黒龍の傷痕 【時代を越え魂を越え彼らは物語を紡ぐ】

陽下城三太

初めの一歩


 
 
 雑踏が行き交う昼下がり。
 常ならば食卓につくなり寛ぎの時間を送っているはずの頃。
 ある路地裏で一つの戦いが始まっていることなど、町を歩く彼らは知りもしない。
 対峙する二人は既に殺気立ち、両者共に不動。
 大男の持つ得物は曲刀。
 盗賊の定番と言えばその限りだが、事実、それが今まで吸ってきた血は如何程かなど見当もつかない。
 対し女の持つ得物は片手直剣。
 身軽さや取り回しの良さが考慮された造りで、それでいて頑強であることも評価がある所だ。
 どちらも業物、男はともかく女はそれなりの稼ぎがあるということだろう。
 雑談はさておき、魔法行使ののち、最初に動いたのは女の方だった。 
 風を利用した豪速の突貫。
 その背後で呆けていた少年は吹き飛ばされる。
 地を転がった少年が痛みに顔をしかめながら立ち上がると、その目には激しい剣戟を繰り広げている光景が映った。
 火花を散らし嵐のようにそして繊細な猛攻で責める女に対し、最小限で荒々しい挙動で捌く男。
 その均衡が崩れたのは、女が更なる魔法を使ったことだった。
「【ブースト】【ミストラル】」
 元掛けていた【旋風ミストラル】に重ね掛け。
 一瞬生まれた隙で溜められた刺突が放たれた。
 辛うじて防御できたものの男の持つ曲刀にはヒビが走り、風圧に抗うも虚しく後退させられる。
「おいおい、なんだこりゃぁ?」
 手元の得物の有り様を見て、男は呆れたように笑う。
「武器破壊、見たらわかる」
「ああ、そりゃぁなぁ。………舐めてんじゃねぇぞ?」
 ──無挙動。
 何者かへの師事を窺わせる剣技。
「凄い、何であんな奴らを纏めてるの?」
 斬り結ぶ彼女は彼の境遇でさえも疑い始める始末だ。
「────黙れ」
 無挙動、そして魔法名も言うことなしに発動される闇魔法。
 闇が剣を這い、ヒビごと呑み込んでいく。
「吹き飛べや」
「──っ!?」 
 放たれた闇の衝撃波に吹き飛ばされた女、しかし風を使い空中で体勢を立て直し、そのまま空を蹴って再度突貫を敢行する。
 追撃を行おうとした男の牽制だ。
 衝突とともに一旦間が空けられる。
「本当に強い、交えてわかった」
 戦った彼女には、感じる何かがあったようだ。
 そして女は本当に残念そうに言った。
「こんな形で、会いたくはなかった…」
 その言葉に、男の方も些かな反応を示す。
 いれば娘ほどの年齢の大人に成り立ての女。
 子分を蹂躙されているところがなければ襲いもしなかった。
 あいつらがやっていることを止める気もないし、権利もない。
 それだけの力を与えてやっただけだ。
 根気のある奴もいる。
 優しい奴もいる。
 妻だって、子供だって持つ奴だっている。
 あいつらは平凡から切り離された落伍者。
 だから、男が救ってやった。
 同じ目に遭ったよしみとして。
「一つ聞く」
 男を真っ直ぐに見据える眼差し。
 よくもまあそんな鋭い目ができるものだと内心苦笑する。
「見てた、なんで助けなかった?」
「そりゃあ、あいつが自業自得だからだ」
 気づいていたのか、という男の言葉が発せられることはない。
「なんで戦う?」
「子分がやられたんだ、相応だろうが」
「そう」
 男は一切感情を見せず顔色も変えることなく言った。しかし女は何かわかったらしい。
 ふるふると柔らかな空色の長髪を揺らす。
「───違う、あなたはどうでもよかった。ただ、『私』と戦いたかった」
 断言するかのように男の心情を語る女、そして指摘された男というと、両の手で強く拳を作り肩を震わせていた。
「ああ、ああそうだぜ。俺は『お前』と戦いたかったんだ。お前の『剣』を見たらいてもたっても居られなくなりやがったっ!」
 その告白を聞き届けた女は満足そうに頷き、構えた。
「わかる、だから凄さもわかる。強い。でも──」
 そこで一度途切れた言葉は、強い語気をもって紡がれた。
 
 
「───私の方が、『強い』」
 
 
「【【【ミストラル】】】」
 連鎖する【旋風】、強化魔法であるこれは女の身体能力を大幅に跳ね上げ、高まった魔力が波動を生み出した。
 波打つ大気が肌を撫でる。
「これだけの魔力、誰かが気づいてもおかしくない」
 女に指摘されその事実に気づき男はハッと背後を振り抜く。
 そこで男が自分の晒した隙に焦るも、遅い。
 一瞬逸れた意識の間を女が見逃すはずもなく、男は瞬く間に意識を刈り取られた。
 横凪ぎに振り抜かれた剣の腹の痛烈な一撃だった。
 跳ねるように吹き飛んだ男はその頭蓋で壁面に亀裂を走らせている。
 一つの戦いが、呆気ない結末で終わった。
 女の言葉通り、魔力を嗅ぎ付け衛兵が現れるも、めり込む男を見て怯えを見せるという事件が発生。すぐに取り直した衛兵は伸びた男を拘束し連れていくも、去り際、恐ろしいものでもみるかのような目で女を見て行った。
 
「───大丈夫ですか?」
 こちらに振り返り女の人は言った。
 僕は矢継ぎ早に変わっていった展開に停止していた思考をどうにか働かせ、現状の把握に努めた。
 それは傍から見れば見開き口を空けたままという格好であったため、その様子に女の人は首を傾げ、戸惑いの表情を浮かべた。
 女の人の反応に、固まってしまっていた僕はそそくさと未だ握りしめていた剣をしまう。
「助けてくれてありがとうございました!」
 首を降る。
 ううん、ということなのだろう。
「何もお返しできませんけど、ご恩は絶対に忘れません!」
「お返しなんて、いらない」
「はい…」
 見返りのために助けたと思われるのは嫌みたいで、これ以上しつこくすると気分を損ねてしまう。
 そう感じ、とやかく口にすることを止めた。
「じゃあね…、次は助けてくれる人はいないかもしれない。気を付ける」
「はいっ、ありがとうございました!」
 去ろうとする女の人に、もう一度腰を曲げて礼をした。
 ずっと無表情だった女の人はこのときばかりは少し笑ったような気がする。
 とても、綺麗な人だった。
 そして、とてつもなく強い人だった。
 今回は助けてもらった。
 でも、次は僕が助ける番になる。
 僕が何故襲われているかもわかっていたようだし、あの女の人もさっきの強い女の人が助けてくれたのだろう。
 僕が強ければ、あの時点で助けられていた。
 僕は強くなる。いや、…………俺は強くなる。
 もう、惨めな思いをしないように。
 これが一歩だ。
 冒険者として強くなるための、初めの一歩なんだ。
 まずは、みんなと合流することにしよう。
 
 
 
 そうして、幼いアディンは決意を決めたのであった。
 


 
 

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