レイブンストック伝記

akk

おっとこれは…

旗を振り下ろした瞬間、真っ先に動いたのは審判であった。
ハイドがこの闘技場に出るのは初めてではない。
そしてその天恵を知っているからこそ巻き込まれないよう全力ダッシュで駆けて行ったのだ。
それから数秒も待たずにハイドが剣を抜き天恵を使う。

白虎の雷ボルテルガー!」

そう言い剣を振ればクラッドめがけて空から雷が、バリバリと音を立て落ちてくる。
事前に天恵の能力を知らされていたクラッドは咄嗟に地を蹴って跳躍しながらそれを躱かわした。

「っぶねえな、挨拶も無しかよ!」

「今のが挨拶のつもりだったが。」

吠えるクラッドをハイドは冷たくあしらう。
事実、ハイドは挨拶がわりに一発落としただけであったため無意識なのだが。

「あーね、うん。じゃあ俺も挨拶失礼しますねっ!」

クラッドはそう言うと、以前カトレアをおぶったときに使った飛行魔法を使い、そのスピードを借りてハイドに殴り掛かる。
間一髪、なんとか剣で拳を受けきれたハイドは、大層驚いていた。
飛行魔法は便利だが魔力の消費が激しく、あまり戦闘で使う者はいない。
しかし、ハイドが驚いたのはそこではなかった。
クラッドのそれは、通常の速度を遥かに超えたものであり、今ので消費した魔力を考えると思わずゾッとしてしまう程のものだったのだ。
それは見物客達も同じで、初めて見るものに再び大きな歓声が上がる。
お互い体制を立て直すと、ハイドが口を開く。

「どうやら貴君を見誤っていたようだ。先程の無礼を謝ろう。ハイド・クリムシュアルだ」

「そりゃどうも、俺はクラッドだ。姓は忘れた」

礼儀正しいハイドの挨拶に乱雑な態度で返すクラッド。
その様は2人の対象的な性格を映し出しているかのようだった。

「クラッド、ふむ。記憶した。貴君に対して出し惜しみは無礼であろう。本気で行かせてもらうぞ、来い!白虎の雷ボルテルガー!」

ハイドから先程とは比べものにならない魔力を感じたクラッドは臨戦態勢を取る。

「貫けッ!!」

ハイドの号令が轟いた瞬間、またバリバリと雷がクラッドを襲う。
降り注ぐ雷を必死に避け続けていると、砂ぼこりに紛れて腹部に鋭い痛みが走った。

「いっ…!」

そう、ハイドは闇雲に雷を落としていたわけではない。
先程の動きを見て雷で仕留めるのは無理だと判断したハイドは、雷を落とすことでクラッドの動ける範囲を狭めていき、着実に自分の元へと誘導していたのだ。
しかしこれに気付いた所で状況が変わるわけもなく、クラッドにできるのは自身の天恵で傷を治すこととひたすらハイドの剣の相手をするくらいだった。

純黒の加護リアゼーション

クラッドがそう唱えるとどこからともなくその名に似つかわしい透き通った黒色の魔力が傷口を包み込み、見る間にその傷を塞いでいった。
それを見たハイドは思わず笑ってしまう。

「先程からやけに天恵を使わないと思っていたら、まさか治癒魔法だったとはな」

その笑いは嘲笑に近いものであった。
相手の天恵が攻撃に向かないものだと知り、油断が生まれたのだろう。
先程よりも攻撃が大胆なものになってきていた。
しかしそれがいけなかったのだ。
突然、クラッドの強烈な拳がハイドの横腹に突き刺さる。

「ぐっ!?」

更に、その衝撃でよろけたところにありえない威力の蹴りを入れられ、ハイドの体は大きく宙を舞った。
それで終わればいいものの、舞った先には空中でぐるぐると足を回転させるクラッド。
勢いを付けたその蹴りを無防備に食らい、ハイドは地上に叩きつけられた。

「かはっ…!」

衝撃で内蔵がやられたのか、ハイドは血を吐き出す。
砂ぼこりが立ち込める中、ゆっくりと人影が近づいてくるのが見えた。
危険を感じ、なんとか体制を整えようとするが、骨が折れてしまったよう。
ハイドは仰向けの状態から、上手く起き上がることができなかった。
次第に人影ークラッドが迫ってくる。

「はぁ…はぁ……」

やけに息が荒い、そして、おぼつかない足取りを不思議に思いクラッドを凝視する。
ハイドはその顔を見て表情を失った。
いや、驚きのあまり驚く事もできなかったのだ。

「っはは…足りねえ、足りねえよ、なあ?」

唖然としたまま抵抗する術を失ったハイドはそう言い馬乗りになったクラッドにひたすら殴られ続けた。
その度に鳴る鈍い破砕音、折れた骨に肉が食い込む。
今までで感じたことのないひどい激痛が何度も何度もハイドを襲った。

「ぐッ、あがっ、あああッ、こう、さ…」

クラッドはなおも上ずった笑い声を零しながら、ハイドに天恵を使う。
黒い魔力がハイドの体を包んだ。
殴っては治し、殴っては治し、ただし四肢と喉は潰したままで。
ハイドの脳はもう痛みの信号でいっぱいだった。
助けてくれ、と願った時、ピタッとクラッドの動きが止まる。
そしてフラフラと立ち上がるとどこかへ向かって歩き出していった。
痛みにより神経が衰弱しきっていたハイドはクラッドからの暴力が止むとわかると、そのままぐったりと意識を手放してしまった。


▽▼▽


「おやめなさい!」

その声にハッとして、クラッドは一度殴るのをやめ、声がした方へと進んでいく。

「姫…様…」

ブチ切れた理性が少しだけ戻ってきたようで、クラッドは気を落ち着かせようとただ歩み寄った。
そんな弱ったクラッドをカトレアは優しく受け止める。

「大丈夫、もう、大丈夫ですからね」

カトレアはそう言いながらゆっくりと背中をさすってクラッドをあやした。
それがよほど効いたようで、しばらくするとクラッドは呼吸を整えるくらいにまでは回復していた。

「悪いな、ジル・・

クラッドにバレた事がわかると、ジルはクラッドにだけ天恵の能力を解除した。

「気付くの早くな~い?そんなに好きなんだ、姫様の事」

「テメェがきしょいだけだ」

本来ならば今すぐ突き飛ばしてあわよくばぶん殴りたいところであったが、まだ万全ではないクラッドはジルに身を預けたまま口ごたえするにとどまった。

「決闘はどうなってる」

「そこは大丈夫、今頃は見事に勝利したクラッド君が礼儀正しく観客に挨拶して闘技場から出ていくところだよ~」

相変わらず恐ろしい男だ、とクラッドは思う。
そう、ジルは天恵を使ってこの闘技場にいる全員の認識をリアルタイムで書き換えていたのだ。
例え他の奴が同じ天恵を授かっていたとして、ここまで器用な真似ができるのもコイツくらいだろう。

「ありがとなジル。もう歩けるから…っておい、離せコラ」

抱きついたままで一向にクラッドから離れようとしないジルを無理やり引き剥がそうと頑張るクラッド。
しかしその頑張りも虚しく、今のクラッドではジルの力に適わなかった。
ふとジルの視線が下がる。

「へ~、まだ収まってないんじゃない。僕で抜いとく?」

冗談でもキモいから黙れと言葉で殴るつもりだったが、その視線の先には股間の膨らみがあった。
さっき久々に人を殴り溺れていたせいで、不覚にも感じてしまっていたのだ。
きっとハイドには恍惚としたみっともない顔を見せていたのであろう。
思い出すだけでも顔がひきつる。

「ほ、ほっとけ変態…!」

「変態はどっちだっての」

恥ずかしさで赤くなる姿を見てやれやれと回した腕を解いてやると、クラッドはそのままずかずかと闘技場の外へ出るため歩き出した。
その後ろに続くジル。
リングから出て待合室前の廊下を歩いているとき、ジルがふと何かを思い出したようにこう言う。

「あ、そうそう!ここに来る途中で騎士団長の子が縛り上げられてるのを見たよ~?」

その言葉はクラッドの足を止めるのには十分すぎた。
ユーリが!?
振り向きざまにガバッと両肩を掴む。

「おいジル、俺をそこに連れてけ!今すぐだ!」



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