紅心中
[N/ull]
――ビルの屋上に立って僕は彼女の手紙を取り出した。読むのはもう何度目だろうか。端がだんだん擦り切れてきている。
「ひとつだけ、教えて欲しい。私の血は、どんな色をしているの?」
手紙の裏面には、そう書かれていた。何でそんな事を訊いたのかは分からない。
「それは……?」
隣で、「次の自殺志願者」が手紙を覗き込む。二つに折って覆い隠し、
「人の手紙を覗くのは良くないよ」
と穏やかに諌めた。
彼女はみるみる肩を丸く収めて、ばつの悪そうな表情にしぼんでしまう。今にも死のう、という人間は、ほんの些細な注意にまで血色を失う。
慌てて頭を撫でて、怒っていないのだと分からせる。
ノラも、あの手紙の中で言っていた。
言葉が全てだと。言葉にしなければ、何も始まらない。
渇いてかさかさになった血痕を指先でなぞって、空を見上げる。季節はもう、春になろうとしている。
屋上から見える街は、豊かな色で出来ている。
少し向こうのショッピングモールには広告の横断幕がかかっていて、黄色やら赤やら、派手な色を放っている。
地面に浮かぶ水たまりに陽が差し込み、海を翔るカモメのように、眩しい楕円状の光を放つ。
そこへ電気自動車が音もなく通り過ぎ、水たまりを叩いていく。
一昔前なら、そこに排気ガスの灰色が混ざりもしたのだろうが、電気が発するのは熱だけだ。
無色ですらない。やっぱり色がないと、面白味がない。
そんな風景を、彼女も見てやしないだろうか。
青々とした果てのない空に向かって、僕は笑いかける。そこに彼女がいる事を信じて。
君の遺した問いかけに答えよう。僕の言葉を、空の間に預けよう。
「ノラ。これはね、『紅色』と言うんだよ」
『紅心中』――了
「ひとつだけ、教えて欲しい。私の血は、どんな色をしているの?」
手紙の裏面には、そう書かれていた。何でそんな事を訊いたのかは分からない。
「それは……?」
隣で、「次の自殺志願者」が手紙を覗き込む。二つに折って覆い隠し、
「人の手紙を覗くのは良くないよ」
と穏やかに諌めた。
彼女はみるみる肩を丸く収めて、ばつの悪そうな表情にしぼんでしまう。今にも死のう、という人間は、ほんの些細な注意にまで血色を失う。
慌てて頭を撫でて、怒っていないのだと分からせる。
ノラも、あの手紙の中で言っていた。
言葉が全てだと。言葉にしなければ、何も始まらない。
渇いてかさかさになった血痕を指先でなぞって、空を見上げる。季節はもう、春になろうとしている。
屋上から見える街は、豊かな色で出来ている。
少し向こうのショッピングモールには広告の横断幕がかかっていて、黄色やら赤やら、派手な色を放っている。
地面に浮かぶ水たまりに陽が差し込み、海を翔るカモメのように、眩しい楕円状の光を放つ。
そこへ電気自動車が音もなく通り過ぎ、水たまりを叩いていく。
一昔前なら、そこに排気ガスの灰色が混ざりもしたのだろうが、電気が発するのは熱だけだ。
無色ですらない。やっぱり色がないと、面白味がない。
そんな風景を、彼女も見てやしないだろうか。
青々とした果てのない空に向かって、僕は笑いかける。そこに彼女がいる事を信じて。
君の遺した問いかけに答えよう。僕の言葉を、空の間に預けよう。
「ノラ。これはね、『紅色』と言うんだよ」
『紅心中』――了
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