▼▼
「……何、これ…………」
影から報告を受けた七日が急いで六日と住んでいた家に戻ると、リビングには魔方陣やら本などで散らかった形跡だけが残り、そこに六日はいなかった。誰もいないことで人のような形になった影が、七日とシルエットだけそっくりな影が薄暗い家の中で七日を待っていた。
「影ちゃん……。あれは、本当なんだよね。……うん、わかった。ここの片付けお願い。おねーちゃんは私が探すから。……ダメだよ、こんなものをこの世界の人間に見せるわけにはいかないんだから」
母を求める娘のように駆け寄ってきた影に七日が尋ねる。そして、六日に荒らされた部屋の片付けと魔術に関するものの処分を命じて七日は帰ってきたばかりのその家をまたすぐに飛び出した。
それからしばらくして五日がこの家を尋ねてくるが、それは既に片付けも終えられ、影も七日を追いかけた後だった。
七日は影から影に移動し、まずは町から離れた山の方に六日を探しに行った。七日が影から受けた報告。それは『六日ねぇが魔術を使おうとしてる』ということだった。
それを聞いて七日は五日を殺す予定だったのを取り止めて家まで帰ったのだ。
「何処にいるの……!」
影を移動し、その影から回りの様子を見渡す。それを何度繰り返しても六日らしい姿を見つけられずに七日は苛立ちながら言った。
何日も休まずに七日は六日を探し、そして、見つけた。六日本人と六日の影があるのをまさか歩いていけるとは思えないほど遠い山の中で六日は木に寄り掛かって座っていた。そして、その側に行った七日とその影に六日の影が話しかけた。
「あら、ここまで追いかけてきたのね、悪魔さん」
「白々しい。何で魔術を使ったのよ、おねーちゃん」
影が話したのに七日は全く動じずに六日に尋ねた。
「……若菜さんに会うためです」
「……何、ワカナの事好きなの? おにーちゃんみたい」
それまで何も言わなかった六日の体が唇と唇の間にわずかな隙間を作り、笑みを浮かべた。
「そんな愛情だとか友情と一緒にしないでくださいよ。私はただ彼女に興味があるだけ。その興味を追求するために会いたいんです」
「流暢に話す影だこと。私は元々影を操る力はないけど、こんな話すやつ見たこと無い」
六日の笑みを不気味そうに睨み、それを誤魔化すようにわざとらしく調子良く言った。嫌悪と敵意を剥き出しにした声を六日に投げ、七日はその様子をうかがった。
「私は魔術で一回……影って言うの? この子に魂を移してこれで完成。後少しで若菜さんに会えるんです、七日も喜んでよ」
笑みの口角を上げて六日は高い声で幸せそうに言う。幸せを押し付ける親のように相手の事を全く考えない笑顔で。
「……まだ魔術は完成していない?」
「完成しなくてもいいの。どうせ七日には止められないし」
耳をピクリと動かした七日が尋ねると、六日は答える。そして、それならと七日は六日に気付かれないように軽く笑みを浮かべて自分の後ろに立つ影の方を向いた。
「ナイフ……」
「っ! ……何する気?」
七日が影から包丁を受けとると、真っ黒な六日の影が顔色を青くさせたように周囲の空気を変えて六日に尋ねた。
「……まだ影に魂が移動しきってないなら、移動が終わる前におねーちゃんを殺せばいい」
そう言って七日は高く振りかざした包丁を六日の体に突き刺した。
「……完成、しなかったね。おねーちゃん」
七日が血を流す六日の体を見下ろしてそう呟き影の方を振り向くと、六日の影は既に森の闇に溶けるようにして消えていた。
そして、七日はそれに安心して念のため五日を殺してから自ら命を絶ち、コトの元へ帰った。
そう、六日の魔術は本来ならば完成していない。ここにいるはずはないのだ。
▲▲
「成功せずとも私は保険を何重にもかけていた。だから若菜さんとまた会うことができたんです」
ワカナの中で六日は幸せそうに頬を赤く染めて言った。
「あっそ、もうワカナごと殺しても良さそうだね。……影ちゃん!」
考えるのも嫌になった七日が叫んだ。もう六日を見るのも話しているのも気分が悪くなる。アノニムが一度死んでしまった今、七日が理性を吹っ飛ばして暴れだしたら誰も止められる者がいない。それならば……。
それならば理性がしっかりしているうちに目の前にいるワカナを動けないようにしてしまえばいい。
七日が叫んだ。結晶と鮮血が森の緑によく映えている。
「あー、ごめん。一回死ぬわ」
血を吐き、グシャグシャに潰れた左腕と血に塗れて元の色がわからない程になった右腕を力なく伸ばしながら逆向きに折れた背骨のせいで足と頭をあり得ないほどに近づけたアノニムが重力のままに落ちながら言った。言葉ははっきりとし、声も表情も健康そのものなのにその姿は誰にやられたと尋ねたくなるほどボロボロだ。
結界が崩れるのと同時に音もなくアノニムが血を吐き出した。そして、腕や腹、足に無数の切り傷が走り、骨が砕ける音がした。意識が途切れるとかではなく、体だけが傷ついて血だけが流れていった。
「なーんだ、念のため代償も入れてたんだ。アハハハハハ……失礼、思ったよりも用心深いなって思ったら笑っちゃった」
ワカナが腹を抱えて笑った。その高い声が響く中で七日は落ちていくアノニムを何も出来ずに見下ろす。
「安心しろぉ、すぐ回復するからな」
燃えている森に落ちていきながら七日を安心させるためかアノニムがそう言う。痛みがないのかその顔にはうっすらと笑みを浮かべていた。
「一人にしないで!」
「あら、私たちがいるじゃない。七日を一人になんかしてませんよ」
「うるさい! そもそもなんで? おねーちゃんの魔術は失敗したはずでしょ!」
怒鳴るように叫ぶ七日にワカナは穏やかに笑って返す。そして、優しい声で言い聞かせるように話し始めた。
「忘れたの? あれは成功しなくても良かったのですよ」
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「……何、これ…………」
影から報告を受けた七日が急いで六日と住んでいた家に戻ると、リビングには魔方陣やら本などで散らかった形跡だけが残り、そこに六日はいなかった。誰もいないことで人のような形になった影が、七日とシルエットだけそっくりな影が薄暗い家の中で七日を待っていた。
「影ちゃん……。あれは、本当なんだよね。……うん、わかった。ここの片付けお願い。おねーちゃんは私が探すから。……ダメだよ、こんなものをこの世界の人間に見せるわけにはいかないんだから」
母を求める娘のように駆け寄ってきた影に七日が尋ねる。そして、六日に荒らされた部屋の片付けと魔術に関するものの処分を命じて七日は帰ってきたばかりのその家をまたすぐに飛び出した。
それからしばらくして五日がこの家を尋ねてくるが、それは既に片付けも終えられ、影も七日を追いかけた後だった。
七日は影から影に移動し、まずは町から離れた山の方に六日を探しに行った。七日が影から受けた報告。それは『六日ねぇが魔術を使おうとしてる』ということだった。
それを聞いて七日は五日を殺す予定だったのを取り止めて家まで帰ったのだ。
「何処にいるの……!」
影を移動し、その影から回りの様子を見渡す。それを何度繰り返しても六日らしい姿を見つけられずに七日は苛立ちながら言った。
何日も休まずに七日は六日を探し、そして、見つけた。六日本人と六日の影があるのをまさか歩いていけるとは思えないほど遠い山の中で六日は木に寄り掛かって座っていた。そして、その側に行った七日とその影に六日の影が話しかけた。
「あら、ここまで追いかけてきたのね、悪魔さん」
「白々しい。何で魔術を使ったのよ、おねーちゃん」
影が話したのに七日は全く動じずに六日に尋ねた。
「……若菜さんに会うためです」
「……何、ワカナの事好きなの? おにーちゃんみたい」
それまで何も言わなかった六日の体が唇と唇の間にわずかな隙間を作り、笑みを浮かべた。
「そんな愛情だとか友情と一緒にしないでくださいよ。私はただ彼女に興味があるだけ。その興味を追求するために会いたいんです」
「流暢に話す影だこと。私は元々影を操る力はないけど、こんな話すやつ見たこと無い」
六日の笑みを不気味そうに睨み、それを誤魔化すようにわざとらしく調子良く言った。嫌悪と敵意を剥き出しにした声を六日に投げ、七日はその様子をうかがった。
「私は魔術で一回……影って言うの? この子に魂を移してこれで完成。後少しで若菜さんに会えるんです、七日も喜んでよ」
笑みの口角を上げて六日は高い声で幸せそうに言う。幸せを押し付ける親のように相手の事を全く考えない笑顔で。
「……まだ魔術は完成していない?」
「完成しなくてもいいの。どうせ七日には止められないし」
耳をピクリと動かした七日が尋ねると、六日は答える。そして、それならと七日は六日に気付かれないように軽く笑みを浮かべて自分の後ろに立つ影の方を向いた。
「ナイフ……」
「っ! ……何する気?」
七日が影から包丁を受けとると、真っ黒な六日の影が顔色を青くさせたように周囲の空気を変えて六日に尋ねた。
「……まだ影に魂が移動しきってないなら、移動が終わる前におねーちゃんを殺せばいい」
そう言って七日は高く振りかざした包丁を六日の体に突き刺した。
「……完成、しなかったね。おねーちゃん」
七日が血を流す六日の体を見下ろしてそう呟き影の方を振り向くと、六日の影は既に森の闇に溶けるようにして消えていた。
そして、七日はそれに安心して念のため五日を殺してから自ら命を絶ち、コトの元へ帰った。
そう、六日の魔術は本来ならば完成していない。ここにいるはずはないのだ。
▲▲
「成功せずとも私は保険を何重にもかけていた。だから若菜さんとまた会うことができたんです」
ワカナの中で六日は幸せそうに頬を赤く染めて言った。
「あっそ、もうワカナごと殺しても良さそうだね。……影ちゃん!」
考えるのも嫌になった七日が叫んだ。もう六日を見るのも話しているのも気分が悪くなる。アノニムが一度死んでしまった今、七日が理性を吹っ飛ばして暴れだしたら誰も止められる者がいない。それならば……。
それならば理性がしっかりしているうちに目の前にいるワカナを動けないようにしてしまえばいい。
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