Neverland

コオリ

第二話 Neverland


 「見つけたぜ!八上 千鶴やがみ ちづる!」

 少年のような声。その瞬間、振り下ろされた槍に相反するかのように白い剣がそれを制止した。現れたのは、麻衣より3〜4歳程度上に見える青年だった。

 「あら?あなたは…確か、あの探偵の部下、だったかしら?」


 「部下じゃなくて、弟子だよっ!!」

 
 そう言いながら少年は持っている長剣で大振りの上段をかます。しかし、それは八上によってあっさりと躱されて、空を斬る。恐ろしいことに、八上は直感だけでほぼ奇襲に近い攻撃を難なく躱したのである。


 「やっぱ俺じゃまだきついか。」


 「そんなことはなくってよ?今の一撃、とても怖かったわ…体が真っ二つになるかと思ってしまったわ。」

 「かすりもしなかったくせによく言うぜ。今の俺じゃ多分どれだけ斬りかかっても傷一つ付けられないだろ。ここはさっさと撤退するに限る。逃げるぞ。麻衣!」


 状況が理解できない。この青年が八上に勝てないということはなんとか理解できる。今の回避を見ただけで八上が相当な手練であることはすぐに分かる。が、この青年が私を助けることが理解できない。なんのメリットもないはずだ。私を連れて逃げるより、一人で逃げたほうがずっと生存率は上がるはずなのに、どうして、


 「取り敢えず先生のところに連れていく。話は後だ。」


 青年は私の手をとって走り出す。もう考えるのはやめだ。今は流されよう。

 
 「私があなた達を逃がすとでも…いや、今は泳がせておきましょう…。そのほうがきっとあの方・・・もお喜びだわ…。」


 「分かんねぇやつだな、今すぐ殺すっていうかと思えば今は泳がすって。意味わかんねぇ。」

 
 それに関してはこの青年と同意見だ。彼女の行動は全てがおかしい。いやまぁ、何も無いところから巨大な槍を持ち出したのもおかしいのだが。それよりもおかしいのは彼女の性格だ。彼女は間違いなく壊れてくるっている。


 まぁもっとも、彼女の本当の狂気を知るのはまだ少し先のことなのだが。


 追跡をすぐに諦めた八上から逃げ出した私は青年のバイクに乗ってどこかへ向かっている。今の状況で彼と離れることは危険だと感じたからだ。次に八上に会えば戦うことができない私は虎が兎を狩るようにすぐ殺されるだろう。ならば、若干押し負けていたとはいえ、私よりも格段に戦える、この青年といるほうが安全だ。


 「そういえば、まだ名前を聞いて無かったけど…。」


 「あぁ、俺の名前か?界人だ。界人って呼んでくれればいい。」


 「分かった。ちなみに私は江島ー」


 「麻衣。江島麻衣だ。お前のことは先生から聞いてる。よろしくな、麻衣。」


 そういえば気になっていたのだ。界人は初めて会ったときから私の名前を知っていた。


 「その先生って言う人は誰?私のことを知ってるの?」


 「先生はこの世界の謎を解き明かそうとしてる人だ。この無限に繰り返す世界のな。」


 「さぁ、そろそろ着くぞ。」


 見回すと、辺りはいつの間にか木に囲まれた森だった。街からの距離は数kmといったところだろうか。後ろを見れば小さくではあるが、街の光が見える。


 「よし、着いたぞここが俺たちが拠点にしてる場所だ。」


 私の前に現れたその建物を分かりやすく表現するなら、森の中にぽつんと佇む小さなログハウス、である。


 「ここに、その先生が?」


 「あぁ、多分先に帰ってきてるはずだ。」


 と言いながら、界人はドアを開ける。木造の扉がギィ、と微かな物音をたてて開く。鍵はかかっていないようだったが、こんな森の奥にわざわざ来るような人は、私達を除いていないだろうから別段気にかけることではなかった。


 外から見たときはそこまでの大きさでは無かったように見えたが、中は思ったより広く、一階には四つの扉と、二階へと続く階段があった。
 

 「こっちが居間だ。」


 そう言って界人はドアを開けた。


 「先生!例の娘、れいのこ、連れて来ましたよ。」
 
 
 居間のソファーに座ってコーヒーを飲んでいるその男性は、まるでコナン・ドイルの物語に登場する名探偵、シャーロック・ホームズのような紳士だった。
 「おかえり界人。そうか、君が…はじめまして、いや、久しぶり、ということになるのかな?よろしく、江島麻衣さん。麻衣、と呼ばせていただいてもいいかな?」


 「はい…よろしくお願いします…。ところで貴方は…。」


 「あぁ、すまない。僕としたことが、自己紹介を忘れていた。僕の名前は時雨谷 尚人しぐたに なおとだ。この世界では、一応探偵をしている。よろしく頼むよ。」


 「時雨谷さん、一ついいですか?」


 「何かね?」


 「この世界では・・・・・・と言うことは、本当は探偵ではなかった、ということですか?」


 「あぁ、その通りだよ。私は本当はちょっとした研究をしていたものだ。探偵など、今のご時世ではあまり仕事が回ってこないものだからね。」


 「だが、この世界ではその限りではない。依頼を頼まれることはないが、謎は尽きない。私自身、ここまで謎を解き明かすことにやりがいを感じるとは思っていなかったがね。」


 「だがしかし、未だこの世界についてのことは分からないことだらけだ。それを手伝ってもらうために麻衣、君を探していた。」


 ? なぜそうなる。


 「え?私、そんなに頭も良くないし、どっちかって言うと頭脳派というより本能で動くタイプなんですけど…。」


 「あ、いや、君に推理してもらう必要はないよ?いけない、僕の悪い癖だな。自分の頭の中で考えていることについて他人に同意を求めてしまう。そうだな、君にやってほしいことは簡単に言えば…そう、この世界をよく見ることだ。」


 やっぱりよく分からない。そんなこと界人に頼めばいいのに、どうして私なのだろうか。


 「とはいえ、この世界の事情を知らずに本題に入るのは筋が通らない。今から少しばかり、昔話をしよう。この世界が生まれるちょっと前の話だ。」


 時雨谷は語り始めた。

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 昔、とある所に一人の魔法使いが住んでいた。その魔法使いは大変心が優しく、みんなが幸せであることを一番として考えていた。

 しかし、彼の周りの人はみんながみんな幸せではなかった。いじめや暴力、戦争や貧困、それらの存在を彼は嘆いた。彼は悩んだ。どうにかしてみんながみんな、幸せになれる方法はないものかと。飢えや病気に苦しむことなく、みんなが明るく笑って過ごせる世界になるために何をすればよいのか、と。

 ある日、彼はある話を聞いた。「夢というものは見る人の願いを叶えてくれるものだ」と。もちろんそれは夢の中だけの話であって、現実では到底起こり得ないことだった。だが、魔法使いにはそれこそが悩み続けた問いの答えだと確信した。

 そこで彼は、夢を現実に変える石を作った。それは、文字通り石を持つものが石と引き換えに望んだものを生み出すというものだった。

 しかし、彼はそれでは満足しなかった。彼はこの石が少ない・・・と感じた。この石は費用がかさむ上に一人ずつしか望みのものを出せないので、彼の望む全ての人を幸せにできるものでは無かった。
 
 次に、望んだことが起こる部屋を作った。それは、その部屋に入ったものが望んだことが起こる、というものだった。部屋になったことで幸せにできる人の数は増えたように感じた。彼は少し嬉しかった。自分が人を幸せにできているのだと。

 しかし、彼はそれでも満足しなかった。やはり少なかったのである。それこそ世界そのものを夢の世界にそのまま置き換えでもしない限り、全ての人を幸せにすることはできないことを彼は悟った。

 普通の人間であれば、そこで諦めていたであろう。だが、彼は魔法使いだった。彼は試しに自分の住んでいた街を夢の街に変えた。それによって人々は思い通りの生活ができるようになり、幸せになったように見えた。しかし、そこには大きな落とし穴があった。すべての人間の幸せを願う彼には決して気づけない罠が。 

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 「彼はすべての人の幸せを願っていたにも関わらず、とんでもないことを見逃していた。それは、誰かにとっての幸せが、他の誰かにとっても幸せとは限らない、ということだ。」

 「すべての人間が幸福であることなど、初めから不可能なことだったんだよ。」

 と、時雨谷は続ける。


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 案の定、夢の街は悪夢の街へ、天国は地獄へと成り果てた。一人ひとりの願いが反発し合い、片方の願いが消される。すると、すべての願いを叶える世界の力によって、消されたはずの願いが蘇る。すると今度は、消されなかった方の願いがなくなる。当然、願った者同士の対立が起こる。互いの夢を叶え続けることなどできず、すぐにこの世界の理論は破綻した。結果、全ての人の夢を叶えるはずの夢の国は無差別に欲望を消費し続ける世界へ豹変した。彼は絶望した。この世界を止めようとした。しかし、それすら、この世界を止めて欲しくない、という欲望によってかき消される。結局、彼は最も望まないやり方でこの世界に終止符を打つことになる。それは、この世界の人間を皆殺しにすることだ。欲望を持つものがいなくなればこの世界は閉じることができる、と。


 彼は殺した。殺した。殺した。彼を神様、と崇め奉る者を、殺した。彼を悪魔だ、と忌み嫌う者たちを殺した。何故自分が殺されなければならないのか理解しきれていない者を殺した。殺して、殺し尽くして、涙が枯れるまで殺して、自分が何者かすら分からなくなったとき彼は独りだった。だが、世界は閉じなかった。彼は悟った。最後の一人は、自分だと。彼は自分を殺した。その瞬間、その世界は正に夢のように消え去った。

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 「これはすべて真実だ。そして、この悪夢を再び繰り返そうとしている者達がいる。彼らの目的は分からないが、君たちが会った八上千鶴、彼女もそのうちの一人だ。」

 「そして、無限に繰り返すこの世界を、僕たちはこう呼んでいる。」 



       Neverlandネバーランド、と。

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