競奏のリアニメイト~異世界の果てに何を得るのか~

柴田

第11話 生誕はいつも後悔と共に

過去の過ちを悔い改めた人は、既に生まれ変わっているのです。

アイルランドの宗教家 ジョセフ・マーフィー

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世界にただ一人という虚空が空っぽの胸に突き刺さる。

人が死ぬのは心臓音という騒音が消え去った時ではない。

他人から存在を否定された時だ。

(ならば俺は今死んでいるの生きているのか?)

仮の体、別の世界。俺を知っている人間なんて一人もいない。

ならばこのざまを俺は生きていると言えるのか?

そこの君はどう思う?

誰もいないはずの場所に小さく呼び止める。

ある日突然全てから突き放される可能性。そんな可能性がないと君は否定は出来るかい?
出来るわけがない。

運が悪かった?

そんな言葉ではもう誤魔化せない。

全ては不公平なのだから、当たり前だ。

他者を蹴り落とすのが人間のさがだ。

ならば、他者を愛せるわけが無い。

*

我がいとしあなた

何故、私の前から消え去った?

いつも不条理ふじょうりを押し付ける他者達。

お前達はどんな使命言い訳を持って虐げる?

いつも不平等なこの世界地上

私が一体何をした?

一部の馬鹿狂信者は試練と口走り、十字架にぶら下がた。

私達は神が作った失敗欠陥品作。

かりそめの友情を掲げ、集まるあり

そろそろ起きて?

道化の時間は終わりだよ?

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逃げ出した。

何もかもが嫌になった。

暗い獣道で半泣きになりながらそれでも走り続けた。

俺は勘違いしてた、例え一人が良くても全体が駄目な場合がある。

集団が認めてくれない。

それが追放。

俺は結局、集団からも否定されたのだ。

この世界の仕組みは分からない。でも、集団から否定されたのだ。

どうでもいいとすら感じてしまう。

俺は走り続けた。

走って走って走り続ければいつか何かが起こると思って。

だが、何も起こらない。

当然だ。俺は存在しない方がいいのだから。

否、起こった。

目の前の茂みがガサゴソと音をたてる。

それは数メートルの巨体。全身が茶色の剛毛に覆われており、爪はとても鋭利。元の世界の二倍の体長を持ちそうなヒグマがそこにいた。

臭うのは鉄臭さ。血の匂いだ。

獲物を狩った後なのだろうか?

思わず足を止める。

ヒグマはこちらをじっと見ているだけだ。刺激するのはまずいと判断してゆっくりとした挙動で後ろへ下がる。

幸いこちらを攻撃するような感じはない。

ゆっくり下がれば大丈夫。

しかし、足元にあった小枝がパキッと音をたてる。

それが合図かのようにヒグマは唸り声をあげ始める。

(まだ平気だ)

冷静に呟く。もはやこれしかない。

一歩ずつ一歩ずつ。

しかし、熊も俺と同じく一歩ずつ近寄ってくる。

いつまで経っても距離が開かない。

焦りが生じてくる。だが、続けるしかない。

しかし、熊は俺のその焦りを見透かすようにペースを早めてくる。

熊はもう目と鼻の先だ。

もう限界だ。

その焦りが命取りになった。

「っ……!!」

足に何かが引っかかる感覚。多分地面から突き出た木の根に足を引っ掛けたのだろう。

バランスが崩れていく感覚。

重力を感じながら俺は地面に転んでしまった。

その好機を熊が見逃すはずがない。

二足立ちになり、がら空きになった前足が俺を踏み潰さんと迫ってくる。

だが、横に転がる事で踏み潰しを回避できた。でも、次はない。

そのまま目の前に名刀に負けないであろう切れ味をもった爪が俺の体を引き裂かんと迫ってくる。

俺はそれを避ける事が出来なかった。

肉が切断される音と血吹雪が目の前で飛び散った。

それはまるで赤色の粉雪。

強烈な鉄臭さが俺の花を刺激する。

嗚呼。

なんで。

どうして?

痛みがない。

その代わりに強く抱きしめられる感覚。

そして俺の顔の近くにはおじいさんの顔があった。

「そんな……」

脳が知覚し始める。

そうだ。俺を庇っておじいさんが熊の爪に切り裂かれたのだ。

涙があふれる。

声にならない叫びが辺りに響く。

「ぁぁぁっ………!!っーーーーーーーーー!!」

上から自分を見ている俺がいる。

俺のせいじゃないか。

全部……。

俺のせいじゃないか。

逃げ出さなければ良かった。

おじいさんと話せばよかった。

そしたらこんな事にはならなかった。

否、出会った時に俺が死んでいれば……。

憎い。自分が、世界が。運命が。

憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。

意識が裏返るような感覚を覚えながら。

俺の魂は闇深くに落ちていき、そして息を止めた。

_____________________________

野生の動物には人間とは比にならないほどの勘をもつ。

最初、熊はその少女をただの小動物としか思ってなかった。

自分のテリトリーを侵害した無礼者

自分が負ける要素など一つもなかった。

少女を庇った大人が来るまでは。

それは少女を庇うように熊の爪に切り裂かれた。

ただ単に餌が増えた。

それだけしか熊は思わなかった。

だが、次の瞬間。少女の何かが変わった。

動物の勘が言っていた。目の前の小動物を殺せと。だが、同時に逃げろと言った。

熊は一瞬判断に迷ったが、殺戮を選んだ。それが熊が今まで歩んだ道だったからだ。

爪を大きく振りかぶり少女の首をめがけて振り下ろす。

か細い首などそれでもげてしまうだろう。

だが、少女の肌を爪が触れようとした、その時。強烈な熱が発生し、熊の腕が容易く爆ぜた。

何が起こったか分からなかったであろう。

だが、そんな事を考える余裕は熊には無かった。

まるで体内が爆発するように。

熊自身が次に爆ぜた。

血すらもその圧倒的熱量の前には残らない。

白い炎が全てを燃やし尽くす。

その火はまるで虚無を表しているかのようだった。

ほんの数秒程度の出来事。

だが、その光は遥か遠くの村にまで見えていた。

そしてこう言われた。

消滅始祖魔術の光みたいだと。

*

口の中が甘い何かで満たされていた。

素晴らしいほどの甘美なる味。

あぁ、どこか懐かしい甘さ。しかし、人工物とは異なる糖とは違う。

そうこれは……蜜の味だ。

口に差し込まれる銀の味。

スプーン?

(起きて?)

少女が呼ぶ声がする。どこか最近ずっと聞き続けていた声。

これは……俺このせかいのからだ?

(私はあなたに付いていく。だからもう、自分を憎まないで欲しい。そして、もう一度人を信じてほしい)

もう無理だ。俺はもう傷つきたくない。

(違う。人は傷つきあってこそ生きていける。何度も何度、傷つき合いながら寄り添っていく)

出来ない。俺は立ち上がれない。

(出来るよ。だって君はあの人を信頼してたはず。じゃなきゃ、迷惑だと思って逃げ出したりしない)

俺は……。

(さぁ、起きて!!)

目を覚ました。

________________

見慣れた天井。

おじいさんのログハウス。

見慣れた暖炉の火。

そして。

ソファーに座り込む見慣れたおじいさんの顔。

「あぁ………」

涙があふれる。

さっきとは違う涙。

歓喜。

「良かった!!目覚めたんだね」

服は血まみれで、身体中には生傷が耐えないが確かな意思を持って発せられた言葉。

そう、おじいさんは生きていた。

嬉しい。

一度は死すら反応しなくなった心。

だけど、今の俺は明確に喜んでいる。おじいさんが死ななくて良かったと思っていた。

だが、まだ……足りない。

「その、すみませんでした。勝手に抜け出して」

(俺の心を溶かすにはまだ……足りない)

冷めるように俺の感情は薄れていく。

この次は何を言われるのだろうか?

「もしかして……あの話を聞いていたのかい?」

「……はい」

「そうか……」

長い沈黙。

暖炉の火がパチパチとなる音だけが聞こえる。

「私は元々、貴族……この世界で高い血統。つまり強力な魔法が使える一族の一人なんだ。前にも話したとおり、この世界では魔法の有能性が優劣の判断材料となり、それは血統に大きく左右されやすい。それだけで大体の事は思うがままだ」

「なら、なんでこんな山奥に?」

「若い時は自分の血を誇った。だが、歳を重ねるつれて気がついたんだ。貴族と他の人達の違いは魔法の優劣だけなんだと。それ以来、自分が情けなくなった。そして、その意思を感じ取ったかのように私の魔法精度もどんどん下がっていき……最後は並の人にまで下がってしまった。そして、私は権力争いに負け、妻を失った。そして、この地へ逃げるように……いや、逃げた」

「………」

「息子は私を憎んでいるのさ。弱くなった私をね。だけど。私は後悔はしてない。大切な事に気がついたからね」

おじいさんは泣きそうな顔をしながら最後にそう締めくくった。

失ったという意味は分からないが、相当ショックだったのは違いない。

「お嬢さんに一つだけ聞いておきたい。私の娘にならないかい?息子が言うことも確かに君の将来を考えるなら悪い話ではない。でも、君の意思を聞いておきたいんだ」

「私は……」

「その前に君に渡しておきたいものがある。こっちに来るといい」

案内されたのはいつもと同じ、家の隣の物置小屋。

既に外は朝日が照らしていた。

だが、中に入るといつもは剣が壁にかけられているはずなのに今日は無かった。

ただ一つを除いては。

それは白い鞘に収まった一本の長剣。

窓から射す朝日に照らされて眩く光っていた。

「あれは……私の最高傑作。否、それでは語弊があるね。あの剣の材料を持ってきてくれた少年は死んだ。道中、何者かに追われて滝に逃げ、そのまま力尽きた。」

まさかそれって……。

俺が脱水症状で苦しんでいた時に見つけた。あの倒れていた……。

記憶の片隅で悩んでいた記憶。俺はあの日、自分が生き残るために人を見殺しにした。

人を殺したのだ。

「私が偶然、お嬢さんを見つけた訳じゃない。その子を見つけて、息も絶えかけていたその子から君の事を聞いて、付近を探した結果、君を見つけたんだ」

その少年は一体どんな百通りの呪詛を唱えながら死んだのだろうか?

想像がつかない。だが、何を言われても仕方ない。俺が見殺しにしたのは確かなのだから。

「その子は……私の事をなんと言ってましたか?どんな恨み言を言っていましたか?」

「……生きてほしいと。僕はここまでだけどお嬢さんには生きてほしいと。そして、私にあの剣の制作を依頼した。素材は……骨粉。遥か昔に息絶えた神龍の骨を砕いて作った骨粉だ。元々は別の鍛冶師に頼むつもりだったらしいが私が請け負った。」

異世界だから竜の一匹や二匹いるだろう。

その貴重さは俺には分からない。いや、重要なのはそこじゃない。

「正直、私は迷った、作るかどうかをね。古の神龍には魔力を変換する力があると聞く。つまり、これから神剣を作るだからね。そして、その少年の見返りは……」

おじいさんは躊躇うように唇を震わせたが、意を決して言葉をつなぐ。

「お嬢さん。君にあの剣を持たせる事だよ。悪いことなり善なることに使うなり、お嬢さんに任すと言ったんだ」

「なんで、そんなことを……」

見捨てたのに。

俺は人殺しなのに。

「君にお礼を言われたからだよ。死にゆくのにお礼を言われたこと。凄まじく嬉しかったと。」

なんだよそれ。

一体どういうことだよ。

俺はお前を見殺しにした。だから、感謝される筋合いなんてないんだよ。
救われる権利なんてないんだ。

でも、涙が出てくる。

俺は初めから赦されて生きていたのだ。

半分、肩の重荷が取れた気がした。

「もう一度言うよ。私の娘にならないかい?それとも……この剣を使って別の道を探るかい?」

半泣きになりながら。それでも俺は決めた。

嗚咽を漏らしながら俺はその決意を口に出す。

は……!!」

朝日が純白の剣に反射した光が俺の顔を照らした。

この剣と共に俺は生まれる変われるだろうか?

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