Neverland

コオリ

第一話 夢の始まり

 

 もう、何も見えない。


 周りを見渡しても、視界は一面の闇。もういっそ、このまま諦めてしまえれば、どんなに楽だろう。このまま思考を絶って、全てのことから目を背けてしまえばいい。そうすれば、こんなことを繰り返す必要はない。


 でも、そこにいる何かが私を引き戻す。


 「諦めるのか?」


 「お前は、それでいいのか?」


 「こんなつまらない、呆気ない、何一つ成し得無い結末で良かったのか?」

 
 良いわけがない。けど、諦めなくても、先に待っているのは絶望だ。そもそも、一体何の為に、こんな終わらない悪夢を見ているのかわからない。そろそろ目覚めてもいいはずだ。もう、眠りすぎた。


 「はぁ…つまらない。期待していたのだがな。いや、期待とは少し違うか。私はお前に欲していたんだ。お前なら、この悪夢を真に終わらせることができると。この悪夢に打ち勝ってほしい、と。」
 

 できない望みをされても困る。私にはそんなことはできない。できるならとっくにしている。未だに悪夢を見続けていることが何よりの証拠だとどうしてわからない。 


 「それは違う。悪夢は必ず終わる。お前が諦めても、また挑んでも、悪夢は終わる。ただその結末が違うだけだ。諦めたあとの結末などとっくに見ている。私は、悪夢に勝利したとき、一体どんな結末になるかが気になるだけだ。」


 そこまで言うならヒントの一つでも教えてほしいものだ。悪夢に勝利する、などと言われても何一つ理解できない。


 「ヒントなど、出すまでもないがな。悪夢に打ち勝つ方法はごく単純だ。その夢から目覚めてやればいい。本来、夢というものは起きたら終わるものだ。」
  

 わけがわからない。起きたら繰り返すのに起きろ、とでも言うことか。

 
「そうだ。目覚めろ。それで悪夢は終わる。目覚めたければ、諦めるな。立て。それがお前の使命だ。」

 
 本当にくだらない。目覚める為に立ち上がるなんて、皮肉以外の何者でもない。けど…


 「そこまで言うならやってあげるわよ。もうどうなっても知らないから。悪夢がどんなものでも目覚めてあげる。あんたの望みに興味はないけど、諦めたままで食い下がるなんて、それこそあんたに負けた気がして悔やみきれない。」


 「そうか、ならせいぜい私が悔しがるような結末に導いてみせろ。」  


 当然だ。ここまで言ったからには必ず勝つ。諦めるなんてもってのほか、こいつが泣いて悔やむような結末にたどり着いてあげる。  


 「心の準備は十分なようだな。」


 「ええ」


 「ならば行ってこい。そら、お迎えが来たぞ。」


 彼がそういった瞬間、電子音のような声が響く。


 「No.4018、ニンショウカンリョウ。」


 「コレヨリ、夢想回帰ムソウカイキヲカイシシマス。」

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 目が覚めた。のだろうか。視界前方には大きな背もたれ。どうやら私は椅子に座っている。機械の音。いや、風を切る音だろうか。横にある窓から外を見ると、高くそびえ立つ夜の高層ビルがはるか下に見えた。ここは飛行機の機内のようだ。だが、建物が視認できるということはこの飛行機は間もなく着陸するようだ。





 ここは夢の中だと分かってはいたが、誰一人いない空港を見渡すと、流石に虚しい気持ちになった。
ところで、飛行機は誰に操縦されていたのだろう。着陸後、ひとりでに開いたドアから出て、ここ来るまで誰一人人間にあっていない。夢というものは自分と親しいものが現れるというが、もしや私には親しい人が一人もいなかったのではないかと少し心配する。だが、その心配は杞憂に終わる。街に出ると、そこは人で溢れていた。と言っても、溢れている人たちの中には、誰一人、私こと江島 麻衣えとう まいの記憶にあるものはいなかったのだが。


 そもそも、思い出そうとしても自分の最低限の情報程度しか記憶には残っていない。名前や年齢、生年月日くらいしかまともに覚えていない。つまり、あの人混みの中に私の知り合いが混じっていたとしても気づくことはできないだろう。


 それでも、何か得るものを求めて人混みに混じってみる。行った記憶はないが、東京の街と言われたら納得できるような都会さだ。その中で一際異彩を放つ者がいた。


 その女性はあまり他の人に興味がない麻衣をして、ただ美しいと思わせるほどの美貌の持ち主だった。混じり気のない長い黒髪に、真っ黒のワンピースを着て、不幸を呼ばない黒猫のような女性だった。その女性は誰かを探しているようだった。誰かに話しかけては少し会話してまた誰かに話しかけて、といったようなことを繰り返していた。


 麻衣もまたその例外ではなかった。いや、その女性からすれば麻衣の存在こそが例外中の例外であったのだが。


 「すいません、少しお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」


 それに、ええ、構いませんよ、と返す。


 「私、ある人を探していて…とても珍しい人なんですけれど…。」


 「その、珍しい人というのは?」


 「ええ、それが…」


 「いや、もしかしたらあなたかもしれない。少し、向こうのカフェでお茶できませんか?あまり時間は取らないので…」


 「大丈夫ですよ、時間は空いているので」


 「ありがとうございます…。」

 
 女性に招かれてカフェへと向かう。
 すると、突然彼女が呟いた。
 
 
 「やっぱり、いい香りがしますね…………あっ、すいません、私の独り言です…。あまり気にしないでくださいね?」


 そう言われると、気にしないでいようかとも思ったが、気になる発言だった。まだ、カフェの香りが漂ってくるような距離ではないし、明らかに少し挙動がおかしかった。何か、後ろめたいことを隠すような、そんな挙動に見えた。


 怪しい。そう感じた瞬間、恐ろしい殺気とともに彼女が口を開いた。

 
 「ここまでくれば大丈夫かな。」


 気がつくと、そこはほとんど逃げ場の無い路地だった。


 「質問、よろしいですか?」


 僅かな沈黙。
それを同意ととったのか彼女は続ける。

 
 「あなた、もしかしてこの世界が夢だと分かっていませんか?」


 その通りだ。だが肯定することに自分の本能が激しく反対する。肯定すれば自分は死ぬと。そう言わしめるほどの殺気が彼女から放たれていた。だが、


 「駄目…もう我慢できない…あの人もきっと喜んでくれる…。申し訳ありませんが死んでいただきますね?」


 唐突すぎる。頭によぎる疑問はたくさんあるが今一番謎なのは、手ぶらだった彼女の手にいつの間にかとても巨大な赤い槍のような武器が握られていることだ。先端で三叉に別れた赤槍は月の光に照らされてギラリとその鋭い槍先を私に定める。逃げることもできない。名も知らぬ女性に殺されるようでは夢から覚めるなどまさに遠い夢のようだと一


 「見つけたぜ!八上 千鶴やがみ ちづる!」


 そして、長い長い夢が始まる。


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