競奏のリアニメイト~異世界の果てに何を得るのか~

柴田

第2章20話零度の微笑み

私は敵を倒した人より、自分の欲望に打ち勝った人を勇敢だと信じる。何故なら自分に打ち勝つのは最も難しい勝利だからだ。

古代ギリシャの哲学者 アリストテレス

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「あー良かった……赤くなってるだけで腫れてはないみたい」
 「うぅ……」

 ようやく感情の高ぶりが収まったらしく涙が落ち着く。
 泣き止まない俺をリヤは風呂場から引っ張り出し、脱衣場で休憩を取っている。リヤは終始真剣な眼差しで俺の額を覗き込んでいるが、瘤(こぶ)になってないみたいでそれは良かった。

 それにしても頭をぶつけただけで子供みたいに泣き始める自分にとても驚くしかなかった。一体、俺の身に何が起こっているのだろうか?
 レクスとあった時からここの所、変な事ばかり起こっている。まさかレクスの風魔法を受けた時に変なところでもぶつけたのかもしれない?
 もしそうだったらあのハゲは絶対に許さない……。
 合格をくれたことに感謝はしているが。

 「本当にごめんなさいね?もう二度と悪ふざけはしないから……」

 見ていて誠意が伝わってくるほどリヤの謝罪ぶりには感服せざる負えない。リヤみたい初日からここまで親身に接してくれてる人も少ないし、ほんの出来心だろう。彼女自身も悪い人間ではない。

 「いえ、私も急に泣き出してごめんなさい。私に構ってもらって嬉しかったですし……」
 「うふふ、じゃあ私達もう友達ね?」
 「友達……」

 この世界に来て初めて出来た存在。否、前の世界で心の余裕が無かった俺にはいなかった存在。
 不思議と心の奥が浮き足立つ気がした。ここに来てからずっと敵意と迫害しか受けてなかったがイアラや今のリヤの善意というものに触れてみてここに来て良かったと感じる。
 もし、俺も元の世界でこの善意を求めていたら結果は違っていたのかもしれない。

 …。
 ……。
 ………。

 いや、この考えはよそう。俺はそれを必要とせず突き進んだ、全ては自業自得だ。人から孤立することで自分が成長出来ると考えていた傲慢な考えの代償だ。
 おじいさん、レクス、イアラ、リヤ。今は少ないが俺に善意を向けてくれる人は必ずいる。それ求めなかったのに失敗した後で存在したらと、仮定する言い訳みたいな終わり方はもうしたくない。次こそは差し出してくれる手を掴んでから後悔したい。

 「よろしくお願いします!!」

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 「綺麗な服ですね?」

 脱衣場で服を着ていた俺に対してリヤがそんな言葉をかけてきた。リヤ自身は無地の白いシャツらしきものの上に装飾優雅な薄い青色の上着を羽織っている。それ自体もかなり綺麗な服だと思う。

 「ずっと着まわしているのでそんなにいい物じゃないと思うんですけど……」
 「その糸といい織り方といい、かなりのものですよ。もしかしたら隣国のオルティアの物かもしれませんね。あそこは織物技術が発達してるので」
 「そうなんですか……」

 【オルティア】。初めて聞いた国だが、もしかしたらこの体の持ち主が誰か分かるかもしれない。今は無理だが、このまま事態が何の急変を起こさない場合は訪ねてみるのも手かもしれない。
 初めて見えた手がかりだ。

 俺はそう考えながら髪を一本を束ねる。
 そして首に巻き付ける。湿っているためいつもより少し重たい。
 アルビノゲッ〇ウガになるのはもはや慣れた。

 今はまだ最初に着てた服がかなり大きかったから問題ないが、一年後には新しい服を買い求めた方がいいだろう。
 お金をどうやって稼ぐかは悩みどころだが、どうにでもなるだろう。最悪バイトでも何でも探して稼げばいいだろう。
 男の時は服選びなんかに悩んだことは無かったが、まさか自分が女になって苦労するとは夢にも思わなかった。
 
 「そう言えば……まだ名乗り合って無かったですね。私はリヤ。ミニア教官所属魔術師です」
 
 リヤはそう言いながらお辞儀する。ちなみに西洋風なお辞儀、型が整っておりとても可憐で美しい。そう言えば、この世界でのお辞儀を知らない。こんな事ならおじいさんに聞いておけば良かった。
 仕方ないので俺は日本式のお辞儀をし、言葉を返す。

 「レクス教官所属魔術師。ソルです」

 お互いにお辞儀を返し、数秒が過ぎる。ゆっくりと俺とリヤは顔を上げ、微笑む。
 そしてどちらかともなく手を出し、握る。握手はこちらでも共通の友好表現だ。俺と友達と言ってくれた彼女に友好を示すのに一番いい。

 「これで本当の意味で友達になれましたね?」
 「はい!リヤさん」

 急にリヤは俺の口に人差し指を押し付け、微笑みながらウィンクする。実に愛らしくて一瞬惚けてしまう。

 「呼び捨てで構いませんよ?私もソルと言うので」
 「は、はいリ……リヤ?」
 「リヤです。行きましょうソル」
 
 握手した状態のまま思いっきり手を引かれる。
 凄まじい速度で……。

 「うわ、ちょっ……!!」

 俺は剣を急いで手に取り、リヤに引っ張られる。そのまま脱衣場を後にし、外へ出る。

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 「お、そいなぁー」
 
 小さく呟き、タオルで湿った髪を拭きながら風呂場小屋の前で待機する。勿論、新人__ソルを待つためだ。既に自分が湯船から出てきて幾らか経っている。風呂場でトラブルに巻き込まれてないといいのだが……。
 そう言えばさっきから女子風呂に人の出入りがない。
 厳密に言えば、入ろうとした女子生徒が別の女子生徒に呼び止められて耳打ちをされ、しぶしぶ立ち去っている。
 
 上手く聞き取れないので何を言ってるかは分からない。だが、あの様子では何か起こっているのは確かだろう。

 「大丈夫かな?」

 心配のあまり口から声が漏れでる。
 女性教官に中の確認をしてもらった方がいいかもしれない。
 そう思って立ち去ろうとした瞬間。

 「うわ、ちょっ……!!」

 彼女の声が小屋から響いた。
 どうやら杞憂に終わったらしい。
 扉を思いっきり開けて彼女が飛び出してくる。

 否、ソルの隣に一人、それは僕にとって最も見知った顔。
 リヤ・グレイシャだった。

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 一体どうなっているのだろうか?風呂場からリヤに引っ張られる形で出てきたらそこにはイアラが待っていた。そこまでは別にいい。だが、イアラとリヤが出会った瞬間、お互いの動きが止まった。心配になり両方の顔を交互に見る。

 まずは正面にいるイアラ。その瞳には屈辱、後悔……そして嫉妬……。一体何があったらこんな顔が出来るのだろうか?
 そんな殺気だった視線を正面から受け止めているリヤはどんな顔をしているのだろうか?とふと疑問に思う。
 ゆっくりと隣に立っているリヤの顔を覗く。
 ……見ないという選択肢は俺には無かったのだ。

 その瞬間、俺の背筋が……いや、心が氷点下までに下がった。

 なぜなら、リヤの横顔にあったのは……。

 狂気の慈悲……。

 おぞましい程の狂気と愉悦、慈悲を含んだ笑顔。さっきまで優しく微笑んでいた彼女は何処にいってしまったのだろうと考えてしまうほど別人に近い表情。
 先の笑顔と今の笑顔の圧倒的な違いを前にして俺の心を急速に冷やした。

 この二人は……。

 「一体どういう関係なんですか?」
 
 言うはずではなかった言葉が漏れ出た……失言。
 この場でこの言葉は明らかな地雷だ。

 (別にいいではないか、イアラとリヤがどういう関係であっても、何があったかなど。)

 それは俺が関わるべき問題ではないのだから……。
 誰にだって触れてほしくない部分はあるはずだから。

 「ただの魔法を学ぶ同志……ですよね?」
 「………あぁ」

 リヤの問いかけにイアラは重苦しい口調で肯定する。確実な何かを抱えながら二人は俺にそれを教えない為に結託する。
 歪な協力関係。何もかもが疑問と疑念に包み込まれる。だが、俺にそれを聞き出す勇気も、権利もない。
 諦めるしかないのだ。

 「そんな事よりソルさん?良かったら今から私の部屋に来ませんか?色々と話したい事がありますし……ね?」
 「えっ?」

 急に話題を変えられた上に振られた為、俺の口から素っ頓狂な声が出る。その様子を見たリヤは俺の了解など更に言葉を続ける。

 「そうよ!!そうしましょう!!今すぐ行きましょう。早く行きましょう」
 「あの……リヤ?いっつ……!!」

 あまりの剣幕に思わず躊躇すると、俺の腕を引っ張っているリヤの手に力が入る。女子とは思えない凄まじい力に俺の華奢な腕が奇妙な軋みの悲鳴あげ、そのあまりの激痛に思わず顔をしかめる。
 下手にこちらが動くと腕の骨が折れてしまいかねない。

 「それじゃあ行きましょうか」
 
 その力のまま俺はリヤに引っ張られて抵抗する事ができない。ほぼ強制的に歩みを強いられる。リヤは何をこんなに焦っているのだろうか?

 リヤは俺を引っ張りながら目の前にいるイアラの横を素通りし、そのまま寮の方向へと……。

 「待てよ」

 イアラがリヤの肩を掴み動きを制す。その発言、行動……雰囲気。何から何までがさっきまで温厚そうだったイアラとは全くの別物だった。
 その変貌ぶりは先ほどのリヤ程ではないにしろ、明らかに異常だ。

 「その子は僕のルームメイトだから初日からいなくなられたら困る」
 「………」

 リヤはそのまま黙りこくってしまう。だが、手の力は更に強くなる。現にリヤの指先が自分の腕に沈みかかっている。これでは冗談ではなく本当に折れてしまう。
 これは流石にやばい。

 「痛い!!痛いです!!」
 「っ!!」

 心の底から悲痛の叫び。
 その声にハッとしたのかリヤが慌てて手を離す。そのタイミング逃さず急いで俺は手を引っ込める。
 そして、腕の痺れを感じながら掴まれた箇所を見て焦る。

 掴まれた箇所から止血した為に真っ黒になり、手の跡がくっきりと付いている。これは暫く消えないだろう。
 
 「ソルごめんなさい!」

 リヤがこちらを振り返り、俺の傷を見ると申し訳なさそうな叫びをあげながらこちらに近寄る。
 元々失言したのは俺の方だからこのぐらいの傷は甘んじて受け入れるべきかもしれない。血が再び通い始め、軽い痺れをもたらす腕を擦りながら反省する。

 「いえ、大丈夫です」
 「ごめん……本当にごめんね?」

 俺の髪に顔を埋めながら泣くように俺を抱きしめる。さっき風呂場から出てきた為、石鹸の香りが俺の鼻腔をくすぐる。
 リヤの態度がここまでくると逆に申し訳なくなる。

 「本当に平気ですから……すみません。今日はイアラさんと一緒に部屋に戻ります。リヤの部屋にはまた後日伺う……という形で今日は了承してもらえますか?」
 「分かりましたよソル……約束ね?」

 リヤは俺の提案を了解すると、ゆっくりと俺から離れる。
 そして、名残り惜しそうに手を振りながら人混みの中に消えていく。
 その姿さえ、可憐で美しかった。

 あの凍てつく笑顔をその姿で俺は無理矢理忘れようとした。

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