半透明は黄金色に進化する

Mifa

Prototype

私は卵がたまらなく好きだ。中でもとりわけ好きなのが、スクランブルエッグにケチャップを添えて、焼いた食パンで挟んで食べるやつ。料理名とかは特に無いと思うが、すぐに作ることができ、中々腹持ちもいいスグレモノだ。



卵は素晴らしい。何かにつけて卵の何かを食べている。フライパンにぽとりと落とし、じゅうじゅう火を通せば、半透明が黄金色に代わってゆく。
人はそんな簡単には代われない。だから私は卵が好きだ。彼らは、火があるだけで美しく生まれ変われるのだから。



ぐちゃぐちゃー。かき混ぜたっていい。くるくるー。巻いたっていい。可能性は無限大だ。私とは大違いだ。



私は肌色の表皮に包まれた、肉の塊だ。七割弱の水分と、大仰な見た目をした脳みそ、正直見た目に難ありの内蔵、それから筋肉やら骨やら沢山オプションが付いているけれど、何の魅力もない。
半分に割っても、中から黄身が出てくることもない。せめて、スイカのように種がポロポロ出てくれば面白みもあっただろうけれど、残念なことに魚の内部の百万倍気持ちの悪いものでできている。
同じ水分だらけの体でも、大根やトマトは綺麗なのに。なんで私だけ。



じゅうじゅう。ぐちゃぐちゃ。ああ、いいことを思いついた。
火は根っこが赤く、先端は青に染まり跳びはねる。ふわりふわり。とても楽しそう。
フライパンをどけ、指を近づける。暖かく、突き刺すような痛み。指先がチリチリする。



この感覚が心地よい。太ももとお腹に残る青あざなんかよりも。右手首にある引っかき傷よりも。楽しい、愉快、最高のエンターテインメント。
じゅうじゅう。じゅうじゅう。ああ、私も卵になれるのだ。焼いたらきっと、黄金色の綺麗な私になるのだ。
殻を割るように、皮膚を割いたら中からとろり、白身と黄身とがこんにちはをしてくれるのだ。



卵になあれ。卵になあれ。美しくなりたい。美味しそうな私になりたい。じゅうじゅう。じゅうじゅう。
ぼおおお。ちりちりちりちり。



――私はどうやら、悲鳴をあげていたらしい。大声で笑っていたつもりだったのだけれど、他所の誰かにはそう聞こえたらしい。
ばしゃーん。水を頭から被せられた。ぽたりぽたりと零れるそれは限りなく透明で、ああ、私の中身は半透明のとろりとした白身なんかじゃなくて、透明で、少ししょっぱい、さらさらとした何かだけなのだ、とわかった。



どうしてなのだろう。どうして分かってくれないのだろう。気づいてくれないのだろう。


「私は卵になりたかった」


出来ることなら、生まれ直したかった。もし叶うのならば、生まれる事すら無かったことにしたかった。



どうして怒るの。どうしてぶつの。どうして、私は赤の液体を撒き散らし、青の変色を繰り返し、灰色の視界を見ることしかできないの。
どうせなら粉々に割ってよ。ぐちゃぐちゃにかき混ぜてよ。パンに挟んでたいらげてよ。



私は卵になりたい。綺麗で美味しそうで、すぐに指名を全うする、あっという間の運命でありたい。



――2015年12月作成

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