落ちこぼれの冒険者だけど、地上最強の生き物と共に最強を目指すことになりました。

矢代大介

第3話 護衛依頼


「やぁ、君たちが依頼を受けてくれた冒険者か」
「どうも。リーダーのゼルト・リーディです。行軍の間、宜しくお願いしますね」

 豊かなひげと深い皺を持ちつつも、しっかりと背筋の伸びた老人――依頼主である商人の老人とゼルトが、代表として固く握手を交わす。その背中を、トーヤは複雑な面持ちで見守っていた。

 ゼルト率いるパーティが護衛依頼を引き受けることを決めてから、二日後の朝。トーヤ達は護衛対象である商人の一団と合流し、詳細な打ち合わせを兼ねて挨拶を交わしていた。

「いやはや、腕の立つパーティだということは充分保証されているが……よもやここまで若い連中で構成されているとは思わなかったよ。そこのお前さんなんて、まだ20にもなっておらんだろう?」

 興味深そうにゼルト率いるパーティを観察していた商人が、不意にトーヤへと視線を向ける。好奇の目線に晒されて一瞬たじろぐトーヤだったが、その問いかけに悪意が無いことを理解して、小さく頷いた。

「じ、17歳です」
「ほう、ほう! その年でいっぱしの冒険者として働けているとは、立派なものだ。今日も頑張っておくれよ」
「は、はいっ」

 混じりけのない純粋な期待を向けられて、トーヤはむずがゆい気持ちを覚える。しかしその直後、横入りしてきた大きな影にトーヤの身体が覆い隠されてしまった。

「おいおいじーさん、勘違いしちゃいけねえぜ。こいつはただの器用貧乏の役立たずだ。せいぜい雑用にこき使ってやってくれや」
「む? おぉ、そう言ってくれるなら有り難い。道中で魔物と戦った際、隊商の幾人かが負傷してしまったものでな。手を貸してくれるというなら、願ったりかなったりだよ」
「…………はい」

 理不尽に貶されていることを理解しつつも、ここで諍いを起こすのが得策ではないことを――そうし向けられたことを理解して、トーヤは気取られない程度に唇を噛みながら頷く。
 結局、反論らしい反論も、否定らしい否定もできないまま、トーヤは彼らの雑用を任されることになった。


***


 トーヤの属する冒険者パーティと商人の一団が合わさったキャラバンは、ゆったりとしたペースでひたすらに街道を走る。道中では魔物たちの襲撃もなく、非常に穏やかな道のりが続いていた。
 しかし平和な反面、それは想定していた仕事が無いということでもある。なので暇を持て余したゼルトのパーティは、休憩が来るたび、鈍るのを防止するがてら軽い模擬戦を行っていた。

 道中、キャラバンの面々は何度か休憩を挟んで行軍する。狭い馬車の中ではゆっくりとくつろぐこともできないため、長い休憩を取る際には、外で小さな野営地を作り、そこに腰を下ろして休憩を取っていた。その野営地にほど近い場所で、今日もゼルトたちのパーティは思い思いに鍛錬や模擬戦を行っているのである。


「はあああぁぁッ!!」
「よっと!」

 裂帛の雄叫びを上げて、トーヤが手にした剣で斬りかかる。紐を使って鞘に括りつけられた剣は、しかし軽く振るわれたゼルトの槍に、あえなくいなされた。

「く、そっ!」
「もう終わりかい? なら今度は、こっちから!」

 吹き飛ばされて体勢を崩し、たたらを踏むトーヤめがけて、今度は皮を巻いて刃を潰したゼルトの槍が突き込まれる。慌てて防御するが、鋭い刺突の嵐をすべて受けきることは叶わず、瞬く間にトーヤは押し込まれていった。

(隙が無い……! なら、魔法を使って――)
「隙あり!」
「っ、しま――」

 このままでは埒が明かない。そう考え、魔法を放とうとするトーヤだったが、その思考の隙をゼルトは見逃さなかった。ひと際鋭い一撃を貰ったトーヤの剣は、衝撃に耐えかねて手の中から離れ、吹き飛ばされてしまう。

「く――召氷魔法フェリル!」
「おっと」

 苦し紛れに、トーヤは殺傷力を持たないように加工した氷を放ち、ゼルトを牽制。彼の足を止めるには至らなかったが、その速度を殺すことに成功したのを受けて、トーヤは弾き飛ばされた剣を急いで回収した。

「だあああぁぁぁ!!」

 剣を取り戻すと同時に転進し、トーヤは矢のようにゼルトめがけて疾駆する。対するゼルトは特に対策を講じるでもなく、構えを解かないままトーヤを真っ向から待ち構える体勢に出た。
 数瞬の後、乾いた音が平原にこだまする。――トーヤが放った渾身の一撃は、ゼルトの槍に阻まれ、完全に受けきられてしまった。

「くっ……!」
「まだまだ、だね!」

 歯噛みする暇もなく、体重を乗せたゼルトの一押しに体勢を崩される。立て直す暇もなく地面に転がされたトーヤに向けて槍の切っ先が突きつけられ、模擬戦の終了が告げられた。

「勝負あり。やっぱり、君は弱いね」
「ぐぅ……」

 ぱちんとウィンクするゼルトの言葉に反論する手立てを持てないまま、トーヤは悔しさを噛みしめる。今日もまた、トーヤは模擬戦の連敗記録を更新していた。

「おーい、ちょっといいか。この先の進路について相談したいんだが」
「あ、はい。わかりました。すぐ行きますね」

 服に着いた汚れを払い、武器に施した保護具を取り外していたところで、商人の男性が声をかけて来る。
 いち早く準備を済ませたゼルトに遅れながら、トーヤも彼らの会議を聞くためにゼルトの背中を追った。




「さて、君たちに集まってもらったのはほかでもない。この先の進行ルートを決めるために、君たち冒険者の意見を伺いたいのだよ」

 そう前置きをしてから、商人の男性は簡易テーブルの上に地図を広げた。言葉尻から見て、それがこの周辺の地図だということは容易に見て取れた。

「今回ワシらが輸送している荷物の中には、いくつか日持ちするか怪しい品物があってな。こちらとしては、なるべく早めにアゼットの町へと到着したいというのが本音なのだよ。……だが、ここから町への最短ルートを通るとなると、この森を抜けなければならないのだ」

 そう言って商人の男性が指さしたのは、大きな森。今現在、トーヤ達が通っている街道を示す線は、真っ直ぐに森の中へと伸びていた。

「コルシャの森……そこそこ強い魔物たちが生息している場所ですね。ここを抜けようと考えているのですか?」
「うむ。できればここを通り抜けたいというのが、ワシらの意見だ。この森を迂回するとなると――」

 男性の指が、現在地から森の途切れている場所めがけて、ぐるりと半円を描く。縮尺を考えずとも、その迂回路が非常に遠回りな道のりだということは、誰にでも理解できた。

「ざっくり見積もっても、予定していた日数の倍はかかる。日持ちしない物の中にはそこそこの値で売ろうと考えていた物がある故、危険を承知でこのまま最短ルートを通りたい……というのが本音なのだよ。冒険者さんたち、この森を通るか迂回するか、それに関する意見を聞きたい」
「なるほど……わかりました。少し待っててください」

 商人の言葉に納得の意を見せたゼルトは、振り向いて背後に待機していた3人に向き直った。

「というわけだ。コルシャの森を経由するかどうか、みんなの意見を聞かせてくれ」

 ゼルトの言葉を受けて、真っ先に手を上げたのはヴェルグだった。

「迷うことはないだろう? 俺たちの実力なら、コルシャの森の魔物程度、どうとでもならぁ」
「そうね。ゼルトやヴェルグの実力もあるし、何より私の魔法もある。この付近には危険な魔物も住んでないし、私たちで倒せない敵は無いはずよ」

 続けざまに、レナも同意する。二人の意見を受けたゼルトは、さも当然のようにトーヤの方を無視し、満足げな笑みを浮かべた。

「だね。森の主が住んでいるところからは離れているし、危険な魔物が目撃されたっていう情報も、今のところは入っていない。きっと、僕らなら大丈夫だ」

 そう結論付けると、やはり当然のようにトーヤを視界に収めることもなく、商人の男性の方に振り返った。

「大丈夫です。たとえ魔物に襲われても、僕たちのパーティがあなた方をしっかりとお守りします!」
「そうか、それは有り難い! 無事に運び終えたら、報酬は弾ませてもらうと約束するよ」
「任せてください!」

 固く握手を交わす二人を、トーヤは複雑な心境で見守る。
 確かに、ゼルトたちは強いし、これから通ることになるエリアには、彼らに敵う魔物も生息していない。結論を言うならば、トーヤ自身も森を突っ切ることには賛成だった。

(……曲がりなりにも、俺だってパーティメンバーなのに)

 だが、ゼルトはトーヤのことをさもいないかのように扱っている。それがパーティとしてあるべき姿なのかということを疑問に思い――そして自分のことを無視されたことに憤慨つつ、トーヤは具体的な作戦を詰める二人を見つめていた。


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