競奏のリアニメイト~異世界の果てに何を得るのか~

柴田

第2章18話 価値は常に変わるものである

すべてを今すぐに知ろうとは無理なこと。
雪が解ければ見えてくる。

ドイツの文豪 ゲーテ

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部屋に入って見えたのはその豪華な装飾と家具だった。何処ぞの高級ホテルの一室を丸々そのまま持ってきたような感じ。テレビやカタログなどでしか見たことがない空間。

その高級感に俺は思わず見とれてしまった。とても学生寮的な存在だとは思えない。

「失礼するぞ!タリア教官所属主席魔術師イアラ・グレイシャ」

レクスの声で現実に引き戻された。

というか入った後で「失礼する」とか遅すぎな気がする。せめてドアの前で言いなよ……。

そう言えば今、レクスが気になる事を言った、『タリア教官所属主席魔術』と。

つまりキースの場合、レクス教官所属主席魔術師となるのか。ここでは教員の事を「先生」ではなくて「教官」と呼ぶみたいだ。
まぁ、学校と言うより施設という考えが強いみたいだから当たり前かもしれない。

「あ、はい。どうぞ」

明らかに呆けた様な返事がレクス越しから聞こえてくる。目の前で扉を占拠しているデカ物レクスのせいで容姿を見ることは出来ないが声質から大体十三から十五歳の男子で、穏やかな人物のイメージが伝わってくる。

この感じならキースみたいにいきなり邪険にされることは無いだろう。というか、今後もあのクラスでやっていくならキースと何とかして仲良くなっておいた方がいいかもしれない。

前の世界では友達なんて作った事がない俺からしたら結構難易度高めかもしれないが……。

「うわ!!」

今後の事を考えていると、不意にレクスに腕を引っ張られていきなり横に立たせられた。

それでやっと正面にいた人物の容姿が分かった。

まず、始めに目に付いたのはその髪色だった。元の世界では着色料で染めようとしても対応した色が見つからないであろう綺麗な水色の髪をエアリーヘアーでまとめていた。そしてその顔は西洋人と東洋人のハーフを思わせるような優しげな顔。呆気に取られた表情で俺を見ている目線すら優しさを感じる。一目でこの人とは仲良くなれる、そう確信した。

「本日付けでここに入所してきたソル・レヴィアンだ。ここでのルールなどを教えてやってくれ」

おいコラ、何勝手に貴族苗字名前に引っ付けてくれてんだ!!心の中でレクスを罵倒する。

「私はいつ貴族になったんですか?」

レクスの横腹を突っつきながら小さくボヤくと、レクスがこっちを向いて小声で囁く。

「うるせーな。ここにいるからには貴族苗字が必要なんだ。さっきも言ったが養女とはいえ、アーコブのじーさんの頼みならここにお前を置いとかないと俺が後で所長に罰を受けんだぞ」

所長……というのは来る時に俺に抱きついてきた女性の事だろうか?

あの後どうしたのかは知らないが、レクスにあれだけで重圧的な態度を取れるということは教官であるレクスよりは上の立場なのは間違いなさそうだが……。

「ほら、ソル!!挨拶しろ」

レクスに促される。そうだ、まずは第一印象が大切だ。

口少し開けて歯を見せるように三日月型にする、目を少し綻ばせて軽く会釈。完璧な笑顔で自己紹介だ。

正直久しぶりで小っ恥ずかしかった。

「初めまして、ソルと言います。これからご指導お願いします」

「………今気がついたが、お前の笑顔って悪人顔だな」

レクス小さく突っ込まれ、あまりの怒りで手が柄を握った。ぶっ叩くぐらい許されるだろうか?

いや、しないけど。

イアラという少年に目線を向けると俺とレクスのやり取りを見てなのか、まだ呆けた表情をしてこちらを見ている。

まぁ、キースみたいにいきなり睨まれるよりはマシな反応だ。

「そういう訳だ!イアラ、こいつの面倒を見てくれ」

レクスが最後にそう言い放つと、イアラは現実に引き戻されたような表情になり、「はい」と返事をした。

レクスはその返事を聞くと満足したように頷き、部屋から出ていった。

やっとその場の空気が和み思わずため息をこぼしそうになる。

「ハハハ、怖いでしょ。レクス教官って」

俺の様子を見てそう思ったのだろうか?イアラがいきなり話しかけてきた。

その意見には同意せざるおえない。

「初めて見た時は殺されるかと思いました」

「僕も大体同じような気持ちだったよ。一年経った今では慣れたけどね」

イアラの話で思い出したが、ここは何年性の場所なのだろうか?元の世界と同じく四年ぐらいかもしれない。

「改めて自己紹介するね。僕の名前はイアラ・グレイシャ、これから宜しくね」

「ソルと言います。どうぞ宜しくお願いします」

「後ろの名前はレヴィアンだっけ?無印のレヴィオン」

「そ、そうです」

渋々と言った感じだが肯定するしかない。レクスやおじいさんに迷惑を書けるわけにはいかない。正直この部屋は荷が重いが……。

「凄い家柄だね。羨ましいよ!」

「あの……そんなに凄いんですか?」

「へ?」

イアラの顔が完全に「何言ってるんだこいつ」みたいな顔になった。返しが不味かったかもしれない。レクスやイアラの反応を見る限りレヴィオンというのはかなり地位が高い。場合によっては嫌味に取られる可能性も高い。

「す、すみません!!私はそ、その世間知らずでして。この国の権力構造がよく分からないんです」

「アハハ……そういう事か」

苦し紛れだが、ギリギリ回避できた。

養子とバラすのは些かダメな気がしたのでこのように取り繕う。それに嘘ではない。

イアラはそんな俺にこと細かく……場合によっては本を持ち出して説明してくれた。

この国は簡潔に説明すると四つの巨大な貴族が存在する。そのうち一番勢力が強いのがレヴィオンなのはレクスの言う通りだが、ちなみに一枚岩じゃないらしく末端も存在する。その場合レヴィオンの前に別の名前が付け加えられる。それは他の貴族も同じらしい。つまり無印の貴族名を持っていると、その貴族系列で一番の家系となる。

あれ?ということは今目の前にいるイアラは無印の貴族名を持っているという事は一番の家系?

「イアラさんも凄い家系じゃないですか」

「いや、僕は一番勢力低いグレイシャだから大したことないよ」

これは謙遜かどうか分からない。

いや、多分謙遜だろう。四大勢力で最下層だとしても、それでも勢力と数えられている。つまり、それに至るだけの力を保有していることになる。

「それより、大学や寮のこと色々教えてあげるね」

イアラは慌てて話を変えてくる。これ以上この話を続けるのは藪蛇になりかねない。俺もその話題乗り換えに乗ろう。

「はい、お願いします!」

その後イアラはここでのルールを色々教えて貰った。

まず始めに元の世界と大きく違って驚いたのは、ここでは明確に何年性というものは無い。必要過程を卒したと所属教官が判断したら選択したギルドへの紹介状を書いて貰える。

つまり飛び級が出来る。と言っても最低年数の二年は過ごさないといけない。ちなみに最低年数で卒業した人物はここ開設した以来からいないらしい。

ちなみに最大年数を過ごした人物は十年らしい。

俺ならもしかしたらそのぐらいになるかもしれない。

なんて言っても魔術の発動タイミングが全く分からない。と言っても使えたからにはそのうち使えるようになるだろう。おじいさんも言っていたが魔術はその人の感覚によって違ってくると。

だが、もし俺の別の考えが当たっていたとしたら……。

いや、今はこの話はやめよう。

それ以外は大体同じだ。余程の悪さをしなければちゃんと卒業することは出来る。俺は悪さをするつもりも度胸もないので大丈夫だろう。

一番苦労しそうなのは寮のローカルルールだ。

普通ならば寮にいる場合、小さな雑務をこなさいといけないが、貴族系列の者は全面免除される。食事も上のものを用意してもらえる。

だが、貴族系列は定期的に試験を用意される。それは教官の気まぐれだがそれなりに高難易度の試験らしい。小さな雑務がない代わりに試験などを用意しないと周りが納得しないからだ。

ある意味円滑に進めるために必要なものだろう。

その他、別に苦労しそうなのは風呂の時間。風呂の時間は授業が終わってから太陽が登っているまで。少しでも遅れたらその日は入れなくなる。そして食事も同じ。朝昼晩と時間が決まっており、その時間を過ぎると食べれなくなる。

時間厳守はきっちりしないといけないみたいだ。

ところで太陽が登っているまで言っているが、冬などはどうなるのかと聞いてみたら、季節関係なく太陽の時間は一律らしい。ここでは太陽の日照時間が変わらないという天文学的に少しおかしいが、ここまで来ると気にしたら負けな気がしてきた。

「最後にこれだけは守って欲しいんだけど」

イアラは最後にこう前つけて言う。

そんなに重要な事なのだろうか?

「ここでは教官の許可なく魔術を使用しちゃダメだよ?下手すると貴族は除名処分を受けるから」

「えっ?どういう事ですか?」

「つまり、他の生徒に喧嘩をふっかけられても魔術を用いて自体を沈静化しちゃダメなんだよ。貴族系列は下民を殺すような行為をしちゃダメっていう素敵な理由で」

「そ、そうなんですか」

イアラの印象が変わりそうだ。

理由は分からなくないがとことん他の人を下に見た様な理由だ。多分反感を生まない為だとは思うが認識はやはり彼らを下に見ているという感じだろう。

それ以上でもそれ以下でもない理由。

「大まかな説明はこのぐらいかな?それじゃあお風呂に行こうか?早くしないと時間になっちゃうし」

そう言いながら棚からタオルを取り出してこちらに投げてくる。着替えなどはどうしようかと考えたが、服は対して汚れていないので着回すことにする。

明日にでも用意しておくことにしよう。

「さ、行こうか」

イアラはそう言うと着替えを持ち出し、ドアへ行く。

ちなみにおじいさんの所にいた時は大体お風呂に入ったら服はそのまま洗って、その間はおじいさんのシャツを上から着ていただけだった。

おじいさんの所では女性用の服と下着は手に入らなかった事が原因だ。
蚕の糸以外に繊維に出来そうなものは無く、あの純白のワンピースを作るだけでも一苦労だったためだ。

今来ている服だって最初貰った服の着回しだ。むしろよく一年間もった方だろう。

……。
…………。

心配なのだが、風呂も男女共同ではないだろうね?

少々疑い持ってイアラに付いていくと簡素な木製の家に敷居を付けたような感じの風呂場があった。

きちんと男女は分かれていた。何故わかるかと言うと男子生徒と女子生徒がきちんと分かれていたからである。

「ここだよ。悪いけどここからは中にいる子に聞いて貰えるかな?」

「わ、分かりました」

「それじゃあ早く終わったらここにいてもらえるかな?」

イアラがそう言うと迷いなく男達が出入りしていく所に入っていく。頼れる人物がいなくなると急に心寂しくなる。

ついでに言うと通り過ぎる皆、俺を見てくる。しかし、声をかけてくる人物はいない。警戒されているのだろう。それに白髪も目立つ。
イアラから借りたタオルで髪を隠しながらいそいそと風呂場の中に入っていった。

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