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紅心中

Mifa

IV.

彼女はその後、カウンターに席を移してジュリアや店長と会話を楽しんでいた。



マナは見てくれだけなら普通の高校生だから、ジュリアのストライクゾーンにも入っているのだろう。彼は十六歳以上なら問題なく絡みだす。
そういう男にも慣れているのか、意外にも会話は弾んでいる。



合間合間に店長にも話を振っている。お店の名前の由来って何ですか? という質問もしっかりしていた。しかし残念なことに、例のゲームが由来ではないと教えられた。


「私はそういうものに疎いもので。偶然です」


店長の格式高い笑みを見てしまえば、どんな事象も許せてしまう。そういう魔力がある。
マナは残念そうにカウンターへ寝そべりながらも、ちらちらと店長の顔を横目に見ていた。


「クロノアか、懐かしい。子供の頃やったなあ」


ジュリアの独り言に、彼女は素早く身を起こした。


「ジュリアさん、やったことあるの」


突然のテンションの上がりように少し驚きつつも、彼はしめたもの、と得意げにゲーム知識を語りだした。
コアユーザーとまでは行かないが、彼はサブカル方面に強い。マナも様々なエンタメに触れてきているから、会話の引き出しは豊富だ。



マニアックな話題には行かずとも、あれやこれやと作品の話が湧いて出てくる。
なるほど、普通の人たちは、こういうふうに広く浅く触れていって、共通の話題を多く持っておくのか。一つ勉強になった。



時折、仕事に追われつつも、ジュリアとマナの楽しげな会話が延々と続いた。
外はすっかり暗くなっている。扉が開くたび、突き刺すような風が吹き付けてくる。


「マナ、そろそろ帰るよ。冷えてきた」


ストールを巻き、彼女のニットを手に取り、伝票とお勘定を置く。ええ、と残念がるマナに、


「明日も来ればいいだろ」


「でも兄さんも出勤でしょう」


「そうだけど、一人で来れるだろう? すぐ近くなんだし」


「奢ってもらえないじゃん」


ぶー、と口を尖らせる彼女に、アホかと毒づく。
屋敷の近くにある喫茶店より遥かにリーズナブルなのだから、そのくらいは自腹を切ってもらいたい。


「それじゃあ、また明日。お邪魔しました」


店長とジュリアに頭を下げて、扉を開く。


「ジュリアさん、またね」


大きく手を振って、彼女も店を出る。振り向きはしなかったが、恐らくジュリアはでれでれな笑みで手を振り返していることだろう。絶対に振り返らない。
からん、と心地よい鈴の音と共に、扉が閉ざされた。
さっきまでのぬくもりを、力強い風が一瞬で奪い去っていく。身を縮ませ、行こう、と歩き出した。



――その日は風が強かったから、もしかしたら聞き間違いか、気のせいだったのかもしれない。しかし、その時は確かにそう聞こえたのだ。


「また、ね……」


さっきの言葉を復唱しただけか、と対して気にしなかった。



――しかし、本当にそう言っていたのだとしたら。
その時点で、「また」の差す場所は全く異なる位置にあったのだ。
遠い僕らの家から、はるばる旅路を経て、ここへ来た理由。


「遥か彼方から、遥か彼方から……」


今にも降り出しそうだな、という空模様を見ながら、ジョーン・バエズの『500 Miles』が頭に浮かぶ。


「決して誰も、故郷に帰れない」


それはまさしく、始まりの日から七日ほど経た今の僕には、ぴったりの歌詞だった。


「決して誰も、『昨日』には戻れない」


それはまさしく、今の僕が叫ぶ悲鳴そのものだった。


「私は戻りたい。あの日に、戻りたい……」


七日目の僕は、あのマンションの下で、彼女を待っている。




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To Be Continued...

          

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