炎呪転生~理不尽なシスコン吸血鬼~

黄崎うい

【番外編】 昔々のとある夏の日の思い出である。

「若菜お願いっ! 」

「……朝早くにいきなりなんですか? 」

 若菜が中学二年生だったころの夏休みのとある日の早朝、麗菜が若菜の部屋を訪ねてきた。そして、寝起きの若菜に向かって麗菜は大きな声で頼んだ。

「ほら、四日君今度の木曜日誕生日じゃん? だから、プレゼントあげたいな~って思ったのよ」

「あげればいいんじゃないんですか? 私はもう少し眠りたいので、それでは」

 若菜は、可愛い子を装って頼み事をする長身の姉を見て、少し苛立ちを覚えた。それに、いつもの休日ならまだ眠っている時間だ。眠たくて仕方がなかった。なので、扉を閉めて麗菜を部屋から追い出そうとした。

「そ、そんなこと言わないでさ、お昼過ぎからでもいいから、お姉ちゃんとお買い物に言ってくれないかな? ね」

「……オムライスで手を打ちましょう。お昼ができたら呼んでください」

 少し考えた後、若菜は仕方なく買い物に付き合ってあげることにした。

「任せて、頑張って作るからね! 」

「冷凍のやつでお願いします。火傷したら出掛けませんからね」

 麗菜は、絶望的に家事と勉強ができない。なので、普段は若菜が麗菜に料理を頼むことはないのだが、今は眠気でそれどころではなかった。しかし、音楽の才能とスタイルの良さは随一、そのお陰でよくモテる。若菜は、そんな麗菜のことを時々妬ましくも思っていた。

「わかったわよ……。でも約束したからね、出掛けるよ! 」

 麗菜はそう言うと、思い切り扉を閉めた。普通そこで閉めるのは私なのに……。若菜はそう思いながらも、ベッドに戻っていった。

すやぁ… 

 そんな効果音がついてもおかしくないほど、若菜が眠りにつくのは早かった。その眠りは、浅くも深く、自然に目が覚めることはないと思えるほどだった。




「……あ、若菜起きたわね」

 どのくらいの時間が経ったか、若菜が違和感を感じて目を開けると、なぜか椅子に座っていた。そして、目の前の机の上には何があったのか、不味そうなオムライスがあり、机を挟んだ向かい側には、麗菜が座っていた。

「何ですか? このゴミは」

「冷凍のチキンライスに卵をのっけて作ったオムライス」

「それはわかってますよ、なんでこんな廃棄物みたいなものが完成したか聞いているのです」

 若菜は、笑いそうになるのをどうにか抑えながら、立ち上がって文句を言った。レンジに入れて暖めるだけなはずのチキンライスはなぜか焦げ、卵は炒り卵になっていた。それだけならばまだ許して食べていただろう。しかし、都家の冷凍オムライスにはいるはずの無いマヨネーズが入っているのは謎過ぎてどうにもできなかった。

「マヨネーズ……あった方が美味しいよ! ほら、食べてみ食べてみ~」

 麗菜は、若菜の口に無理やりオムライスののったスプーンを押し付けてきた。面倒になりそうだと、若菜がそう判断すると、仕方なく口を開けてオムライスを食べた。

「……飴を買ってくれるなら、許してあげます」

 若菜は、意外なコクのある味を、受け入れた。思っていたよりも美味しかったのだ。しかし、食べたかったオムライスの味ではなかったので、簡単に許すわけにはいかなかった。

「でしょ~、お姉ちゃんが言うんだから美味しいの! 早く食べて着替えてね」

「わかりました。仕方がないので四日先輩のためにプレゼントを選ぶのを手伝いましょう。そのままお姉ちゃんの独断で選んだら四日先輩が可哀想ですし」

「わたしの信用ないな……。まあ、少しは私一人で考えてるから、それも見てもらってもいいかな? 」

 オムライスは、思ったよりも本当に美味しくて、たくさん食べても飽きることはなかった。麗菜の人生の中で、唯一の成功料理だったと言える一品だっただろう。




オーバーサイズでワンピース丈になってしまった麗菜からもらったTシャツにズボンを穿いて、かなりラフな格好で若菜は部屋から出た。そして、麗菜の姿を見て思った。Tシャツかぶり……。

 麗菜の服装は、Tシャツに膝丈のスカート。雰囲気は違うものの、完全に被っていた。

「……お姉ちゃん」

「何? 早く出掛けたいの? 」

「いえ、Tシャツ以外に着替えてください」

 若菜は、麗菜と出掛ける度に服が被ってしまっていた。趣味が似ているだけなのだろうが、それが気にくわなくて、いつもこっそり着替えることが多かった。しかし、今回は麗菜のために出掛けるのだ。若菜が着替えるのでは、負けた気がしてなんだか嫌だったのだ。

「もしかして私がTシャツ着てるの嫌なの? 私は気にならないから、このまま出掛けてみない? 」

「……今回だけはお姉ちゃんの頼みで出掛けますし、構いませんが、できるだけ被らせたくないです」

 若菜はそう言うと、麗菜のすぐ隣をすり抜けて玄関に向かった。そして、いつも履いているお気に入りのスニーカーを取り出して履くと、麗菜の準備が終わるまで待った。

 麗菜はそんな若菜を見てにっこりと笑うと、同じようなスニーカーを手に取った。一瞬若菜の顔色が曇ったが、それも笑って流すと、スニーカーを履いて言った。

「じゃあ、行こうか! 」




「これこれ、ほら、若菜、早くおいで」

 出掛けると、麗菜のテンションが謎に上がっていた。正直、若菜は鬱陶しくも思っていたが、今日だけはオムライスと飴に免じて許してあげることにした。

「それですか? やめてください。恥ずかしいので」

 麗菜が指差していた物を見た若菜は、自然と口から言葉が出てきた。その物は、青いウサギのマスコットで、麗菜のただの趣味だった。高校生で、もう一年経てば卒業してしまうであろう高三男子にそれを渡そうとする麗菜の神経が、若菜には考えられなかった。

「そうかな? 可愛いと思うんだけど……」

「そういう問題じゃなくて……なんでそれを選んだんですか? 一応聞きます。一応……」

「四日君青好きだし、 前にプレゼント何が良いかってきいたら、「何でもいいよ」って優しく言ってくれたし……」

 アホだ……。若菜はそう思った。若菜は彼氏が彼女に言う「何でもいい」を、「期待してるよ」という意味だと受け取っている。なので、選んでもらうプレゼントに夢と希望を抱いているのだ。それなのに、こんな少女趣味のウサギのマスコットなんて渡されたら、悲しいのか嬉しいのかよくわからない感情になるに決まっている。若菜はそう思ったのだ。

「いいですか、一応それも買ってください。そうしたらついてきてください、お姉ちゃんが渡して恐らく喜んでもらえるであろうものを買いに行きますから」

「わかったわ。すぐに買ってくるからそこから動かないでよね、若菜すぐ見えなくなっちゃうから」

「嫌みですか? 馬鹿にしてるんですか? 」

 若菜には、麗菜のその言葉を小さいと侮辱されているのではと受け取った。低身長をコンプレックスに思っている若菜にとって、そう言われたとなら、許すわけにはいかなかった。

 若菜は麗菜の力を入れながら手を握って脅迫するように言った。

「冗談冗談、待っててね」

 麗菜は笑いながら若菜にそう言った。なぜあんなことを言ったのか、若菜には理解できていた。麗菜は、笑顔の少ない若菜をどうにか笑わせようとしていたのだ。わかっていても、若菜は笑うことができなかった。それも、背が高く、スタイルのいい姉に言われたのだ。嫌みとしか聞き取ることができなかったのだ。

「……痛い……」

 若菜は身長を少しでも高く見せるため、厚底の靴を好んでよく履いていた。しかし、姉が選んでくれた厚底のスニーカーは、足の形に合わず、靴擦れをしてしまっていた。けれど、それは姉には言わない。バレていたとしても言わないで、普段通りを装う。

 恐らくバレているだろう。しかし、せっかく姉が選んでくれた靴だ。若菜は、たかが靴擦れごときで履けなくなるなんて、そんなの嫌だった。

「お待たせ、じゃあ次買いに行こうか! 」

 数分後、小さな袋を持った麗菜が店から出てきて若菜に言った。若菜はその笑顔を見るたびに思う。自分がよく可愛いと言われるが、それは姉を見たことがないからだと。姉は可愛く、そして綺麗で性格もいい。そんな姉と比べたら自分なんて可愛さの欠片もない。そういつも思うのだ。

「早く行きますよ。家に帰って眠りたいので」

 足の痛みも、いつも思う劣等感も全て胸の奥にしまって若菜はあっさりと言った。眠りたかったのは本当のことだし、早く家に帰りたいのも本当だった。ここにいると、誰がいるかわからないから不安だったのだ……。




「え? ここで何を買うの? 」

 ついた場所は食料品売り場だった。麗菜は料理ができないはずなのに、若菜はなぜか自信満々にこの場所に案内したのだ。

「小麦粉三袋と上白糖二袋買ってください。私は卵とバターと飴を見てきます」

 若菜は、麗菜に指示を出すと、すぐにその場を離れてしまった。麗菜は、呆然としながらも言われた通りのものを買い物かごに入れて若菜がいるであろうお菓子コーナーに向かった。

「思ったよりも早かったですね、今回は小麦粉と片栗粉、上白糖と三温糖を間違えていませんか? 」

 麗菜は若菜に言われてそっとかごの中を確認した。良かった。中に入っていたのは、間違いなく小麦粉と上白糖だった。

「平気そうですね。これ、卵とバターです」

 バサバサバサッと、両手に持っていたバターをかごの中に落とすと、一番下に持っていた卵をそっと置いた。雑なところも多いが、そういうところはきちんとしている。

「で、これ買ってどうするの? まさか……」

「お菓子を作ってもらいます」

 若菜は、ほぼ被せ気味に答えた。そして、大好きな果物の飴を手にとってそれもかごに入れた。

「そんな顔をしないでください。クッキーですから簡単ですよ」

「いや、いやいやいや、それはないんじゃないの? 」

 麗菜が、この世の終わりのような顔をしていたので、若菜はかごを奪ってレジの方へ向かっていった。麗菜は、それを慌てて追いかけて、どうにか考え直すように説得しようとした。

「大丈夫です、私も手伝うので」

「いやいやいや、何でいきなりクッキー? わからないんだけど、ねえ、若菜? 」

「手作りは心が籠ってます。上手さなど関係ないのです。物は試し、やってみる価値はあると思いますよ? 」

 若菜は、いかにもそれらしい言葉で麗菜を一瞬説得させると、麗菜をおいてレジにかごを置いてしまった。

「これ、お願いします」

 手遅れだった。麗菜には返品をすると言う考えはなく、買ったら使う。これが当然なのだ。そして、若菜はその考えを理解しているので、とる手段など、強行突破一筋だった。

「お姉ちゃん、帰ったら特訓しますよ」

 会計の合間、若菜は優しく笑って麗菜に言った。しかし、麗菜の目には悪魔の笑みにでも見えていたのか、青い顔をしていた。

「……はい………………」

 仕方なく、麗菜は返事をした。逃げられない、そう悟ることしかできなかったのだ。


「おーねーえーちゃーん? 勝手なことするなって、あれほど言いましたよね? 」

「えっと……なにもしてません」

 次の日、都家のキッチンは戦場と化していた。若菜の怒鳴り声が響き、それで麗菜が涙を浮かべている。都家ではよくある光景、というより、近所からはこの光景も微笑ましく見守られているらしい。

 若菜と麗菜の前には黒焦げのクッキー。材料も作り方も若菜の指示通りに進めたはずなのに、麗菜が焼き上がりを確認すると、こうなっていたらしい。

「じゃあ、どのくらい焼いたんですか? 私が見たときには指示通りの十五分だったはずですが」

 若菜は、炭にも見えるほど黒く焦げてしまったクッキーを指差して麗菜に問いた。こんな焦げ方するのは、本の中だけのことだと思っていたのか、少し驚きも隠しきれていなかった。

「あけて味見したら、ふにゃふにゃしていて焼けていなかったので、温度をあげてまた十五分焼きました」

「アホですか? 」

 弱気になった麗菜相手に、若菜は少し強めに言った。既にうまく作れなかったせいで泣きかけている麗菜に怒ったのだ。麗菜は一筋涙を流した。

「泣かないでください、面倒なので」

「だから、いつも私言ってるでしょう! 言い方キツいの! 」

 麗菜が珍しく大声で怒った。まあ、怒ったと言ってもいわゆる逆ギレだ。昔から、姉である自分に対して上から目線気味の発言をする若菜に疑問は持っていた。しかし、そういう性格だと勝手に解釈して何もいってこなかった。けれど、さらにキツくなった若菜を見て、つい叫んでしまったのだ。

「言ったことありませんよ? 怒っているところ申し訳ないのですが」

「そんなこといいの! もっとお姉ちゃんには優しくしなさい! 」

「これでも優しくしてます。学校では仲が良い方以外、一切口を利かないので」

 若菜のあっさりとした解答に、麗菜ははじめ、言っていること異常さに全く気づかなかった。ただ、優しくしていると言われたことに疑問を抱いていた。

「そうなの、私に優しくしてるの……え? 」

 ようやく気がついたようだ。若菜がクラスメイトと上手く接することができていないのでないかという可能性に。

「だから、そうだと言っているでしょうに。私は、お姉ちゃんや榊兄弟のような人としか話す気はないんです。なので、お姉ちゃんには優しくしていますよ」

 昔の性格を知っている者が多いためか、あまり人が寄ってこない。けれど、若菜はそれを全く苦であると受け取っていないためか、気にしていなかった。

「ごめんね、若菜あの事気にしてるから強く言い返せないんだね。わかった、いじめてるやつらお姉ちゃんがみんなやっつけるからね! 」

 何をどう解釈したのか、麗菜は若菜の手を握ってそう言った。まあ、この場面だけを切り取って見れば、プロポーズか何かだ。

 若菜はバカらしくなって、汚いものを見る目で自らの姉を見て、そのまま真顔で蹴った。

「わ、若菜!? お姉ちゃんに何するの! 」

「うるせー。ふざけるなと言ってるんです。四日先輩に嫌われたくないならば、早く真面目に作れ」

 昔のキツい性格がまだ抜けきれていないらしく、時々こんな言葉が出てきてしまう。こんなことは後にはなくなるが、今はまだ慣れていないらしい。

「は、はい」

…………


 若菜の激怒と、麗菜の努力の末、どうにか人に出せるレベルのクッキーが完成した。これなら喜ぶと、若菜がはしゃぐように麗菜以上に喜んでいたのは、別の話である。


「若菜! お姉ちゃん、四日君の家に行くけど、若菜も来る? 」

 誕生日当日、麗菜は上機嫌で若菜の部屋の扉を開いた。中からは当然のように不機嫌な顔をした若菜が出てきて、麗菜を外に追い出し、扉を閉めた。

「行きません。二人でイチャイチャしてきてください。おやすみなさい」

 嫉妬と怒りの混ざった複雑な声が扉の外にいる麗菜の耳に届いた。少し残念そうにしながらも、「それも、そうね」と麗菜は一人で家を出ていった。

 どうせ喜んでもらえる。そんなことわかりきっていた若菜は、珍しく朝早くから服を着替えて支度を始めた。

「お姉ちゃんのことですから、どうせ七日ちゃんを除いた六人を連れてくるに決まってます。……カレーでも作って待ってますか」

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