落ちこぼれの冒険者だけど、地上最強の生き物と共に最強を目指すことになりました。

矢代大介

第2話 半端者の冒険者


***


「その顔、さてはまたケンカしたね? トーヤ」

 サバサバとした印象を受ける口調で、快活そうな笑みを浮かべる女性が笑う。顔だけで何があったのかを見抜かれて、トーヤは複雑そうな表情で頭を掻いた。

「……父さんたちのこと馬鹿にされて、つい」
「なるほど。そりゃ怒って当然だね。……さっさと抜ければいいんじゃないか、って言ってあげたいんだけどねぇ」

 女性の手には、先ほどまでトーヤが使っていた剣。手慣れた様子で刀身を確認すると、これまた慣れた手つきで砥石を当て、研磨を始めた。

「それが出来たらやってるよ。エヴァ姉も知ってるだろ、単独ソロの冒険者は実力が無いと自殺行為だって」
「まぁねー。でも、パーティを組んでも諍いで連携が取れないのは問題なんじゃない?」
「それもそうだけど……」

 ぼやくトーヤに対して、剣の手入れをするエヴァという名の女性は至極まっとうな意見を口にする。

 それぞれの準備を整えるため、パーティが一時的に解散した後、トーヤが足を運んだのは、移動式の鍛冶屋だった。
 安価な依頼料で良質な手入れを行き届かせてくれるという評判で有名なその店は、彼の顔なじみ――厳密にいえば子供のころから付き合いのある友人が経営している。今トーヤが話しているエヴァ、本名エヴァンジェ・スルートという女性もまた、彼が子供のころから世話になっている、いわば姉代わりの人物だった。

「それに、トーヤは剣も魔法も使えるじゃない。普通の冒険者よりもできることの幅が広いんだから、ソロでも充分戦えると思うんだけど」
「……エヴァ姉、ひょっとして俺に嫌がらせしてる?」

 冒険者がパーティを組む一番の理由は、「単独での対応力に限界がある」ということにある。
 通常、冒険者家業を営む人間の大半は、自分の強みを最大限に生かすため、扱う技能を一つに絞り込んで極める傾向にある。いつ命の危機にさらされるかもわからない家業である以上、中途半端な姿勢で挑むのは自殺行為に等しいからだ。
 そのため、それぞれ得意分野の違う冒険者たちが一つのパーティとして寄り集まり、お互いの端緒を補ってともに活動するというのは、冒険者にとっての常識である。トーヤがわざわざ反りの合わない冒険者の面々に頭を下げ、パーティに加入させてもらっているのも、それが理由だった。

「……確かに俺は、父さんの剣術も母さんの魔法も使える。だけど、俺に出来るのは「使う」事だけなんだよ。ほら、俺って半端者だからさ。使えるってだけで、「戦う」ことは出来ないんだ」

 トーヤはその身に、実力ある冒険者だった両親の才覚を受け継いでいる。父の得意分野だった剣術と、母の得意分野だった様々な魔法を操るすべを同時に行使することができるという、非常に稀有な個性を持っていた。
 ――もっとも、それが冒険者として役に立つかと言えば、答えは否である。確かにトーヤの身には両親の才能が受け継がれているが、その全てが継承されているわけではないのだ。
 竜の鱗すら切り裂くような父の剣術は、低ランクな魔物であるグラスラプトルでようやく互角レベルの、なまくらな技に。魔法に強い魔物すら一撃で屠る母の魔術は、グラスラプトルを一撃で仕留めきれない貧弱な技となって受け継がれたのが、今のトーヤなのである。
 ――つまるところ、平たく言うならば、トーヤはどうしようもなく「半端者」なのだ。
「……そういえばそうだったね。ゴメン」
「ううん、大丈夫。事実だから、大人しく受け止めるだけだよ。……剣、まだ使えそう?」

 ばつが悪そうに苦笑するエヴァに、何でもないと言った様子でトーヤがパタパタと手を振る。そのまま話題を変えると、気を取り直したエヴァが改めて笑顔で頷いた。

「大丈夫だよ。そもそも、アタシの父さんが鍛えた剣なんだ。ちょっとやそっと乱暴に扱ったところで、壊れる訳ないよ」
「それもそっか」
「ま、魔法を何発も受けたりすれば流石に話は別だろうけどね。はい、お待ちどう」

 他愛もない会話を交えつつ、トーヤは手入れの終わった剣を受け取る。グラスラプトルをはじめとした、色々な魔物と刃を交えたことで傷ついた刀身は、元通りの鋼色の輝きを取り戻していた。

「うん、流石エヴァ姉。ありがと」
「どういたしまして。……あ、ちょっとまった!」

 受け取った剣を鞘に納め、立ち去ろうとしたトーヤだったが、直後に続いたエヴァの言葉に足を止める。

「何?」
「いや、ちょっとね。悪いんだけど、ウチの子たちに治癒を頼みたいんだよ」
「うちの子……って、もしかしてエヴァ姉の従魔のこと? 何かあったの?」

 直後、不意にエヴァから頼みこまれたトーヤは、彼女の言う「ウチの子」が差すものを一瞬図りあぐねる。数瞬遅れて、それが彼女の飼う従魔ペットだということに気付いた。
 実は、エヴァという女性は鍛冶屋の見習いでありながら、魔物を従えて使役する従魔師としての才能も持ち合わせているのである。父の家業を継ぐ以前からよく魔物たちを手懐けており、昔なじみのトーヤもその成果に何度も驚かされた経験があった。

「いやぁ、ここに来るまでに「ブラッドウルフ」を飼うことになったんだけどね。護衛として魔獣と戦ってもらった時に受けた傷がまだ治らないみたいなんだ。それで、この町の治癒師に治療してもらおうと思ったんだけど……あいつらと来たら、襲われるーって騒いで逃げやがるのよ。あの子たち可愛いのに」
「そりゃまあ、ブラッドウルフって凶暴だし……。っていうか、エヴァ姉よく手懐けたね」
「えー? 別に大したことないよ。たまたま襲ってこなかった子がいて、その子にエサあげたら懐かれちゃっただけだし」
「それを大したことないとは言わないと思うなぁ……」

 そんな彼女が言うブラッドウルフとは、狼に酷似した姿を持つ魔物の一種だ。その名の通り、血のように赤い体毛を持つのが特徴であり、その気性は非常に荒い。ゆえに従魔とするにも一筋縄ではいかないため、手懐けられる者は少なく、従魔になった後も、ことあるごとに飼い主や獲物に襲い掛かる獰猛な性格から、倒すのはもちろん手懐けるにも飼いならすにも多大な労力を要する、扱いの難しい魔物なのだ。

「まーともかく、そんなわけであの子たちを治癒してくれる人間が欲しいんだ。お礼に剣の手入れ代タダにしてあげるから、頼まれてくれない?」
「良いよ。エヴァ姉の頼みなら、なおさら無碍にはできないしね」
「助かるよー。じゃ、こっちきて」

 安堵した様子で破顔しながら手招きするエヴァの背中を、トーヤは気持ち早足気味に追いかけた。

***


「そんじゃ、宜しくね。今ちょっと気が立ってるらしくて、暴れるかもしれないけど、頑張って」
「グルルル……」

 トーヤが案内されたのは、エヴァが営む移動式鍛冶屋に必要な道具を運ぶための幌馬車が止めてある天幕だった。
 ばさりと音を立てて持ち上げられた幕の奥に居たのは、吹き込んできた風に赤い体毛を揺らす、2頭のブラッドウルフ。どちらも全身に古傷を作っており、一見するとどれが真新しい傷かわからないほどだった。
 痛ましい様相に反して、その瞳にはぎらつく光が宿っている。目の前に立つすべてを噛み殺さんばかりの凄まじい形相だったが、しかしトーヤは臆することもなく、自然な足取りでブラッドウルフたちの元へと歩み寄った。

「大丈夫、大丈夫だ。敵じゃないから、な?」

 従魔師として存分に才覚を発揮するエヴァと過ごす期間も長かったために、トーヤもまたある程度従魔に対する扱いは心得ているし、冒険者として魔物と戦ってきた経験から、魔物に対して大きく恐怖することもない。その、ある意味では非常に図々しいともいえる態度に何かを感じ取ったのか、ブラッドウルフたちは唸り声を収め、少しだけ身体を弛緩させた。

「よし、いい子だ。――治癒魔法ヒルティア

 静かな声音でブラッドウルフたちをなだめてから、トーヤは2頭の患部へと同時に手をかざす。小さく深呼吸を挟んで精神を集中させた後、傷を癒すための魔法を発動させた。
 直後、かざされたトーヤの右手に、淡い緑の光が生まれる。小さな妖精がその身を瞬かせているような幻想的な光は、音もなくブラッドウルフたちの傷へと吸い込まれ、ほのかな発光現象を引き起こした。
 すると、わずかに血を滲ませていた患部から、滲んでいた血がするりと引く。同時に、不可視の力に引き合わされているかのように、傷口がひとりでに閉じはじめ、数秒の後にぴったりとくっつき、接合された。
 時間にして、わずか30秒ほど。それだけの時間で、ブラッドウルフ2頭が負っていた真新しい傷は、禿げた体毛以外に確認できないほど、しっかりと治療された。

「よし、と。もういいぞ」

 治療を終え、トーヤが数歩ほど離れたのを確認したブラッドウルフたちは、そこで自分たちの負っていた傷が治っていることに気付いたらしい。不思議そうに自分の身体を確認しているのを、トーヤは静かに見守っていた。

「――っぷわ! ちょっ」

 かと思えば、次の瞬間には近寄ってきたブラッドウルフたちに、べろりと顔を舐められる。あまりにもいきなりの事態に動転しつつ、エヴァに助けを求めようとしたが、彼の視界に映ったのは満足げな笑みを浮かべ、それからトーヤの姿を見て笑う、知己の女性の姿だけだった。

「あははは! トーヤったら、懐かれちゃったみたいだね。その子たち賢いからね、自分の傷を治してくれたのを理解して、感謝してるんだよ、きっと」
「うぶっ……そ、それは分かってるからたすけ、んぷぇっ」
「ごめーん、その子たち気に入ったら中々離さないからさ、しばらく相手してあげて?」
「エヴァ姉ええぇぇぇ!!」

 からからと面白そうに笑うエヴァの名を呼ぶ悲痛な叫び声が、天幕の周囲にこだましていた。

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