黒龍の傷痕 【時代を越え魂を越え彼らは物語を紡ぐ】

陽下城三太

帝都案内またまた



 
「ふざけるなっ!」
「ちょ、いきなり何よ?」
 突如響いた怒号に周囲の人間は何事かといさかいを始めた二人の女を一瞥する。
 怒鳴った方は自分の声が不意に大きくなってしまったため、ばつが悪そうに下唇を噛み締めた。
「何故受け入れた、あんなモノを」
 今度は押し殺した、けれども多分な怒気を含んだ声音だ。
 怒りを隠そうともしない彼女に苦笑しつつ、アンナは答える。
「私が問題ないって判断したからよ」
「気づいていないわけではなかろうな?」
 こちらとて、それは分かっている。
 彼女──ミリア・リードが持ち出しているのはアディンの連れていたあの猫のことである。
 ミリアはギルド《イカヅチ》の団長であり、また自分の友人がそこへ入ったためにこうして立ち話をするほどに交流があった。
 まあ、その内容は別として。
 アンナはジャスミンとカイトを鍛えたあと、アディンが迷子になった日に見かけた、何か言いたげな様子をしていたミリアのところへと赴いていたのだ。
 向かう前にバッタリと遭ったためそこで声をかけた。そして先の怒号が飛んできた。
「勿論、気づいたわよ」
 あの黒猫から感じたのは普通ではありえない、存在してはいけない魔力。それにアンナが気づかないわけがない。
「なら何故──」
「『でも』よ、それでも私は大丈夫だって思ったの、だから受け入れた。それだけのことよ」
 しかしアンナは断固として譲らなかった。
「その化物に何を見いだしたのだ?」
「そっちじゃなくて、飼い主の方よ」
「あの子供か?」
「ええ」
「………その子供が枷となっているのか?」
「何て言うのか、好意しか感じられなかったのよね。そんなの信じないわけにいかないじゃない?」
 あくまでも、猫を連れてきたのはアディン、そして猫から感じられたのはアディンへの全幅の信頼、アディンから感じられたのはただただ好意だけだった。
 それに。
「あの子、今強くなろうとしてるのよ?」
「……………」
 アンナのことを信じているがための心配だった。がしかし、その彼女にここまで言われてしまえばもうミリアには口出す余地などなかった。
「大丈夫」
 とそこに、水色の長髪を揺らす美女が現れた。
「エリス…」
「その子は大丈夫」
 真っ直ぐにミリアを見据える強い瞳。
「……お前が言うのなら、わかった。私はこの件について口をださない」
 ミリアは折れた。
 信じる二人にここまで信じられているあの子供にこれ以上の敵意を向けるのは彼女らにも失礼にあたる。
「それでいいわ、ありがと」
「あの子によろしく」
「言っておくわ、エリスもありがと」
 アンナがエリスにも礼を告げると彼女はふるふると頭を振った。
「じゃ、もう帰らせてもらうわね。話したかったのはこれだけだから」
「ああ」
「うん」
 《イカヅチ》二人を残し、アンナは街道を歩いていった。
 
 
 
 翌日、レオは帝都の案内を再度アディンに行うことになった。
 言うまでもなく迷子になった彼のためだ。
 それにジャスミンも着いてくるというので三人での散歩となる。
 まず始めに向かったのは武具屋。
「いいと思うやつをもってこい、俺がその目利きを判断してやる」
 案内を兼ねた鍛練。
 じきに専用の武器を手に入れさせるつもりだが、それまでは普通のもの、こちらが全て用意してやるわけにはいかない。
「これは!」
「それはお前が持ってるやつだろうが、………改めてみると、そいつはあり得ないぐらいに良い剣、いや刀だな」
 光を喰らったような反りのない漆黒の刀身。まだアディンが持つには長いが、平均の大人なら誰でも扱えるような大きさだ。
 しかし、レオはその刀を手に取ろうとはしなかった。
 何故か触れてはいけないような予感がしたためだ。
「ああ、儂の眼から見ても業物よ」
 カウンターに座っていた店主もこちらを見据えて言った。
「じゃが、その者以外は触れてはならぬ。お主も注意するのじゃぞ」
 はっきりとしない言葉、しかし三人は無言で頷いた。
 謎の説得力があった。
「じゃあ目利きの特訓だ、二人とも探してこい」
 これ以上この刀の話をする必要もない。
 二人はレオに素直に頷き、それぞれに店内を物色し始めた。
 それから、それぞれ五度ほど剣を持ってきたのを見計らって、二人が一番良いものを見つけたものを買った。
 迷惑料もかねて幾程か払う金を多くした。
 武具屋を後にしたレオ達は次に帝都案内所へと訪れていた。
「ここじゃあクエストと色んな手続きができる。ギルド結成とか商売を始めるとか帝都で何かをするならここにまず立ち寄る」
 ここでできることは多い。
 先程言ったようにギルドを作るときにはここで手続きを行い、入るのも掲示板に張られている募集から選ぶ。
 そういえば。
「お前ら、なんでうちに来たんだ?」
「なんとなくだよ」
「おんなじ」
 まあ当てにはならないわな。
 続けよう。
 商売を始めるのもここで手続きをする必要がある。
 何を売るのか、どこで売るのか、それに合わせて払う土地代、店子料、商品が被る場合の他商店との規約等々。後々に面倒事が起きないための体制だ。
 帝都に住み始めるのにも許可が必要になる。
 これは多方面から移り住むという場合には少しの時間がかかるが、既に帝都に住む者の世話になるということならそこまでの時間は掛からない。
 当事者である受け入れ先と移住者双方の同意で成立する。
 皇帝への謁見もここで申請できるな。
 大体こんなところか。
 あとはこいつらが何をしたいかで変わるな。
「じゃあ次に行くぞ」
 そして次はお待ちかね、劇場だ。
 誰が待ちかねていたのか、それはジャスミンだ。
 前回の案内でいたく気に入ったらしく「アディンが行くなら私もっ!」と懇願された。
 別にうちの財政に響くことはない、だから断る理由はなかった。
「この一週間はずっと開演してるらしいな。演目は二日たびに変わるらしい」
 不定期なのが常で、このように日程が決められていることは珍しい。
「やった、丁度だね!」
 無邪気に喜んでいるが、あらかた知っていたのだろう。でなければ同じ劇を見ようとは考えない。
「前は『炎竜と聖騎士』だったが、今日は『古の大戦─魔法神と魔神王』だな。有名な話じゃねえか」
「私このお話好きなの!、やったっ!」
「さっさと行かねぇと席なくなるぞ、ほら」
 落ち着きを取り戻さないジャスミンを引っ張りつつ受付に金を払い劇場の門をくぐった。
 
 
 
 
「んーー、楽しかったー!」
 長い時間座った姿勢でいた体の固まりを解すのに伸びるジャスミン。そのあとについていく二人もどこかな苦笑をこぼしていた。
「確かに、知ってる物語って言ってもやっぱ面白ぇわ」
「うん、わくわくしたね」
「でもさでもさ、アディン途中でしんどそうだったよ、大丈夫なの?」
「あ、うん。ちょっと頭が痛かったんだ。何でだろう?」
「急に変わった環境に慣れてないだけじゃねえのか?」
「うーん、まあそんな感じなのかな…」
「楽しいことをすれば楽になるよ!」
 ジャスミンが心配しているのは、アディンが演劇の最中突然頭を押さえて苦しみだしたことであった。内容は魔法神と魔神王の戦いが丁度始まる場面だった。それはすぐに収まったものの隣に座っていたジャスミンは気が気でなかったのだ。
 記憶がないという事実もその憂いを促していたことだろう。
「帰るか」
 レオの提案を誰も否定することなく、三人は帰路についたのだった。
 
 
 

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