レイブンストック伝記

akk

始まります

コツコツ…ただただ広い、薄暗い教会の中では、月明かりだけが頼りであった。
男は足音を鳴らし、しばらく教会の中を徘徊している。
やがてその端の方に、黒と赤を織り合わせた美しいドレスに身を包む姿を見つけると、その方へと歩み寄った。


「姫様もよく飽きませんね、んなとこのどこがいいんですか」

「あなたもよく飽きずに迎えに来てくださるのですから、おあいこですよ」


男に姫様と呼ばれた少女は、ふふっと笑みをこぼし、その薄らと赤みのかかった金髪をそっと耳にかけると、席を立ち、教会を後にする。
男は小さくため息をつくと、その少女の後を追った。
そう、この少女こそ、我らがレイブンストック帝国第3皇女、カトレア・シュタールである。
そしてその後を歩く黒髪の男はそんな彼女の護衛を任されたとんだワケあり男であった。
最近聞いた悪さ話じゃ宮殿内でクソなどの汚い言葉を連発し、それをまだお若い第二皇子様がお覚えになってしまったのだとか。なんと、嘆かわしい…。
それでもなお、男が宮殿内に居座れるのもカトレア様のお手引があったのであろう。
クソ男め、しまった、移って…ゴホン。

2人が宮殿内に戻るや否や、甲冑かっちゅうに身を包んだ女騎士が駆け寄ってきた。


「カトレア様!ああ、一体どこに行ってらしたのですか!」

どうやらカトレアを探していたらしく、ひどく心配していたらしい。
だが、隣にいるクラッドを見て、露骨に嫌な顔を向けた。

「って、また貴様かクラッド!」

「はあ!?なんでもかんでも俺のせいにすんなよクソ雑魚団長が!」

「なっっ、き、貴様…!!」

プライドが高いわりにクラッドよりも身長の低い女騎士は見上げながらの睨みしかできない。
そんないつもの2人をカトレアがなだめに入った。

「お、や、め、な、さい!クラッドは私をここまで連れ戻してくださったのです!もう、ユーリは早とちりなのですから」

うっ、と女騎士から声が漏れる。
ユーリと呼ばれたということは、この方がかの偉大な帝国騎士団団長を務めるユーリ・ドグライナであったか。
代々ドグライナ家は騎士としての実績があり誇り高い1家であったため、中でも優秀なユーリは今なお宮殿でも一際注目を集めていた。
そして、ユーリ自身もそのことを誇りに思っていたのであろう。
事実、まだクラッドがいなかった頃はよくカトレア様の護衛をしている姿があったそう。

「しかし、私を探していたという事は、なにか用があったのですか?」

カトレアがおもむろにそう尋ねると、ユーリははっとした顔をする。
そして、気まずそうに言葉を繋げる。

「そうにございます!夕刻、その、隣国アインシュタッドの皇子殿から…」

「ええーっ、またですか…私からも丁重にお断りしますと伝えてあったはずでしたが」

カトレアは第3皇女であるため、権力狙いの婚約話は他の皇女に比べれば圧倒的に少ないものであったが、王家の中でもよく整った顔立ちであったため、貴族達からも純粋な婚約話を持ちかけられることが多かった。
しかし、最近隣国の皇子からの話があったという噂は本当だったようだ。
まあ、このご様子では婚約には至らぬであろうが…。

「しつこい野郎だな、俺が嫌いなタイプだ」

クラッドが舌を出し嫌いアピールをする。

「また貴様は…口を慎め、隣国の皇子であるぞ」

ユーリもそう言いながらではあるが、本心ではクラッドに近い思いを募らせていたようで、とりあえず言ってみたという所であった。

「うーん、困りましたねー、どこかに都合のいい男でもいたらいいのですけれどー、ねー?」

カトレアはわざと棒読みに、まるでもう何回も練習していたかのようにねー?と言いながらクラッドに視線を送る。
その視線から嫌な予感を感じたのか、たちまちクラッドは顔をしかめた。

「マジかよ…」

クラッドには思い当たる節があった。
というのもこれまでにもこういう事があったのだ。
カトレアが面倒な男を断る理由として、クラッドを祀りあげ、諦めて頂くという、素晴らしくよくできた断り方が。
我々の間でもよく耳にする話で、老人なりにマジで付き合ってるんじゃないかとヒヤヒヤしていたが、こんな事情があったのか。


「では、そういう事で!よろしくお願いしましたよユーリ」

「はっ!」

クラッドは自らではもうどうすることができない事を悟り、それでも大袈裟にため息をついて見せた。
ふと時計塔を見たカトレアは、やっともう今日が夜の10時を回ろうとしていることに気付く。
そして10時、10時といえば…と今日の大事な予定を思い出したのだ。

「ど、どどど、どうしましょう…!」

「えっ、…今度はなんですか」

「私今日の10時にお姉様達と会う約束をしていましたのです!クラッド、どうか、お情けをぉっ!」

泣きつく、正確には泣きつくフリをしたカトレアにクラッドはやれやれとその場にしゃがみ込んだ。
どうやらおぶってやろうという事らしい。
それに気付いたカトレアは少し遠慮がちにクラッドに掴まった。

「落ちても拾いませんから」

クラッドは誰に見せるでもなく悪戯っぽく笑うと、魔力を足に注ぎ込む。
刹那、ふわりとその体が浮いたかと思えば、そのまま宮殿内を恐ろしい速度で飛んでいった。

宮殿の金時計が鳴った頃、カトレアは無事待ち合わせ場所に到着できており、仕事を終えたクラッドは欠伸をかきながらその場を後にするのであった。



▽▼▽



「宮殿内の魔法の使用はダメでちゅよ~クラッドく~ん?」

「げっ…」

クラッドは素早く声がした方を向いた。
思わずげっと声が出たのは、なにも自らの悪事がバレたからではない。
その声の主に会ってしまったことから出てしまったものだ。
白い髪に緑の瞳、ニヤニヤ顔から覗く八重歯は彼をより一層白蛇のように見せていた。
バレねえようにルートを選んだはずだったが、やっぱコイツをよけんのは無理か…相変わらずきっしょ。
クラッドは予想通りのその男を確認すると、そう心の中で悪態をついた。

「何の用だよジル。テメエの事だ。まさか説教なんてくだらない事はしねえだろうよ」

「さーっすが!いや~理解早くて好きだよクラッド~!」

すかさず抱きつこうとしてくるジルの顔面にクラッドの強力な拳が突き刺さった。
地面に叩きつけられたジルは、少ししてから起き上がると、慣れたようにあははーと腑抜けた笑いをこぼす。

「んじゃ真面目に。お前んとこのお姫様、なにやらアインシュタッドの皇子からきてる婚約話を断ってるんだって?」

「あー、んなことも言ってたな」

クラッドは先程のカトレアとユーリの会話を思い出しながらジルの話に相づちを打つ。

「まぁ受けろとは言わんが、断るなら気を付けろよ。聞く所、皇子の婚約話を受けた者は断ったにも関わらずもれなく全員お城にご招待されてる。なにか裏があると思うんだよね~」

裏がある、ねえ。
ジルの事だから、もう確信を得て告げにきたんだろう。
その上で裏があるなんて濁った言い方をするってことはまだ調査中、という事か。
なんだかんだで付き合いの長いクラッドは、そう納得を取り付けた。


「じゃ!また何かわかり次第遊びに来てあげるよ~」

ジルはそう言うと自らの姿を宮殿の兵士に変えてフラフラとどこかへ行ってしまった。
やっぱへんてこな魔法だな、とクラッドは思った。
名前は確か虚像を纏う者トリックスター
ジルの天恵で、以前クラッドが尋ねたとき幻術に近いものだと教えてもらったことがあった。
なんでも、彼の周囲の生物に対して自由に認識を書き換える効果があるそう。

おっと、説明がまだだったようだな。
ゴホンゴホーンッ、我らの世界には『魔法』と『天恵』と呼ばれるものがあり、どちらも自身の魔力を糧として発動する事が可能になるものだが、これらにはもちろん異なる点があるのだ。
『魔法』とは、今や日常生活において欠かすことのできない技術であり、知識と技術力さえあれば誰でも使うことができる。
一方、『天恵』とは魔法で解明ができない、又は複製ができない特異な個性の総称であり、全ての人間がその能力に恵まれているわけではないためその希少価値は高くつく。
また、天恵には似ているものはあるが被る事はなく、それぞれに必ず名前が付いているものなのだ。
そして、先程ちらと出たクラッドにカトレア姫、ユーリ団長もまた、天恵を授かる者であった。
最も、この宮殿内では天恵持ちの人間の方が多いようであるが。

「アインシュタッド、ねぇ…」

誰もいなくなった廊下でそう呟く。
ジルがわざわざ告げに来たという事は、もはや何かが起こる事は確定しているようなもの。
そういう訳で、クラッドも意識せざるを得なくなったのだ。
しかし、自分がユーリのように頭が切れるタイプではないと知っている手前、俺が考えてもなと割り切ったクラッドはそのまま自室に戻っていくのであった。

そんな様子を影からそっと覗く者が1人。

「いい加減お守りなんてやめちまえよ、クラッド…。」

その表情は夜の暗闇に隠れてはいたものの、それでもわかるほどに心配と悲しみの憂いを帯びたものであった。

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