競奏のリアニメイト~異世界の果てに何を得るのか~

柴田

第2章14話 明るく晒された未来

未来とは、今である。

アメリカの文化人類学者 マーガレット・ミード

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ぐぅーーーと小さくお腹が鳴る。

時刻は既に昼過ぎだろう。それでも前を歩く男は気にもとめない。

どんどんと山道を下り降りる。
今はおじいさんのログハウスがある山から目的地へ下山中だ。
あの後三日間の休みを得た後、俺とレクスはログハウスを離れた。
おじいさんと離れる事は寂しかったが、後悔はない。
が、問題はここからだった。
歩き続けて早半日、レクスは休憩を取らずにずっと歩き続けている。

流石にこんな幼くて華奢な体では食べなければ歩くのが辛い。少々心苦しいが昼休憩を取らせてもおう。

「レクスさん……ちょっと…ご飯を食べさせて下さい」

俺の呼びかけにため息一つこぼして振り向く。

その顔は実に面倒臭いと考えている顔だ。

「あのなぁ?このぐらい我慢出来なきゃ立派な魔術師になれねーぞ?」

「そんな事言われてもお腹が減って歩けないんです。それにレクスさんとは体格差とペースも違うから付いていくのもやっとなんですよ」

俺が非難の声をあげるとレクスはうるさそうに耳を抑えてうんざりそうにする。

どうやら他人に合わせるという事が苦手なのは完璧に理解した(今更だが)。

「あーうるせーガキだな。ガキならガキらしく理屈こねないで地面に転がり回って駄々こねてろ。そっちの方がまだ可愛げがあるぜ」

レクスはそう言うと背中のバックをその場に置き、中を漁る。

俺の荷物も彼が背負っている。

レクスはバックの中からパンに似たような何かを引っ張り出すと無造作に俺に向かって放り投げる。

黒くやき焦げており、何より石のように硬い。

だが、ここで文句を言うとまた怒られる。仕方ないので我慢して食べることにする。

口を大きく開けて黒焦げたパンに齧り付く。

ガキンっとパンを食べるのとは似ても似つかない音をたてる。

正直に言おう。歯が折れるかと思った。

なんだこれ、金属かよ……。

文句の一つでも言おうかと思い、レクスの方を見ると何事もなく食べている。

肉体だけでなく歯まで頑丈なんだなぁ……と見つめる。

もしかすると、この体はまだ幼いため、歯が完璧に成長しきっていないのだろうか?

「何見てるんだガキ?」

「いえ……」

睨みつけられてしまった……。

まあ、殺気はないのであまり怖くないが。

そう言えば聞いてなかったことがある。

今後に左右する重要な話だ。色々とごたついていたため、うっかり聞きそびれてしまった。

そう、後どのくらい歩けばいいか、だ。

「後どのくらい歩けばいいんですか?」

「ざっと三日歩き続ければ首都のアルマに付くはずだ。ギルド養成所はそこのど真ん中にあるからそこまで行けばまぁ、ゴールだな」

「あと三日ですか……長いですね」

「お前がいるからな。俺だけなら一日も要らない」

そう言えばこの男が現れたのは三日だ。幾ら何でも早すぎると思ってたが大方、風魔法を使って空でも飛んだのだろう。

俺には無理だな。

なら歩いていくしかない。

なんという悲劇だろうか。いや、俺を連れていく男から見ても災難だろう。

「はぁ……なんかすみません」

そこで男は目を丸くしてこちらを向く。

俺は何かおかしい事をしただろうか?

「なんでお前が謝る必要があるんだ?魔法には得意不得意があるんだから仕方ない事だろう」

「そうなんですか…」

この世界の常識は「得意不得意があるから仕方ない」みたいだ。自らが得意な方向性を見つけて人生を決めることが出来る世界……と言っていいのだろうか?

結局は優秀な血統が左右されるのは変わらないが……。

それでも元の世界よりはいいのかもしれない。

「……」

元の世界は何から何までやれという世界だった。特に日本は個を認めず、群になることを強いてきた。

俺はもしかしたら「群」になることが出来なかったのかもしれない。

決して他人を見下した事はない。だが、心の底ではどうだったのだろうか?

知らず知らずのうちに俺は「個」として生きていたのかもしれない。だから、追放された。

俺の心に暗い影が入りかけた時、レクスの声で意識を取り戻した

「つっても……このまま歩くのは俺としても面倒だ。ソル、こっちに来い」

男はパンを一口で食べ切ると俺に向かって手招きする。

本当になんで、あんな硬いパンを噛みきれるんだろうか。

歯が折れないのだろうか?

彼の歯の硬さに驚きつつ、彼の近くに寄る。

「よっと!」

「うわ!!」

一気に抱き抱えられた。

いわゆるお姫様抱っこというやつだ。

その際にパンを地面に落としてしまった。

(まだお腹が減ってるのにー)

「いくぞ……せーの!!」

男が地面を蹴った。

本来なら大の大人が小学生程度の子供を抱えながらジャンプしてもほんの数十センチしか跳べない。

だが、男が蹴った地面は微かな地割れを起こし、空へと凄まじい速さでカタパルト発射のような直線斜めの軌道を描いた。

「きゃぁぁぁあああ!!」

空へ俺の絶叫が吸い込まれる。

凄まじい轟音と風圧。

それなのにレクスは全く動じずに垂直飛行を続けている。

こいつ本当に人間なのだろうか?

森が遠く離れ、雲にまで届きそうな高度で飛行する。

ジェットコースターなんて目じゃないほどのスリリングだ。

もうジェットコースターなんて怖くない。

どこまでも登る登る。

空へとどこまでも……。

俺の絶叫を残して。

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「来たか」

城のような外壁に囲まれた闘技場の中心で一人の女性が空を見上げて小さく呟いた。

女性は四十歳ぐらいで今の世界でどこにでもいそうな東洋系の女性だ。

女性が見上げる空にはなにもない。

否、何か遠くから声はする。しかし、姿は見えない。空にもなにもない。

(あぁぁぁぁぁーー)

段々と声が近づいく。

それでも姿は見えない。

いや、見えた。太陽の下に小さな影が一つ。

影が大きくなる事に声が大きくなる。

「きゃぁぁぁあああ!!」

ズドーン

地面に大きなクレーターを穿ち一人の大男……レクスが落ちてきた。一人の少女、ソルを抱えて。

大量の砂埃と土破片が辺りに飛び散るが、ほんの数瞬で男のまわりから強風が起こりかき消してしまう。

「遅かったな」

女性が大男にゆっくり駆け寄る。

そして、男の前に立つや否や、拳を強く握ったと思ったらなんの迷いもなく男の鳩尾に正拳突きを繰り出す。

ソルを抱えている男は女性の正拳突きを受け止める事も避けることも出来ずに正面から受けてしまう。

いかに厳つい筋肉隆々としたレクスでも筋肉が少ない鳩尾に綺麗な正拳突きが入ったら無事ではない。

「ぐふぅ……!!」

奇妙な呻き声をあげるとレクスはその場に倒れ込んだ。

ソルはレクスの高速飛行に目を回していたため、受け身も取れずその場に落とされた。

「べぶしっ!!」

ソルもレクスに似た奇妙な呻き声をあげた。

それでも目を回し続けていた。

女性はそんなソルを見た瞬間、こう思ってしまった。

なんて美しい少女なのだろう、と

藍色の瞳に太陽に反射して金色に輝く、凄まじいほど長い銀髪。

そして腰には少女の美しさに負けず劣らずに美しい鞘に入った長剣。

御伽話おとぎの世界に出てきてもおかしくないほどの美少女だった。

あまりにも美しさに女性は自然と手が伸びて、少女を抱きしめていた。

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目眩、吐き気。全てが押し寄せ立ち上がる事が出来ない。

並行感覚が失われ、地面をのたうち回る。

二度とレクスの飛行術には頼らない。

そう思うレベルに気持ち悪い。

視界が歪む。目の前に誰かがいるのは分かるがそれを気にする余地はない。

「初めまして、あなたが推薦された子ね?」

目の前の人物が何か言っているが上手く聞き取れない。

やっぱり気持ち悪……。

ギュッ

唐突に抱きしめされた。

その瞬間を境に急激に気分が良くなり始める。

「きゃぁ!!かわいいかわいい!」

耳元で女性の声がしたと思ったら凄まじい速度で抱きしめる力が強くなる。

気分が急に良くなったのはいいが息苦しくなってくる。

力は更に強くなる。

(く、苦しい!)

あまりの苦しさに暴れるが、この体は年相応の少女(多少鍛えてるとはいえ)レベル。逃れる事は出来ない。

体格的に標準サイズ、そして声的に女性はず、そのはずだが、どこにこんな力があるのだろうか?

これも魔法の力?

抵抗するだけ無駄なので諦めてそのままなるようになれという思いで身体中の力を抜いた。

(あぁ、今日も空が綺麗だなぁ。でもしばらくは空の旅はしたくない)

空を見ながら俺はこのままこの時間が早く過ぎ去る事を期待した。

これが冒頭の話だ。

ちなみについでに言うが、この拘束はレクスが悶絶している間ずっと行われていたので大体三分間ぐらいであった。

俺には永遠に感じられたが。

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