炎呪転生~理不尽なシスコン吸血鬼~

黄崎うい

30節 遥か昔の記憶part15

「ヨルカ様! 」

 まだ日も高く、ヨルカは心地よく眠っていた。そんな時間に、屋敷の使用人の一人が工場まで走り、大声でヨルカの名前を叫んだのだ。

「落ち着いてください。ルイ先輩はおやすみ中です。大声出したら命に関わります」

「それどころじゃないんです。今すぐにヨルカ様を呼んでください」

 工場に来た使用人は、屋敷からずっと走ってきたようで、息すらまともにできない状況だった。普段なら、急ぎの用の時には狼がやって来ているのに、その使用人は人間だった。

 その使用人を見た工場の従業員たちは、微かながら事の重大さを感じはじめていた。

「そっと起こせば……」

 従業員の一人がボソリと呟いた。その時、工場の上にある居住スペースからバンッという破壊音が聞こえてきた。

「うるっさいよ~。カタカタ音も聞こえてこないし、皆サボってるんだったら工場潰すわよ? 」

 ヨルカが不機嫌そうな声色で話ながら階段を降りてきた。重たいまぶたを押し上げて、目を擦りながら降りてきたその姿は、パジャマのままで炎を手に灯していた。

「ヨルカ様、大変です! 」

「えーと、誰だっけ? メルイ……じゃないから、ヒナだっけ」

「はい。ヒナです。ヨルカ様、今すぐに戻られてください。大変です」

 ヒナは、落ち着いて話そうとしていたが、どう考えても慌てていた。それを見たヨルカは、ヒナの頭の上にそっと手をおいた。

「落ち着いて。何かあったのでしょう。それを説明して」

「……はい。それが……ルータス様が……」

 ヨルカは工場を飛び出した。最後に見たルータスは、火を持っていた。僅かな可能性だが、最悪な可能性であることが頭に浮かんだのだ。

 ルータスは、以前よりも強力な炎を屋敷に放ったのではないか。

 その考えが、ヨルカに浮かび、屋敷に向かって飛び上がった。黒い煙が細く上がっていた。

 赤い屋根が見えない。見えるのは緑の木々と黒い煙だけだ。おかしい。屋敷が燃えているのに街が静かすぎるのだ。人間が落ち着きすぎている。

「何故……? 」

 屋敷は残っていなかったのだ。外枠が残っているだけで、屋根もなければ窓枠から見える景色は、真っ暗な闇だけだった。

「待ってた。ヨルカ」

 屋敷の目の前に降り立ち、呆然としていたヨルカに、後ろから何者かが声をかけた。ヨルカには誰だか察しがついていた。

「なんで屋敷が燃えているのに街の人たちもあんなに冷静だったの? ルータス」

 ヨルカが振り向くと、すぐ近くにルータスは腕を組んで立っていた。昔のように笑顔ならば、よく似合っているはずの穏やかな目元をキツくさせていた。

「私がそうさせた。キューバルも私が回収した。ヨルカ、貴女も回収する」

 ルータスの声は、冷たく凍りついていた。ヨルカを指差し、抑揚のない言葉を突きつけていた。

「何をしたの? 」

 ルータスの言葉を受けても、ヨルカは冷静に、落ち着くことだけを考え、言葉を発していた。

「あの工場がある地区以外の全ての地区が吸血鬼を嫌うようにした。それだけ」

「貴女がしていることは正当化されないわ。貴女も一応は吸血鬼なのだから」

 ヨルカのその言葉に、ルータスはわざとらしくにっこりと笑った。

「私は吸血鬼ではない。そう言ったのはヨルカだよね。だから私は鬼狼を名乗ることにしたんだ。だから私は吸血鬼ではない」

 ルータスのその声は、怒りと喜びと悪意に満ちたものだった。

「そう……。じゃあ、答えてね」

「……何を? 」

 ヨルカは、深呼吸を何度かし、ルータスの目を見つめて問いた。

「目的は何? 」

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