落ちこぼれの冒険者だけど、地上最強の生き物と共に最強を目指すことになりました。
第4話 牙剥く影
***
その後、キャラバンは何事もなくコルシャの森へと踏み入った。
コルシャの森は、近隣を活動拠点にする冒険者の間でも、とくに有名な魔物の群生地として知られている。
鬱蒼と生い茂る、背の高い木々に覆われた内部は、常に薄暗い。思うように得られない視界に苦戦する人々は、そこに住む五感の発達した魔物たちにとって、格好の獲物なのだ。
そして何より最大の特徴は、生息する魔物の多様さにある。南北に広い面積を擁するコルシャの森は、その規模の広さから動植物も多種多様に群生しているため、それを狙う魔物たちがこぞって集まるのだ。
魔物が動植物を食らい、そして魔物をさらに大きな魔物が食らう。人の手が入らないが故に、長きにわたって続いてきた食物連鎖によって成り立った独特の生態系は、まさしく天然の魔物博物館と呼ぶにふさわしい様相を呈していた。
「――くそっ、減らない!!」
――そして、そんなコルシャの森の真っただ中。トーヤ属するキャラバンは、無数の魔物たちに襲われていた。
時間にすれば、ほんの10数分ほど前。森の中に踏み入ったということもあり、充分に警戒しながら進んでいたトーヤ達キャラバンの面々は、不意に茂みから飛び出してきた魔物と交戦状態に突入した。
単独、しかも森に出没する魔物の中では弱い方に分類されるその魔物を片付けるのは、たとえトーヤ一人だったとしても造作もなかっただろう。しかし、はぐれ魔物を片付けたその直後、不意に四方八方から飛び出してきた魔物たちが、一斉にキャラバンへと攻撃を仕掛けてきたのだ。
仕組まれていたにしては、あまりにも不自然な登場の仕方。そして、襲い掛かってきた魔物が群れではなく、様々な魔物がごちゃ混ぜになった混合軍だという事実に疑問を呈する暇もなく、トーヤ達は大乱戦を余儀なくされて――今に至る。
「トーヤ下がって! レナ、範囲魔法もう一発!」
「はいっ――吹雪魔法!!」
ゼルトの指示に従い、レナが掲げた杖から魔法を発動する。生み出された氷を孕む絶対零度の嵐が、また一つの魔物の集団を吹き飛ばした。
「オラオラオラアアァァァ!!!」
直後、吹雪魔法を追いかけるような形で、ヴェルグが猛烈な勢いで魔物の群れめがけて突撃する。その手に持った大剣が、主の闘志を受けてギラリと輝いた。
ヴェルグの太い腕が生み出す膂力で振るわれた大剣は、質量の暴風となって魔物たちを紙屑のように吹き飛ばす。そのまま二撃、三撃と大剣が振るわれるたび、嵐に巻き込まれるように魔物たちが宙を舞った。
「召炎魔法! はああぁぁッ!!」
レナやヴェルグに続くように、トーヤもまた自身に出来る精一杯の攻撃を魔物めがけて叩き込む。召炎魔法が生んだ炎を受けて怯んだ敵めがけて、トーヤの剣が鋼色の軌跡を生み出した。
「せやぁッ!!」
直後、トーヤの真横を掠めるようにして、ゼルトが突き出した槍が烈風を巻き起こす。螺旋を描くように吹き荒れた衝撃は、一直線に魔物たちの群れを穿った。
「トーヤ、こっちは戦技を持ってる僕が受け持つから下がって。念のために、商人さんたちを護衛するんだ」
「わ、わかりました」
普段の余裕を含んだ表情とは程遠い、逼迫した表情のゼルトに促されて、トーヤは大人しく引き下がる。現在の状況では、出しゃばりをするのは自殺行為に等しいことを、彼も理解していた。
「穿て――「スピアブレイク」!!」
小さく呟いたゼルトの構える槍が、淡い光に包まれる。直後、ゼルトが虚空めがけて槍の切っ先を突き込むと、先ほどと同じような旋風が吹き荒れた。
魔力を操ることができるのは、何も魔術の才を持つ人間だけではない。その力を放出する方法が違うだけで、得物を扱う戦士のような人間にも、魔力を行使する技は存在するのだ。
魔力を武器に纏わせ、攻撃と共に打ち放つことで、通常成し得ない破壊力や、絶対に届かない場所への攻撃を可能とする技。それが、戦士系の人間が得意とする「戦技」だ。
「魔力を現象へと変換し、その現象が持つ効果と共に魔力を直接叩きこむ」技である魔術とは違い、戦技は「魔力によってその武器がもたらす破壊力を増幅する」という特徴がある。それ故、魔術に耐性を持つ敵に対しては、純然たる破壊力で攻撃できる戦技は強烈な有効打になりえるし、現在ゼルトたちが相手している通常の魔物に対しても、その破壊力で圧倒することができるのだ。
――もっともその技術は、剣を得物とするはずのトーヤには使えない。剣術の才能が中途半端なことに加え、戦技とは相反する存在である魔術を行使する戦闘スタイルが枷となって、トーヤには戦技が使えないのだ。その点においても、彼はどこまでも半端者なのである。
故に、現状においてトーヤに出来ることと言えば、各々の技術に秀でた三人が打ち漏らした敵を確実に叩き、商人たちの安全を最優先にすることだけ。それを頭で理解しつつ、率先して戦うことのできない自分の才覚の無さを悔やんで、トーヤは歯噛みしていた。
「戻りました、護衛します!」
「おぉ、助かるよ! ……それで、状況は?」
魔物に囲まれ、立往生を余儀なくされた馬車へと戻り、トーヤは商人の男性と顔を突き合わせる。戦況を聞かれたトーヤは、複雑な面持ちで口を開いた。
「……今のところ、優勢です。あの人たちの言う通り、あの三人ならこの森の魔物は充分に対処しきれます」
「そう、か。それは良かった。……はぁ、やれやれ。恐ろしい数の魔物に囲まれたことは流石に肝が冷えたよ」
事なきを得られそうだということを理解して、男性を含む商人たちはほっと安堵の息を吐く。万が一があるかもしれない、という言葉は、そんな彼らの様子を見たことによって、喉の奥で押しとどめられた。
「今のうちに、移動の準備をしておいてください。このままここにとどまるのは危険です」
「おぉ、そうだな。わかったよ。わざわざありがとうな」
「いえ。俺はこのまま、ここであなたたちを護衛しています」
そそくさと移動の準備を始める商人たちを一瞥して、トーヤはゼルトたちが戦っている方を見やる。
魔法が舞い、重い攻撃が飛び、戦技が炸裂する。一つ一つの攻撃が、無数の魔物たちを巻き上げているのを見るに、そう遠くないうちに戦闘は終了するはずだ。
それを理解して、戦闘で赤熱していたトーヤの頭が冷える。直後に考えるのは、今の戦いの発端となった、大量の魔物と遭遇した時の出来事だった。
(……どうして、魔物たちはこんなにごちゃまぜの群れで攻めてきたんだ?)
魔物たちが人間を襲う時は、自分たちの群れだけで襲撃を仕掛けてくるのが常識だ。別の群れに獲物を横取りされるような懸念がある中で狩りをするなど、独り占めできる利益をわざわざ献上しているようなものだろう。
しかし実際のところ、今回の襲撃は様々な群れが入り混じったものだ。それも二つや三つの群れが混じるというわけでもなく、魔物一種一種の数も違えば、住まうテリトリーさえも違うような魔物たちが、一緒くたになって襲い掛かってきたのである。
(そんなことをする利益なんて、魔物たちにはないはず。だったら、どうして……?)
戦闘の余波を見守りながら、トーヤはひたすらに考える。そこでふと、魔物たちと交戦状態に入る前の光景が、脳裏によみがえった。
果たして、本当に魔物たちは自分たちを襲いに来たのだろうか? あの挙動はどちらかと言えば、襲撃に来たというよりも――。
(――いや、待てよ?)
そこまで考えて、トーヤははたと気づく。
もしやこの魔物たちは、襲撃に来たのではなく、もっと別のナニカを目的にしていたのではないだろうか。そんな予想が、彼の脳裏をよぎったのだ。
「――っしゃあ! 全部まとめて片付けてやったぜ!!」
さらに思考の深みに沈もうとしたトーヤだったが、不意に響いてきた声に中断される。顔を上げてみてみれば、そこには大剣を高々と掲げ、豪気な笑いを響かせるヴェルグの姿があった。周囲を見回せば、他の二人もあらかた片付けたのだろう。疲れたような表情を浮かべつつも、やり切ったような清々しい顔でキャラバンの方に戻ってきていた。
「それにしても、すごい数だったわね」
「そうだね。それに、魔物たちが種類関係なく襲ってきたから、大変だったよ。レナの魔法が無ければ、押し切られてたかもしれない」
「それを言うなら、私はゼルトやヴェルグが居なければ魔法を撃てなかったわ。お互いさまって奴よ」
寄り集まり、ゼルトたちは互いの健闘を称える。これはまたいつもの流れだろうか――などと、先ほどまでの思考を放棄したトーヤは、逃げるように静かに後ずさった。
その直後、不意にかすかな揺れがトーヤの足元に伝わってくる。
「……?」
先ほどまで、そんなものは感じなかった。それ故、余計に揺れが気になったトーヤは、ゼルトたちから視界を外し、周囲を見渡しながら五感を研ぎ澄ました。
すると、再び足裏を揺れが伝う。今度は先ほどのようなかすかなものではなく、確かな振動としてトーヤの下を駆け抜けた。
「――まさか」
同時に、先ほどまでの思考が再開される。
もしや先ほどの魔物たちの目的は、キャラバンではなくもっと遠いところではなかったのだろうか。或いは、目的など無かったのではないだろうか。
そう、例えば――――何か巨大な脅威から、逃げようとしていたのではないだろうか? そう考えると、トーヤの頭の中で、何かが音を立ててはまり込んだような感覚が生まれた。
思い返せば、魔物たちの挙動もどこかおかしい物ばかりだった。最初に出くわした時も、彼らはキャラバンの存在など露ほども気にしてなかったのである。
ならば、彼らが目的としているのは何か。そう考えると、自然と答えは示されたのだ。
「……商人さん、ゼルトさん。今すぐ出発しよう」
「うん? あぁ、元よりそのつもりだけど……今更どうし――――」
どうした、とゼルトが言いきるよりも早く、地面が鳴動する。先ほどまでトーヤが感じていたモノとは明らかに違う、腹の底から突き上げられるような振動が、その場にいた面々を襲ったのだ。
「っ――なんだ?! 何の揺れだ!」
叫ぶヴェルグをあざ笑うかのように、振動は続く。ズシン、ズシンと響くそれは、明らかに自然が生み出す音ではなく。
「お、おい、冒険者さんッ――あいつ!!」
直後、商人の男性が、何かを見つけた。今にもひっくり返りそうな上ずった声で、ある一点を指し示した男性の指が示す方を見たトーヤ達の視界に。
――翼とも刃ともつかない巨大な器官を備えた、見上げるほどの体躯を持つ獅子が、映り込んだ。
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