炎呪転生~理不尽なシスコン吸血鬼~
27節 水銀のような球体
ワカナの視界に水銀のような物がいくつも浮かぶ。小さかったその粒が二つ合わさり一つになり、また別のものと合わさり大きくなってゆく。やがてそれは視界の大半を占めるほどの大きさの一つの銀色の球体になった。
その球体だけしか見えないわけではない。ワカナの目にはその奥にいる七日やコト、アノニムの姿も捉えてはいる。しかし、意識がそちらに向かず、球体しか認識できない。本来見えている景色はただの背景と化していた。
その球体に映し出されたように映像が現れた。真っ暗な何もない空間に黒い紙の黒い服を着た黒い悪魔が漂っていた。遠くに何かが見える気もするが、距離もなくなってしまったように近そうで遠い。手を伸ばせば届くかとも思えるが、一生かかってもたどり着くことが出来ないようにも思える。
「……やはり消えなかったか。探したぞ、ナノカ……」
その悪魔にいつの間にか近づいていたコトが言った。
「…………」
声のする方をその悪魔が見る。考えることをやめ、無気力となった顔で。何も答えずにコトの方を見た。
「遅くなった。話をする場所を設けよう、そうしたら話してくれるか?」
コトは提案する。その悪魔が知っているコトはもっと偉そうで上から目線で自分勝手で……。しかし、そんなことどうでもいように悪魔は何も考えずに頷いた。何よりもこの状況が嫌だった。この何をする気もなくなる状況が少しでも改善されるのであれば、そんなものどうだってよかった。
「そうか……。ここで良いか?」
コトがそう言うと気付かぬ内にナノカは白い部屋に寝転がるようにしていた。心なしか少し体が軽くなり、起き上がる。
「……構いませんよ、神様。どんなところでも変わりませんし。何のご用でしょうか」
斜め下に視線を向けてコトの顔を見ずにナノカは抑揚の無い声で尋ねた。
「怒っているのか?」
コトが心配そうに尋ね返した。
「怒る……? 何をです? カオルが目の前で崩れたこと? 私をあんな場所に投げ出したこと? シアラ先生がイロク様の目を抉ったのを私が知ったこと? イロク様が私を殺したこと? それとも……あんたが今頃私の目の前に現れたこと?」
ナノカは初め、冷静さを保とうとしていた。しかし、どうしたのだろうか。目の前にいるのは逆らえない相手であり、神であり、不信感を抱くことすらなかったのに閉じ込めていた怒りが胃から上がってきたように口から言葉が出てきた。
気付かぬ内に涙も流し始めたようだ。静かに立ち上がって泣きながらまるでお前が悪い、と言うようにことに言葉を投げつけるナノカをコトは抱き締めた。そんなことして何の意味があるかなど知らない。逆効果になることも考えたが、どこかの世界で母親が泣きじゃくる子供にそうしていたのを思い出して同じことをした。
「話せ。嫌なこと、あの場所が消えてから何があったのか。ナノカの身に何があったのか」
コトは小さくそう言った。
話す気はなかったのに、ナノカの口が勝手に話す。誰かに言いたかったのかもしれない、まだどこかでコトを信頼しているのかもしれない。どこかで寂しかったのかもしれない。
「影がみんな私に吸収された」
ナノカは続けた。
吸収された影の記憶がすべて脳に頭痛がしても止まること無く流れてきたようだ。目の前でずっと仕事仲間としていたカオルが溶けるように崩れたことですら受け入れられない事態だったのにそれを忘れることも流れてくる記憶を止めることも出来ずにナノカは、知りたくもないことを知ってしまった。
誰が誰を好き。誰が誰を嫌い。誰が誰を恨み、誰が誰を殺した。誰が誰を妬み、誰が誰を殺した。誰が誰を哀れみ、誰が誰を殺した。誰が誰を裏切り、誰が誰に殺された。
そんなこと知りたくもない。そのとき誰がどう思った。ナノカの心を読む力のせいかそんなことまで流れ込んできた。
始めの内はその記憶に苦しみ、誰かの感情に涙を流し、暴れ、叫んだ。しかし、そんなことにも疲れ、意味を感じなくなり、時々フラッシュバッグのように流れてくる記憶にも鼻で笑えるくらいになった。
そのまましばらくし、コトがナノカの前に現れたようだ。時間と言う概念が存在しないその長く短い時間が過ぎてしまい、どうしたら良いのかわからない。ナノカはそう言った。
悩み、考え、コトがナノカに伝えた。
「提案がある」
「……何ですか、神様」
腫らした目を擦り、ナノカは尋ねた。
「ここで完全に消えてなくなるか、その記憶を管理する力を手に入れていつか実行しようとしている私の作戦に力を貸すか、選べ」
真剣な顔をしたコトがナノカに言う。ナノカはそのとき初めてコトの顔をはっきりと見た。そして、微笑む。
「なら早く力をください。その代わりその実行の時までは私は自由にします」
心を読めたのかナノカは清々しい顔で言う。
「……頼もしい。ならいくつか条件を出そう。それを守れば何をしても良い」
そこでプツリと映像が切れた。
その球体だけしか見えないわけではない。ワカナの目にはその奥にいる七日やコト、アノニムの姿も捉えてはいる。しかし、意識がそちらに向かず、球体しか認識できない。本来見えている景色はただの背景と化していた。
その球体に映し出されたように映像が現れた。真っ暗な何もない空間に黒い紙の黒い服を着た黒い悪魔が漂っていた。遠くに何かが見える気もするが、距離もなくなってしまったように近そうで遠い。手を伸ばせば届くかとも思えるが、一生かかってもたどり着くことが出来ないようにも思える。
「……やはり消えなかったか。探したぞ、ナノカ……」
その悪魔にいつの間にか近づいていたコトが言った。
「…………」
声のする方をその悪魔が見る。考えることをやめ、無気力となった顔で。何も答えずにコトの方を見た。
「遅くなった。話をする場所を設けよう、そうしたら話してくれるか?」
コトは提案する。その悪魔が知っているコトはもっと偉そうで上から目線で自分勝手で……。しかし、そんなことどうでもいように悪魔は何も考えずに頷いた。何よりもこの状況が嫌だった。この何をする気もなくなる状況が少しでも改善されるのであれば、そんなものどうだってよかった。
「そうか……。ここで良いか?」
コトがそう言うと気付かぬ内にナノカは白い部屋に寝転がるようにしていた。心なしか少し体が軽くなり、起き上がる。
「……構いませんよ、神様。どんなところでも変わりませんし。何のご用でしょうか」
斜め下に視線を向けてコトの顔を見ずにナノカは抑揚の無い声で尋ねた。
「怒っているのか?」
コトが心配そうに尋ね返した。
「怒る……? 何をです? カオルが目の前で崩れたこと? 私をあんな場所に投げ出したこと? シアラ先生がイロク様の目を抉ったのを私が知ったこと? イロク様が私を殺したこと? それとも……あんたが今頃私の目の前に現れたこと?」
ナノカは初め、冷静さを保とうとしていた。しかし、どうしたのだろうか。目の前にいるのは逆らえない相手であり、神であり、不信感を抱くことすらなかったのに閉じ込めていた怒りが胃から上がってきたように口から言葉が出てきた。
気付かぬ内に涙も流し始めたようだ。静かに立ち上がって泣きながらまるでお前が悪い、と言うようにことに言葉を投げつけるナノカをコトは抱き締めた。そんなことして何の意味があるかなど知らない。逆効果になることも考えたが、どこかの世界で母親が泣きじゃくる子供にそうしていたのを思い出して同じことをした。
「話せ。嫌なこと、あの場所が消えてから何があったのか。ナノカの身に何があったのか」
コトは小さくそう言った。
話す気はなかったのに、ナノカの口が勝手に話す。誰かに言いたかったのかもしれない、まだどこかでコトを信頼しているのかもしれない。どこかで寂しかったのかもしれない。
「影がみんな私に吸収された」
ナノカは続けた。
吸収された影の記憶がすべて脳に頭痛がしても止まること無く流れてきたようだ。目の前でずっと仕事仲間としていたカオルが溶けるように崩れたことですら受け入れられない事態だったのにそれを忘れることも流れてくる記憶を止めることも出来ずにナノカは、知りたくもないことを知ってしまった。
誰が誰を好き。誰が誰を嫌い。誰が誰を恨み、誰が誰を殺した。誰が誰を妬み、誰が誰を殺した。誰が誰を哀れみ、誰が誰を殺した。誰が誰を裏切り、誰が誰に殺された。
そんなこと知りたくもない。そのとき誰がどう思った。ナノカの心を読む力のせいかそんなことまで流れ込んできた。
始めの内はその記憶に苦しみ、誰かの感情に涙を流し、暴れ、叫んだ。しかし、そんなことにも疲れ、意味を感じなくなり、時々フラッシュバッグのように流れてくる記憶にも鼻で笑えるくらいになった。
そのまましばらくし、コトがナノカの前に現れたようだ。時間と言う概念が存在しないその長く短い時間が過ぎてしまい、どうしたら良いのかわからない。ナノカはそう言った。
悩み、考え、コトがナノカに伝えた。
「提案がある」
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