競奏のリアニメイト~異世界の果てに何を得るのか~
第10話 堕ちた夢
死と太陽は直視する事は不可能である。
フランスのモラリスト文学者 ラ・ロシュフーコー
──────────────────
あぁ、またこの夢か……。
頭の中でぐちゃりとしたとしたものがドロドロに溶けて混じり合う。
泡立て器で作られる真紅のシャボン玉。
絶望などとうの昔に超えている。
殺した。
俺が殺した。
私が殺した……のだろうね?
燃え盛るオーブンで焼かれた人肉丸焼きと。
ふやけた水死体で出汁をとったスープを召し上がれ?
これは俺が作った料理。
俺が奪った命。
「お前だ」
「貴様だ」
「貴方だ」
「手前だ」
無数の声が一斉に俺の耳元で囁き、叫ぶのだ。
『なぜ生きている』のかと?
光は消え去り暗い影だけが俺を照らす。
【あの場所】で幾度も死だけを望んで、自分の頭を冷たいコンクリートに打ち付ける。
(死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい!!)
いくらぶつけても俺の頭のぐちゃりとしたものは出てきてくれない。
苦痛はないが、何千という虫が体を這っているかのようなただむず痒さと怖気だけが俺の官能を刺激する。
(まだ足りない)
灰色の地面に真っ赤なお花が咲いてもまだ駄目だ。
(俺の脳漿をぶちまけるまで続けろ)
(死ぬには全然足してない)
*
ベチャ、ベチャ、ベチャ
ミンチ肉が奏でる素敵な交響曲。
肉と骨のハーモニー。
俺ではない肉が天から、まるで噴火のように降り注ぐ。
愛おしい人達の屍の天気。
(でも)
「これじゃない」
「俺が奏でたいのはこれじゃない」
黒色の濃霧が俺の視界を隠す。
まるで俺の目が、さようならと言いながら立ち去ったようだ。
天から声が反響する。
「魂無き殻むくろ、無貌の豹変者」
「お前が望むのは」
「競奏曲を育む命だ」
俺は目を閉じた。
_________________
俺が目を覚ましたのは、もはや見慣れた天井がある家。
おじいさんのログハウスだった。
俺が初めてこの家に来てから既に一年が経過している。
段々とこの家に馴染んでしまった。
首の痛みを我慢しつつ、ゆっくりとその場で深呼吸する。
額と体には大量の寝汗で服と髪が肌にくっついていた。
少々ベトベトしていて気分が悪い。
俺はゆっくりと起き上がる。
狩猟の前に水浴びをしたい。
背伸びをしながら小さなため息をつく。
さてと、おじいさんに挨拶しなければ。
「おはよう、お嬢さん」
「おはようございます」
下に降りて簡潔に朝の挨拶を済ます。
おじいさんはいつも通りの笑顔で俺の起床を喜んでくれる。
父親がいたという感覚はこんな感じなのだろうか?
母とは違い、いつも通り変わらない日常を喜んでくれるのだろうか?
俺には分からないが。
「おや?お嬢さん……随分と酷い寝汗だね。狩りの前に風呂に入るといいよ」
「アハハ……やっぱりそう見えます?」
おじいさんは俺の小さな変化にいつも気がついて気を使ってくれる。
俺はそれをとても有難く思う。
何も言わずに察してくれるのは凄くコミニュケーションが楽だからだ。
「それでは少しお風呂に入ってきますね」
「うん、女性は常に小綺麗にしとかないとね」
「アハハ……」
*
髪留めを解き、その腰まである髪をかきあげる。
もうすぐ髪は臀部にまで届きそうである。
おじいさんに何度も散髪してはどうかと提案されたが、これは他人の体。俺が勝手に切っていいものではない。
重たいが仕方ない。
首に巻けば別に問題は無いのだから。
服をゆっくりと脱ぎさり、その場に捨て置く。
洗濯なら後ですればいい。
木製の風呂桶に湯がある。
いつでも入れるように火はいつもつけてある。
薪だからこそ出来る贅沢だ。
だが、朝方なので少し生温い。
薪を入れとくべきだったかと軽く後悔する。けれど今はこれでいい。
肩までゆっくりと浸かる。このぐらいの熱さなら湯あたりすることもないだろう。
「はぁー……」
小さな溜め息を一つ。
心の疲れから来た溜め息だろうか?この一年全くこの状況に進展がないのも確かだ。
元の世界に帰りたい、という気持ちはないがせめて何故こんな事が起きたぐらいかは知りたい。
そして、この体を持ち主に返したい。
うばったものだから、返さなくては……。
「でも、どうしたらいい?」
俺にはこの一年が無駄に感じてきてならなかった。
分かるはずもない事だから。だからこそ見つけたいと思うのに。
願えば願うほどにその遠さに絶望する。
元の世界では、無かった感情。俺は確かに出来ていたはずなのに。
いつまでも消えないわだかまりが俺の中でずっと気持ち悪く居座っていた。
______________
風呂から上がり服に袖を通す。
純白のワンピース。
山ぐらしなため、色々と汚すことが多いが全く汚れることなく洗濯される。
この世界では汚れの落ちが違うのだろうかと始めは考えたが今になってはもはやどうでもいい事になってしまった。
髪を再び一本に纏め、首にマフラーの要領で巻き付ける。
一番楽で、機能的なやり方だ。
これで身支度は完了だ。
俺はおじいさんが待つ部屋へと駆け出した。
おじいさんはいつもと変わらない様子で待っているであろう部屋。
その場所へと。
しかし。
「……」
そこにいたのはおじいさんだけでは無かった。
三十代前半の男性がおじいさんと向かい合う感じでいた。
そこはかとなく、おじいさんに似ているような気もしなくない。おじいさんはいつもの優しげな顔はなく、鋭い目線で男を睨みつけている。
あんな顔をしたおじいさんは初めて見た。
男性がこちらに気がついたのか目線だけ向けてくる。
その目線で気がついたのか、おじいさんもこちらを見てくる。しかし、さっきの鋭い目線はなく。優しげな顔で微笑みながらこちらを見てくる。
「上がったのかい?」
「はい……あの……そちらの方は?」
「あぁ、私の息子だよ」
息子と言った男性におじいさんは目線を向ける。その目線で男性はしぶしぶといった形で会釈をしてくる。
「今日は狩りは中止にしよう。外で遊んでおいで?」
「は、はい……」
これは立ち去ったほうがいいだろう。家族の会話に口を挟んだり、聞いたりするのはマナー違反だ。
俺はそう判断すると、外へ駆け出した。
素振りでもしようかな?
俺はこの一年間、真剣になれるために素振りを繰り返してきた。女の体だから仕方ないと思うが、未だに腕は華奢で筋肉は全くつかない。
これでは何も出来ないだろう。
だが、続けることに意味がある、今日もそれをするだけだ。
________________
「今なんと言った?」
重苦しい声色でおじいさんは呟いた。
「だから、養女にしてはどうかと言ったんです」
「……」
「いくらあなたが隠居した身とは言え、あんな素性の分からない少女を置いといたら被害を受けるのは私達なんです。それならばいっそ、養女にして教育を施し、そこら辺の貴族と結婚させた方が私達の名誉は守られますし、あの子のためです。幸い、今見たところ彼女は将来かなりの美人になりそうですし、当てはいくらでもあります。もしかしたら、皇妃も夢ではないでしょう」
「あの子に我々の遊戯に貢献しろと言うのか?記憶を無くした哀れな少女に貴族の真似事をさせるつもりか!!?」
「それがあの子のためです。ひいては我々一族のためでもあります」
「ふざけるな!!」
「ふざけているのは貴方ですよ!!」
男が机を思いっきり殴りつける。
机が乾いた音をたてる。
「あなたのせいでどれほどの人に迷惑がかかったと思っているんですか?!!母様までもが……。全部あなたのせいですよ!!あの時、あなたがしっかりしていれば。こんな、こんなことには……。その癖、こんな山奥まで逃げ込んで、今度は素性の知らない奴の親代わり?ふざけるのは大概にしろ!!」
男はハァハァと荒い息をつきながらソファーに座りなおす。
その顔には声とは違い、怒りの感情はない。
「とにかく、結論はお早めに送ってください。返事次第によっては実力行使でやらせてもらいます。では、さようなら」
簡潔な別れの挨拶。
おじいさんの息子のはずなのに何故こんなにも冷たい会話しか出来ないのだろう?
俺は外の小さな隙間からその様子を目にして思った。
否、方向性が違うだけで元の世界での俺と母親の会話と変わらない。
洗脳に近い冷たい母の頑張れという声だ。
今まで分からなかった。気がつけなかった。
俺はおじいさんに迷惑をかけていたなんて……。
もう充分だ、もう沢山だ。
誰かから見放されるのはもう嫌だ。
今夜、俺はここを何も告げに離れよう。生き返ってまで迷惑をかけたくなんて無い。
この世界にも俺の居場所なんてどこにも無かったのだ。
結局、俺は厄介者。
灰色の雲がどこまでも俺の存在を薄く隠した。
それは何処か懐かしい感覚。
あぁ、これこそが……。
フランスのモラリスト文学者 ラ・ロシュフーコー
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あぁ、またこの夢か……。
頭の中でぐちゃりとしたとしたものがドロドロに溶けて混じり合う。
泡立て器で作られる真紅のシャボン玉。
絶望などとうの昔に超えている。
殺した。
俺が殺した。
私が殺した……のだろうね?
燃え盛るオーブンで焼かれた人肉丸焼きと。
ふやけた水死体で出汁をとったスープを召し上がれ?
これは俺が作った料理。
俺が奪った命。
「お前だ」
「貴様だ」
「貴方だ」
「手前だ」
無数の声が一斉に俺の耳元で囁き、叫ぶのだ。
『なぜ生きている』のかと?
光は消え去り暗い影だけが俺を照らす。
【あの場所】で幾度も死だけを望んで、自分の頭を冷たいコンクリートに打ち付ける。
(死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい!!)
いくらぶつけても俺の頭のぐちゃりとしたものは出てきてくれない。
苦痛はないが、何千という虫が体を這っているかのようなただむず痒さと怖気だけが俺の官能を刺激する。
(まだ足りない)
灰色の地面に真っ赤なお花が咲いてもまだ駄目だ。
(俺の脳漿をぶちまけるまで続けろ)
(死ぬには全然足してない)
*
ベチャ、ベチャ、ベチャ
ミンチ肉が奏でる素敵な交響曲。
肉と骨のハーモニー。
俺ではない肉が天から、まるで噴火のように降り注ぐ。
愛おしい人達の屍の天気。
(でも)
「これじゃない」
「俺が奏でたいのはこれじゃない」
黒色の濃霧が俺の視界を隠す。
まるで俺の目が、さようならと言いながら立ち去ったようだ。
天から声が反響する。
「魂無き殻むくろ、無貌の豹変者」
「お前が望むのは」
「競奏曲を育む命だ」
俺は目を閉じた。
_________________
俺が目を覚ましたのは、もはや見慣れた天井がある家。
おじいさんのログハウスだった。
俺が初めてこの家に来てから既に一年が経過している。
段々とこの家に馴染んでしまった。
首の痛みを我慢しつつ、ゆっくりとその場で深呼吸する。
額と体には大量の寝汗で服と髪が肌にくっついていた。
少々ベトベトしていて気分が悪い。
俺はゆっくりと起き上がる。
狩猟の前に水浴びをしたい。
背伸びをしながら小さなため息をつく。
さてと、おじいさんに挨拶しなければ。
「おはよう、お嬢さん」
「おはようございます」
下に降りて簡潔に朝の挨拶を済ます。
おじいさんはいつも通りの笑顔で俺の起床を喜んでくれる。
父親がいたという感覚はこんな感じなのだろうか?
母とは違い、いつも通り変わらない日常を喜んでくれるのだろうか?
俺には分からないが。
「おや?お嬢さん……随分と酷い寝汗だね。狩りの前に風呂に入るといいよ」
「アハハ……やっぱりそう見えます?」
おじいさんは俺の小さな変化にいつも気がついて気を使ってくれる。
俺はそれをとても有難く思う。
何も言わずに察してくれるのは凄くコミニュケーションが楽だからだ。
「それでは少しお風呂に入ってきますね」
「うん、女性は常に小綺麗にしとかないとね」
「アハハ……」
*
髪留めを解き、その腰まである髪をかきあげる。
もうすぐ髪は臀部にまで届きそうである。
おじいさんに何度も散髪してはどうかと提案されたが、これは他人の体。俺が勝手に切っていいものではない。
重たいが仕方ない。
首に巻けば別に問題は無いのだから。
服をゆっくりと脱ぎさり、その場に捨て置く。
洗濯なら後ですればいい。
木製の風呂桶に湯がある。
いつでも入れるように火はいつもつけてある。
薪だからこそ出来る贅沢だ。
だが、朝方なので少し生温い。
薪を入れとくべきだったかと軽く後悔する。けれど今はこれでいい。
肩までゆっくりと浸かる。このぐらいの熱さなら湯あたりすることもないだろう。
「はぁー……」
小さな溜め息を一つ。
心の疲れから来た溜め息だろうか?この一年全くこの状況に進展がないのも確かだ。
元の世界に帰りたい、という気持ちはないがせめて何故こんな事が起きたぐらいかは知りたい。
そして、この体を持ち主に返したい。
うばったものだから、返さなくては……。
「でも、どうしたらいい?」
俺にはこの一年が無駄に感じてきてならなかった。
分かるはずもない事だから。だからこそ見つけたいと思うのに。
願えば願うほどにその遠さに絶望する。
元の世界では、無かった感情。俺は確かに出来ていたはずなのに。
いつまでも消えないわだかまりが俺の中でずっと気持ち悪く居座っていた。
______________
風呂から上がり服に袖を通す。
純白のワンピース。
山ぐらしなため、色々と汚すことが多いが全く汚れることなく洗濯される。
この世界では汚れの落ちが違うのだろうかと始めは考えたが今になってはもはやどうでもいい事になってしまった。
髪を再び一本に纏め、首にマフラーの要領で巻き付ける。
一番楽で、機能的なやり方だ。
これで身支度は完了だ。
俺はおじいさんが待つ部屋へと駆け出した。
おじいさんはいつもと変わらない様子で待っているであろう部屋。
その場所へと。
しかし。
「……」
そこにいたのはおじいさんだけでは無かった。
三十代前半の男性がおじいさんと向かい合う感じでいた。
そこはかとなく、おじいさんに似ているような気もしなくない。おじいさんはいつもの優しげな顔はなく、鋭い目線で男を睨みつけている。
あんな顔をしたおじいさんは初めて見た。
男性がこちらに気がついたのか目線だけ向けてくる。
その目線で気がついたのか、おじいさんもこちらを見てくる。しかし、さっきの鋭い目線はなく。優しげな顔で微笑みながらこちらを見てくる。
「上がったのかい?」
「はい……あの……そちらの方は?」
「あぁ、私の息子だよ」
息子と言った男性におじいさんは目線を向ける。その目線で男性はしぶしぶといった形で会釈をしてくる。
「今日は狩りは中止にしよう。外で遊んでおいで?」
「は、はい……」
これは立ち去ったほうがいいだろう。家族の会話に口を挟んだり、聞いたりするのはマナー違反だ。
俺はそう判断すると、外へ駆け出した。
素振りでもしようかな?
俺はこの一年間、真剣になれるために素振りを繰り返してきた。女の体だから仕方ないと思うが、未だに腕は華奢で筋肉は全くつかない。
これでは何も出来ないだろう。
だが、続けることに意味がある、今日もそれをするだけだ。
________________
「今なんと言った?」
重苦しい声色でおじいさんは呟いた。
「だから、養女にしてはどうかと言ったんです」
「……」
「いくらあなたが隠居した身とは言え、あんな素性の分からない少女を置いといたら被害を受けるのは私達なんです。それならばいっそ、養女にして教育を施し、そこら辺の貴族と結婚させた方が私達の名誉は守られますし、あの子のためです。幸い、今見たところ彼女は将来かなりの美人になりそうですし、当てはいくらでもあります。もしかしたら、皇妃も夢ではないでしょう」
「あの子に我々の遊戯に貢献しろと言うのか?記憶を無くした哀れな少女に貴族の真似事をさせるつもりか!!?」
「それがあの子のためです。ひいては我々一族のためでもあります」
「ふざけるな!!」
「ふざけているのは貴方ですよ!!」
男が机を思いっきり殴りつける。
机が乾いた音をたてる。
「あなたのせいでどれほどの人に迷惑がかかったと思っているんですか?!!母様までもが……。全部あなたのせいですよ!!あの時、あなたがしっかりしていれば。こんな、こんなことには……。その癖、こんな山奥まで逃げ込んで、今度は素性の知らない奴の親代わり?ふざけるのは大概にしろ!!」
男はハァハァと荒い息をつきながらソファーに座りなおす。
その顔には声とは違い、怒りの感情はない。
「とにかく、結論はお早めに送ってください。返事次第によっては実力行使でやらせてもらいます。では、さようなら」
簡潔な別れの挨拶。
おじいさんの息子のはずなのに何故こんなにも冷たい会話しか出来ないのだろう?
俺は外の小さな隙間からその様子を目にして思った。
否、方向性が違うだけで元の世界での俺と母親の会話と変わらない。
洗脳に近い冷たい母の頑張れという声だ。
今まで分からなかった。気がつけなかった。
俺はおじいさんに迷惑をかけていたなんて……。
もう充分だ、もう沢山だ。
誰かから見放されるのはもう嫌だ。
今夜、俺はここを何も告げに離れよう。生き返ってまで迷惑をかけたくなんて無い。
この世界にも俺の居場所なんてどこにも無かったのだ。
結局、俺は厄介者。
灰色の雲がどこまでも俺の存在を薄く隠した。
それは何処か懐かしい感覚。
あぁ、これこそが……。
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