競奏のリアニメイト~異世界の果てに何を得るのか~

柴田

第2章19話 氷結晶の少女

人間の最大の罪は不機嫌である

ドイツの文豪 ゲーテ

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中身は現代の温泉と似ている。木製の小屋の中はきちんと簡素なロッカーが作ってあり、そこに皆脱いだ服と着替えを置いている。

木製の湯船に白濁したお湯を入れた湯船、それがざっと五つある。この硫黄に満ちた匂いから察するに温泉からきちんと引いてきているのだろう。効能にこの状況をなんとかしてくれる効果があれば嬉しいが多分。いや、絶対ないだろう。

湯船には数人の女子生徒が浸かっている。ぶっちゃけこのまま入らないで出ようかとも思ったが流石にそれは駄目だろう、身なりを綺麗にしないと……。

簡潔に判断すると、服を脱ぎさる。ここ一年でこの体には慣れた為、紅くなることは無い。慣れというものは有難いものであり、同時に迷惑なものであるかもしれない。

剣はどうしようかと考えたが持っていくことにする、これは俺の最後の生命線だから手放すわけにはいかない。それに武器を持ち込む事は禁止されていない。
まぁ、まずここは魔術師の集まりだから武器を持ち込む必要性はないのだろう。

そのまま石畳でできた床___風呂場に入る。

すると、風呂場でリラックスしてた女子生徒が一斉にこちらを見る。

なるべく他の人の裸体を見ないように努力しているが、それでも見えてしまうものは見えてしまう。まぁ、体は女な上に、自分の体で克服したためもはや興奮すらしない。

『あの子なに?新入り?』『それよりあの傷と剣はなに?』

髪の色とは別にへその辺りにある……いや、もはやへそ自体になっている傷はとても目立つ。次からは隠す方法を見つけた方がいいかもしれない。

皆がこちらを見ているので、誰も浸かっていない湯船、一番左の湯船に鞘ごとゆっくりと浸かる。体の中から温まる気がして思わず声が漏れそうになる。

そのまま皆の視線を忘れて湯船に顔まで浸かる。

この剣は鉄製ではないため、湯船に入れても錆びたりしない。
鞘自体も錆びるような代物では無いことを知っている。

長い髪がゆっくりと湯船一杯に広がっていく。その感覚がとても心地よく感じる。腰まである長い髪は首部への負担が凄まじいので浮力で筋肉を休ませれると緊張がほぐれる。

そのままずっとぷかぷかしていたいがそうもいかない。さっさと髪と体を洗ってしまおう。

俺はそう判断すると剣を湯船から引き上げて湯船から出る。髪を洗うため石鹸を探さなければ。しかし、風呂場には石鹸というものがついぞ見当たらない。いや、一番右端に無造作に置かれている。

俺は歩き出して石鹸を掴もう……としたら目の前を数人に防がれた。

視線を少々上に向けると俺の体の一回り上の年齢の生徒(ここでは普通)四人が立ち塞がっていた。

顔は全員日本のギャルを想像してもらえれば理解しやすいかもしれない。とにかく日本人女子っぽい四人組だ。

「あなた見ない顔ってことは新入りだよね?だからと言ってそんな変な物を持ち込むなんて魔術師達に喧嘩売ってるの?」

四人の中で一番背が高い女子、仮名としてノッポと名付けよう。が、思いっきり睨みつけてきた。

ほかの三人も彼女に同調してきてジリジリとこちらに距離を詰めてくる。俺はそれに比例して後ろに下がる。すると、向こうもこちらに歩み寄る。それを繰り返すこと数回、とうとう壁が迫ってきた。

適当に謝って逃げようかなという選択肢が頭を掠める。争い事を起こすなとイアラ警告されたばかりだ。だからここで争い事は勘弁したい。

「ふざけた新入り。ちょっと思い知らせないといけないね」

一番左に立っている少々ふくよかな少女が不満そうに呟く。ポチャと仮名しよう。三人も同意をする。

こちらの意思に反して先方は逃がしてはくれなさそうだ、今更謝罪も通用しない。風呂ぐらいゆっくりとしたのに何でここはこんなにも争いを俺に押し付けてくるのか?元の世界ではもっと大人しかった。

(あぁ、こんなはずじゃなかったのに……)

心の中で絶叫する。

ここに来てからは苦難の連続だ、と言っても選んだのは自分自身だからこの場所を恨むのはお門違いだ。

さて、叩かれる程度で済むといいのだけど……。

ノッポの手が俺の手を掴みかけた。

「あらら、何だかとっても騒がしいですね?」

ハープの様に高らかで美しい声が辺りに鳴り響く。四人組は勿論、周囲の視線を一斉に集める。

そこにはイアラを連想させる__いや、それよりも美しい水色のセミロングヘアの髪と、一糸纏わぬ女神を連想させる裸体。そしてその美しい体を持つに相応しい切れ長の目にぷっくりとした紅い唇。そして西洋人らしい高い鼻が黄金比率で顔に付いている。歳は大体十五歳よりちょっと上だろうか?

絶世の美少女という言葉が相応しいその存在は皆の注目を奪うのは充分すぎた。

「何をしているのですか?」

心地よい声を震わせながらこちらに少女は歩み寄ってくる。その足取りさえも美しい。

四人組は最初惚けた表情をしていたが少女が近づいてくるにつれて俺でも分かるぐらいに顔が青ざめていく。その顔にはもはや畏怖という感情しかない。

「リ、リヤ……様ぁ?」

四人組で一番背が小さい灰色髪の少女……チビと仮名する。が、恐怖という感情を隠さず呻くように少女の名らしき言葉を言う。目の前の少女の名はリヤと言うらしい。略称か本名かは知らないがとりあえずこの名前で呼ばせてもらう。

「何をしているのですか?」

リヤは四人組の正面一歩手前まで寄ると再び先ほどの言葉を繰り返す。だが、四人組は答えない。否、口が震えて答えられないというのが正解だ。

「私の質問が聞こえなかったのですか?私は何をしているかっと聞いたのですよ?」

しびれを切らして感じで少女が確認を取る。これ以上答えないのは流石に不味いだろうと懸命な判断したのは四人組最後の一人。四人の中で一番。いや、しっかりと食事を取っているかすら怪しいほど痩せている少女……仮名はヒョロとしよう、が返事をした。

「い、いえ……この新入りが風呂場にこんな、場違いな物を持ち込む事について注意してただけで……」

「ふーん…?」

ヒョロの弁明に耳を傾けながらこちらに目線を向ける。少女の蒼色の瞳から目を逸らすことなく見続ける。何故かは俺にも分からない。だが、何となく彼女の瞳には俺を試すような感情がある気がした。ここで目を逸らしたら俺は負けなような気がする。

少女は俺の瞳を見続けるとやがて何かを見つけたように口元を僅かに綻ばせる。そしてその何かを試すような目線から段々と熱を帯びた様な視線になり……。

「なるほど、その剣と瞳を見て確信しました。あなたがキースに一杯食わしたという子ですね?なるほどなるほど……」

少女は納得した様に呟くと顎に手を当て、考えるような仕草をするとやがて納得したような表情する。

俺から目線を離すと少女は四人組に目を戻し。

「あなた達、それ以上はやめとくのが吉です。そこにいるのはキース殿との決闘に勝利した件の方ですよ。その方の気分一つであなた達を全員、魔術無しで医務室送りにすることは容易いと思いますよ?」

リヤの一言で風呂場にいた全員の表情が凍りつく。特に目の前にいる四人組は顕著だった。膝を笑わせ、歯を鳴らし青ざめる。そしてゆっくりとこちらを振り返ると一斉に。

「すみませんでした!!」

慌てて風呂場から去っていった。

その光景を目の当たりにした他の女子生徒もこちらの様子を伺う様にして一人、また一人と風呂場をこそこそと去っていく。数分もしない内にあれだけいた風呂場に俺とリヤという少女の二人だけが取り残された。

結果はどうであれ、助けてもらったのは事実。礼をゆうべきであろう。

「あの……助けて下さってありがとうございます」

「いえいえ、あのままだと今日の入浴剤は彼女達の鮮血になる所でしたから」

「い、いえ。流石にそんなことしませんよ……」

リヤは俺と目線を合わせ、悪戯顔でウィンクして冗談を言ってくる。その年相応の愛らしい姿と裸体が混じりあって段々と顔が熱を帯びてきた。さっきとは別の意味で彼女の蒼色の瞳から目が離せなくなる。その海に似た瞳に存在を吸い込まれそうになる。

前の世界の俺が見たら色気が無かったとはいえ、鼻血を垂らしながら倒れていたかもしれない。

気恥ずかしくなり目線を離す。あのままだとまた茹でダコになってのぼせかねない。

少女は少し考え込むように再びあの仕草___顎に手を当てる。そして数秒後に何かを思いついたよう口元を綻ばす。

「邪魔者もいなくなった事ですし、良かったら背中を流し合いませんか?それと、キース殿にどうやって勝ったかあなたの武勇伝も聞かせてもらえますか?」

「え、えー……と」

思わず慌ててしまう。確かに彼女には事態を収めてもらった借りが出来たばっかりだが、俺がこの世界に来てから他人の体(しかも女性の)を触れるのは初めてであり抵抗がある。

「そうつれない態度しないで下さい?」

少女が笑いながら言うと手を捕まれ石鹸のある所まで引っ張られていく。そして適当な一個を選ぶと俺をその場に座らせて片方の石鹸を掌で擦り泡立たせる。剣はその場に置いておく。

そして石鹸を床に置き、泡立たせた片手ともう片方の手と擦り合わせて自分の両手に馴染ませる。そして俺の背後に回ると膝立ちになる

「まずは私からいきますね?」

リヤは俺の耳元で小さく呟くとマッサージ師の様な手つきで背中に石鹸を塗りつけてくる。

「ふぇ……!!」

あまりの感触の良さから口から妙な声が漏れでる。あまりの手つきの良さに継続的に口から声が漏れでる。

その姿は傍から見てもやばいと自覚しながら少女のなすがままにさる。

「うふふ、気持ちいいですか?私結構こういうの得意なんですよ」

「そう、なん……ですか」

少女が後ろから声をかけてくる。もはや台詞と音だけ聞いたら完全に一部の人間が見たら顔を紅くして興奮し出すシュチュエーションだ。

そして少女は俺の背中から首筋へ位置を変えていき、最後は髪に手を伸ばす。

「綺麗な白髪ですね。ここら辺では珍しい髪色ですね。そしてこの長さ……手入れも含めて日常が大変でしょう?」

「好きで伸ばしてるのでそのぐらいは……」

前にも言った通り。この体を借りている代償としてこの髪の手入れには気を配っていた。あまりの重さに切ろうかとも考えたが最初に思った通り、髪は女の命とも前の世界では言われていたし無闇にする事が出来なかった。

この体の持ち主の意志がわからない以上、これは俺の自己満足でしかないという結論は出ているが……。こうして本物の女性に髪のケアをしてもらえる機会は少ない。彼女の手つきを参考にさせてもらおう。

「なら髪は念入りにしましょう」

リヤは髪いっぽん、一本に至るというレベルまで丁寧に石鹸を付けていく。そう言えば、石鹸で髪を洗うと良くないという話を聞いたことがあるのだが平気なのだろうか?おじいさんの家にはきちんと木の容器の中に現代のシャンプーに近い感触の液体があった。ここには見渡す限りそれらはない。

「うふふ、そう心配しなくてもこの石鹸は魔力加工がされているので普通の石鹸とは一味違いますよ?これ一個でお肌も髪もツヤツヤ、スベスベです」

リヤが俺の心配を察したらしくフォローを入れてくる。石鹸一つで全てのスキンケアが出来るとは……この世界の魔力というものは凄まじいほど便利だ。恐らく、専用の加工職人がいるのだろう。

科学が発展してない代わりにかなり魔法は便利だ。と言っても科学にも限界があったと同じで魔法にも限界値があるのは変わりないだろうが……。

「はい……後は洗い流しましょうか。目を瞑ってもらってもいいですか?」

数分かけてリヤは俺の長い髪を洗い切った。後はお湯をかけて泡を流せばいい。俺はリヤの言う通り目を瞑りお湯がかけられるのを待つ。

ピチャっと俺から離れていく足音が聞こえ、水が汲まれる音が聞こえる。そしてそのまますぐに戻ってきて頭からゆっくりと液体がかけられる。それは常温よりやや冷たい液体……お湯の中で温まった体から見れば冷水に等しかった。

「ひゃ……!!」

びっくりして目を開けてその場から立ち上がる!!だが、泡がまだ落ちきってないため目の中に泡が入り目の表面が痒いような、痛いような感覚に陥り目を開いていられなくなる。その感覚から更にパニックを起こし思わず走り出してしまう。目を閉じたまま走ればいずれ何かに激突するのは目に見えている。

そしてその通り俺は額を壁に激突させてその場に転がり込む。脳の奥が痺れるような痛みが襲う。慌てたように目にぬるま湯がかけられて目の痛みが解消される。

恐る恐る目を開けると申し訳なさそうにしたリヤが立っていた。

「ご、ごめんなさい!!ちょっとした出来心で……」

額を抑えつつ状況を整理する。多分、俺が目を瞑って無抵抗にしていたから少しビックリさせようと思って水をかけた所俺の反応が想像以上だったという事だろう。リヤにここまでする悪気は無かったのだろう、それは反応を見れば分かる。だが、心の中で抑えきれない何が溢れ出す。その感情が抑えきれなくなり、目から大量の涙があふれる。そして口から嗚咽が漏れ出す。最後の心の防波堤が決壊し……。

「痛いよぉ……うわぁぁぁーん!!」

自分でも訳の分からないほど感情がグチグチになり結果的に大泣きする。俺は別にこんなことで泣くことは無い。だが、現に抑えきれない痛みの感情が溢れ出す。まるで俺ではない誰かの感情みたいな感じだ。

「あぁ、ごめんなさい!!本当にごめんね?」

リヤが急に泣き始めた俺を見て慌てた様子で近寄ってくる。まるで母親のように額を撫でる。豊満な体に包まれて俺の男性として理念が揺さぶられたが、今はこの抑えきれない感情の出どころが分からなくて混乱していた。

そしてこの事態は俺が泣き止むまで続いた。

コメント

  • にぃずな

    続きは、まだですか…?

    0
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