炎呪転生~理不尽なシスコン吸血鬼~

黄崎うい

29節 遥か昔の記憶part14

 ヨルカが工場に戻って数百年が経った。そして、ヨルカが吸血鬼だと、工場の者は皆知っているので、誰もヨルカが何年工場にいるか気にする者はなかった。

「ルイ先輩! おはようございます! 」

 ヨルカは、工場ではルイを名乗り続け、可愛い後輩たちも入ってきてとても楽しんでいた。

「おはよう。じゃあ、私は寝るから。おやすみなさい」

 早朝、元気よく工場に降りて挨拶してきた後輩に、ヨルカは眠そうに返した。この光景も、当たり前になったのはもう二百年も昔の話だ。ルイが、吸血鬼のヨルカだと知らぬものもいないはずなのに、誰一人としてヨルカのことをヨルカと呼ばなかった。

「あ、うるさくしてごめんなさい。おやすみなさい、ルイ先輩」

 ヨルカは、後輩のその言葉に笑顔を返すと、新しくなったが場所は変わらない、作業場のすぐ上にある自室に戻った。

「今日は……夜は家に帰って、次の夜工場に戻ってくるのか……。もうなれたけど、お姉さまの反応はなれないな……」

 何年経っても、ヨルカとキューバルは、ギクシャクとしていて、使用人たちにも気を使わせていた。屋敷に帰るのはいいが、そこだけはヨルカが帰りたくないと思ったところだった。

 作業場からカタカタと布を織る音が、ヨルカの耳に入ってきた。赤ん坊が母の心音に安心するように、ヨルカにとってはこの布を織る音は、とても安心できる音なのだ。

「今さら考えても仕方ないか。もう何百年も変わってないんだし。どうせ、お姉さまもそう思ってるよ。それに……帰らないなんてできないし」

 カタカタカタカタ

 作業場からの音を聴きながら、ヨルカは眠った。どうせ寝坊しても時間になれば、心配した後輩たちが起こしにくる。だから、安心して眠りにつけるのだ。

 『安全、清潔、種類豊富の吸血鬼ブランド』と呼ばれるほど人気となった、この工場で作られる服で、皆、キューバルとヨルカに感謝していた。

 穏やかに眠るヨルカが世界で一番許せないもの、それは夜起こされる以外の安眠妨害。カタカタという音ならば子守唄程度のものだが、うっかり機械を爆発させたりすれば、この工場は間違いなく灰になる。

 一度、ヨルカの睡眠中に使用人がヨルカの部屋で花瓶を割ってしまったことがある。そのときには、キューバルが宥めたものの、屋敷が灰になる勢いでヨルカは怒っていた。

カタカタカタカタ

 タイピング音にも聞こえるその音は、キューバルが機材を変えたおかげで穏やかになった。昔の布を織る音は、ガタガタとなっていて、なかなか深い眠りにつくことができない困ったものだった。

カタカタカタカタ

 延々となり続ける布を織る音、外で鳴いている鳥の声や人々の話す声が、何百年も昔に日常と化し、今もその幸せな日常は、変わらずにいる。そして、この日常は、何千年も続く……。

 続けば良いと、ヨルカは屋敷に戻り、ルータスの顔を見たときからずっと願っていた。

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