レイブンストック伝記

akk

立派な封筒はだいたい危ない



「クラッドぉぉぉ!大変です!!」

今日も護衛の任務をこなそうと、いつもの時間にカトレアの元に向かったクラッドが今日1番に聞かされた声がそれであった。

「まさか、アインシュタッドが!?」

青ざめた顔でカトレアの方を向く。
先日のジルの事もあり、咄嗟にクラッドはそう言った。

「そうなんです、その、こういったお便りを頂きまして…」

カトレアから立派な封筒が渡される。
一体何が、といつにもなく真剣な顔でそれを開くと、なんとクラッドへの決闘の申し込みの手紙であったのだ。
もちろん、決闘相手は皇子本人ではなかったが。

「は?」

我ながらマヌケな声を出したなとクラッドは思う。

「いやはや、私もびっくりでして…」

そうか、ライバルがいるなら叩き折ってでもって事か…クラッドの青ざめた顔がみるみるうちにしかめっ面になっていく。

「なあ、この騎士のハイドってのもしかして鬼強いのか?」

クラッドは決闘相手として書かれている名前を口に出し、はたまたとんでもない事に巻き込まれたんじゃないかと眉間のシワが際立った。
それに対し、カトレアはうーんと記憶を思い出す。

「ええと、確かユーリと何度か手合わせして頂いたらしく…3勝4敗?」

「3勝3敗1引き分けです!!!」

いつからいたのか、クラッドの真後ろで大声でそう訂正される。

「んだよ驚かしやがって、盗み聞きか?」

「なっ!?ち、違う!ハイドと聞こえたからつい…」

盗み聞きしてたんじゃねえか、とクラッドは心の中でツッコミを入れる。
どうやらハイドって奴はユーリと同じくらいの強さのようだ。
ひとまず化け物じゃなかったという事が分かり、クラッドは調子を取り戻した。

「貴様はどうせ下に見ているのであろうが、仮にもハイドはアインシュタッドの精鋭だ。もし油断して負けて貰われては…その…困る!」

姫様が困る、と言わなかったのは自分に勝ったクラッドがハイドに負けて貰われてはたまったもんじゃない、という事を意味しているのだろう。
それに気付かないカトレアは、あのユーリもなんだかんだでクラッドを心配しているのか、と感動していた。

「でも魔法をぶった斬るユーリと互角って事はそこそこ強いって事だろ?はぁ…だる」

ユーリの天恵は蒼龍の鉤爪ミストルティン
ドグライナ家の蒼龍シリーズは代々氷にまつわる力が与えられてきたが、クラッドの言う通り、ユーリの扱う剣にはそれに加え魔の力を浄化しその効果を無効化する力が付与されるというものであった。
もっとも、攻撃を当てない限りは無効化の力は発動しないのであまり勝手がいいというわけでもないが、彼女の類まれなる剣の才能はそれを可能にしていた。

化け物ではないと言えど、なかなかめんどくさそうな奴と戦わなくてはいけないと悟ったクラッドは気を落とした。

「ハイドの天恵はいかづちを操るものだ。私は無効化できるからなんとか互角だったが、いくら貴様でもキツいものがあると思うぞ。」

気を落としたところに畳み掛けるように言われ、更にぐだっとなるクラッド。
そんな様子をカトレアは他人事のようにくすりと笑った。

「じゃ、私は少し離れた所で応援していますから、頑張ってくださいね!クラッド」

親指を立ててニヤっと笑うと、カトレアは自室を後にする。

「ではその間の護衛は私が!」

久々にカトレアの護衛ができるのがよっぽど嬉しいのか、ユーリは軽やかな足取りでカトレアの後に続いた。

「なっ、ちょ…」

1人残されたクラッド。
誰にも届く事のない言葉は行き場を無くして空を舞った。

そして、クラッドはある事に気付く。
姫様達が今出てったって事は…急いで先程の封筒から中身を引っ張り出すと、決闘の開始時刻を探した。
と同時に部屋にかけられた時計に目をやる。

「…3時間後じゃねえか!」

そのままクラッドがドタバタと宮殿を駆け回って隣国へと飛んだのは言うまでもない。



▽▼▽


ここはアインシュタッド国、首都にある噴水広場前の闘技場。
闘技場は異界でいうコロッセオのような造りをしており、広さもそこそこ、建築物としても高い評価を得ていた。
アインシュタッドでは決闘は伝統あるものとされている。
そのため、決闘自体はさほど珍しいものではなかったが、皇子が婚約話をかけた決闘だと聞いてこの日は大勢の見物客達で場内はごった返していた。
カトレア達もその数には驚いたものである。

「これはこれはカトレア皇女、わざわざ足を運んで頂き光栄です」

王族のみが扱える帝都同士を繋ぐ魔法によりクラッドよりも一足先に闘技場に来ていたカトレア達に、華やかな衣装を纏った見るからに高位の男が声をかける。
思っていたよりも棘のなく優しい物腰と声色に少し驚いた。
その様子を見たユーリがカトレアに近づいた。

「姫様、こちらが例の…」

ユーリは気を利かせて、相手に聞こえぬような小さな声でカトレアにそれが誰なのかを伝える。

「ご機嫌麗しゅう、レイスウォル大臣」

カトレアは誰が見ても百点満点の仕草、表情、声でその男と挨拶を交わした。
それもそのはず、そう、このレイスウォル大臣こそが今回の決闘を主催した者、つまるところ、婚約話を持ちかけてきたアインシュタッドの皇子の親代わりのような者であった。

「まさか貴女のような方が、このようなむさくるしい場にお越しになられるとは思いませんでしたよ。あまりもてなしはできませんが、どうぞ!お楽しみください」

そう言いながらご丁寧に誘導するずっと先には、いかにも王族用と思われる立派で頑丈そうな見物席があった。
口ではそう言いつつも、カトレア達がここに来ることはわかっていたらしい。
カトレアはそれ察してレイスウォルに着いていく。

「あ、すみませんがそちらの騎士の方はここで…」

自分もカトレアに続こうとした矢先、ユーリはレイスウォルの部下であろう兵に止められてしまった。
ずんずん遠ざかる背中にユーリは思わず兵士に声を上げた。

「何故だ、私は姫様の護衛だぞ!」

困惑するユーリ、何か嫌な予感がしてハッと遠くのカトレアの方を見やる。
しかし、どうやらこちらには気づいていないようで、レイスウォルの後ろをただ着いて行くだけであった。
おかしい…。
どうしようもなくなり無理やり兵士の群れを突っ切ろうとすると、囲われたばかりか、槍を向けられた。

「大臣のご命令でありますので。」

冷酷に刃先を向ける兵達。

「くっ、姫様!姫様!!」

槍を向けられても怯まないところは流石騎士団長といったところか。
必死に声をあげるが、なにせ民衆でごった返している中だ。
カトレアはいよいよユーリの方を見る事無く視界の外に消えていってしまった。

そして、カトレアの方に気を取られていたユーリは背後の気配に気付かず、突然口元に押さえつけられた麻布により、ゆっくりと意識を失う。

「うっ……!?」

やけに爽やかな柑橘系の香り、それが彼女が意識を失う最後に覚えていたものであった。


▽▼▽


「それでは皆様、お待たせしました!!これより、本日の闘者の登場でございます!!」

司会と思われる男が壇上でそう挨拶すると、観客席からウオオオオォォ!!とけたたましい歓声があがる。

その声を合図に、なんとか間に合ったクラッドも兵士に誘導され、鳴り止まぬ歓声の中、闘技の舞台へと上がった。
しばらくして歓声が収まると先程の男がルール説明を始める。

「それでは規律の説明を致します…」

ルールの説明はこうだ。
1、相手に降参と言わせた方が勝ち
2、魔法、天恵、武器の使用は認める
3、観客又は相手を殺したら負け
4、闘技場から出た場合、降参とみなす
ジルが裏がどうだの言っていたので、クラッドはもっとアンフェアなルールなんじゃないかと身構えしていたが、どうやら決闘は正式に行われるようだ。

だだっ広い闘技場の中、闘者はその説明が終わるまでじっと互いを見つめていた。
やがて小走りで審判の者が来ると、中央から少し離れた所で両者構え!と旗をあげる。

砂ぼこりが少し舞ったと思うと、試合開始にふさわしい。
勢いよく旗が振り下ろされた。

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