炎呪転生~理不尽なシスコン吸血鬼~

黄崎うい

25節 また殺されちゃうからさ

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「おはよう。問題なく目覚めて私は嬉しいよ」

 白い霧が目の前を覆っていた。ワカナは床に倒れて眠っていたようだ。何処からか聞こえてきた声の方にワカナが顔を向けた。

 金色の長い髪と黒い瞳。会ったことはないがそこにいるのが誰なのかワカナには何故かわかった。何故か? いや、あの顔を見て誰だと聞く方が問題だろう。

 形容し難い美しく整った顔。幼いようにも見えるが、貫禄のある大人のようにも見える。無を顔に浮かべているが、その奥で巡らされる深い深い思考があることが目に見えてわかる。そんな存在が神と呼ばれる存在以外にいるのか。少なくともワカナはその他には知らなかった。

「コト……ですね」

 黒い先の見えないコトの瞳をしっかりと見てワカナは尋ねた。 

「そうだ。ワカナ、状況の理解はできている? 出来ていないのならば、私が説明してやろう」

 ワカナとの会話が可能だとわかると、コトの顔は心なしかワクワクしているように見えた。ただ社交辞令のように軽く口の端を上げて笑っているようにも見えるからだけかもしれないが。

 声のトーンはとても落ち着いており、感情を感じさせないが、しっかりと抑揚があり聞き取りやすい。神の声を聞くというのはこういうことなのかもしれないとワカナは思った。

「状況……私が眠っていたことを知っているのならば、理解していると思う方がどうかしているかと思いますが」

 消せと言われたコトを目の前にしているのにそれを忘れてしまったのかワカナは普通に話した。普通に、仲が良いと思っていた友人にするように少し馬鹿にしたような、それでも敬意を忘れないような笑いを含めた声で話した。

 コトは怒らない。怒りというものを知らないのかとも思ったが、そんなわけもないとすぐにワカナは切り捨てた。

「説明してやろう。私がしてやっても良いが、私よりもお前と話したがっているやつに任せる方が良いだろう」

 くっく、と笑い、コトは左手を挙げて誰かを呼んだ。その名前は、ワカナにとって良く聞いた名前ではあるが、同時に混乱する名前だった。

「ナノカ、入ってきなよ。念願のワカナだ」

 コツンと足音がした。ワカナの後ろだ。すぐ真後ろ、そんなところに突然現れることもなく、そこに来るまでワカナは全く気がついていなかったのだ。

 ワカナが振り返るよりも前にその足音の主はしゃがみ、ワカナに抱きついた。

「ワカナぁ~、会いたかったよ! ワカナ!」

 目を丸くするワカナに頬擦りをしているのは黒い癖っ毛を幼い頃からずっとツインテールに束ねていた榊兄弟の末の妹、七日だった。ワカナが知っている七日よりはだいぶ成長してしまっていたが、わからないわけがなかった。

「な、七日! え? い、五日は!?」

 ワカナは張り付いていた七日を引き剥がして叫ぶように尋ねた。

「あー、五日って……五日にぃ? 安心してよ、ワカナ。殺してはいないからさ、これ以上殺したらまたコトに殺されちゃうもん」

「あれほど他の命にか変わる行動をするなと忠告したのに殺すからだ。今回は殺さなかったから褒めてやろう」

 少し離れて七日は言った。指を一本だけ伸ばして口に当て、ニタリとした笑みを浮かべた。その笑みを含んだ言葉はワカナではなくコトに言っていたようで、コトが我が子を叱るように七日に言った。

「だーかーら、あの男は生きてるよ。で、私に聞きたいことないの? ワカナならいっぱいあると思ってたんだけど」

 ワカナに顔を近づけながら七日が言う。まるで好奇心旺盛な子供の様に、引くことを知らないかの様に七日はワカナに近づいていく。白い肌にリンゴのように赤く染めた頬っぺたを楽しそうに歪めて七日はワカナの目の前まで顔を近づけていた。もう鼻と鼻、額と額がくっつき、まともに相手の顔も見えないだろう。

「ち、近いですよ……。ところで、尋ねたいことでしたよね。そうですね、私、アノニムに会った気がするのですが、アノニムは何処ですか?」

 少し後ろに下がってワカナは七日に尋ねた。よく覚えていないが、アノニムの声を聞いた気がする。気がするというよりは確実に聞いていた。

「アノニム……。ワカナは会ってないよ、そもそも仲間でも敵でもない奴に会う必要なんて無いじゃんね」

 座っているワカナと同じ目線になるように七日もしゃがんでわざとらしく笑いながら言う。時々ワカナの先のコトの方を見ているが、ワカナはそんなことなど気にしない。七日の赤い頬は笑いすぎて歪んでいた。

「そうですか……。そうだ、何故七日はここにいるのですか? 何故コトと一緒にいるのです」

 そもそもだ。七日がここにいることなどワカナは知らなかったし予想もしていなかった。せめて拘束されている場合や仕方なくいる場合ならばあったかもしれないが、こう仲良さげに話しているなど、どう予想しようか。

 それにワカナは覚えていた。昔の夢を見ていたとき、七日が倒れた五日を見て笑ったこと。五日の話では七日が兄弟を皆殺していたこと。それは口にしないようにしてワカナは警戒した。何があるのかわからないが、場合によっては七日が油断しているうちに首を跳ねるか焼き付くすかすることになるだろう。

 ワカナはギリッと手を握りしめる。ある違和感には気がつくが、手袋が無いことなど今気にすることではない。

 七日のいつもの笑顔が今のワカナには狂喜のようにも見える。

 七日が口を開く。そこから出てくるワカナの問の答えにワカナは緊張し、さらに警戒を高めた。

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