【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

四百七十四時限目 作戦開始


 今日しなければならないことはいくつかある。

 楓のクリスマスプレゼントを購入するのは、『本当の目的』のおまけみたいなものだ。

 プレゼント選びを早々に切り上げた理由もそこにあって、私は強引にユウちゃんの手を取り、エスカレータを目指した。

「レンちゃん、どこにいくの?」

 そんなの、決まってる。

「ゲームコーナーにいくのよ」

 私の目的その一、プリクラを撮る。

 ユウちゃんの写真は何枚か携帯端末のデータフォルダに入っているけれど、それとは別に、並んで──密着した状態で──撮影した写真が欲しかった。

 それに、ユウちゃんに『プリクラ』を体験してほしいという気持ちもある。

 いまは女子高生なのだし、女子高生らしいことをさせてあげたい。

 エスカレータで二階に上がり、本屋、和物雑貨、帽子屋、靴屋の前を通り過ぎ、騒がしい電子音が鳴るゲームコーナーに到着した。

 さすがは地域密着型のショッピングモールなだけあって、子どもを連れた親たちが多く、子どもたちはメダルゲームとカードゲームに霧中になっているその奥で、パチンコやスロット台にお金を投じる大人たち。

 いつも思うのだけれど、換金できないパチンコ、スロットを打つメリットってなにかしら?

 演出を楽しむだけならアプリのほうがお金を使わないで済みそう。

 プリクラ機はゲームコーナーの後方に位置した場所に三台用意されていて、どれも豪華絢爛に着飾ったギャル風の女子がプリントしてある。多分、ギャル系ファション誌のモデルさんだろう。

 大昔に『コギャル』、『ヤマンバ』って文化が流行り、その時代からプリクラも盛んに使われるようになったと訊く。

 然し、プリクラ機にプリントされているモデルさんは、どちらかというと『夜の蝶』のような美しさだ。

 時代が変わればメイクも変わる。それが女子世界の理よね。

「レンちゃん、もしかして」

「撮るわよ、プリクラ」

「本当に撮るの?」

 不安そう──というか嫌そう──に、ユウちゃんが言う。

「せっかくきたんだから、一枚くらいいいでしょ?」

 何用があって『せっかく』なのかは、この際どうでもいい。

「いいけど……初めてなんだよね」

「大丈夫、指示通りにするだけだから」

 実をいうと、私もプリクラを撮影するのは初めてだった。

 中学時代はずっとテニス部で、四六時中ラケットを振っていた私にゲームセンターで遊ぶという選択肢はなかった。

 ゲームにお金を使うよりもいいガットに張り替えたいし……でも、試合に出られたのは三年生になってからで、最初で最期の試合はぼろ負け。

 私がいた頃は『不作の年』とまで言われていて、期待もされずに続けられるほどモチベーションも高くなく、それでもテニスを続けていたのは、きっと凛花が応援してくれていたからだと思う。

 そんなテニス漬けの日々に『女子中学生らしい日々』は皆無だった。

 これではいけないと思い、梅高に入学してからは自分を変えようとしたけれど、結局は、テニスをしていない、中学時代と然程変わらない自分が、代わり映えのない生活を続けているだけ。

 でも、ひとつだけ変化があった。

 私は、恋をしたのだ。

 周囲に溶け込むことなく、周囲に合わせることもなく、だけど、ここ一番ってときはクラスのリーダー的な位置にいる佐竹よりも頼れる男の子に。

 可愛くて、本当に可愛くて、可愛いしか言葉に出てこないほど可愛くて、目に入れても痛くないんじゃないかと思う女の子に。

 彼と、彼女と付き合えるなら、私はなんだってする──いや、なんでもしたい。

 プリクラ機に並んで数十分、ようやく私たちの番が回ってきた。

「あ」

 並んでいるプリクラ機の隣の機種から出てきた男子を見て、ユウちゃんがなにかを見つけたような声を上げた。

「熊井君……」

 熊井と呼ばれた男子の隣には、彼女さんらしき人物がいた。

 硬派で無骨な雰囲気がある熊井君とは違って、ブランド品で身を固めた派手系ギャルだった。

 お似合いカップルと呼ぶには難しい二人だが、二人でプリを撮るのだからそういう仲なのだろう。

 ユウちゃんは浮かない顔をして、熊井君たちが遠くへいくのをぼうと眺めていた。

「だれ? 知り合い?」

 私が訊ねると、ユウちゃんは無言で頷く。

「中学時代のクラスメイト。柴犬のグループにいた頃にちょっとだけ関わりがあったんだけど、問題を起こしてそのままこなくなったんだ」

 ──犬類じゃなくて、凛花の恋人、しばけん君のことよね?

 凛花から毎日のように送られてくる惚気メッセージには食傷気味な私だけれど、この二人は長続きしてくれたらいいなとも思ってる。

 でも、中学時代の柴田君は結構なヤンチャ気質だったようで、いい雰囲気になるとその顔がたまに出てくると語っていた。──末永くお幸せに。

「向こうは気づかなかったみたいね」

「気づかれたら面倒だし、いいんだけど」

 プリクラ機のなかでそんな会話をしながら硬貨を投入し、四苦八苦しつつも無事に撮影が終了。

 プリントアウトされた写真を見て、私は顔から火が出るのではないかと思うくらい恥かしかった。

 撮影される二秒前、私は思いっきりユウちゃんに抱きついたその表情が『ムフフ』って感じに笑っていて、自分でもちょっと引くレベル。──これはさすがに。

「まさか抱きつかれるなんて思ってなかったから、変な顔になってるじゃん……」

 私のことを指しているのかと思えば、ユウちゃんは自分の一驚した顔に文句を言っている様子。

 ──私に対しての指摘だったら、一週間は寝込んでいたかもしれないわ。

「プリクラってそういうものよ!」

 などと、大嘘を吐く私。

 プリクラの存在理由なんて、私が知る由もない。

 顔の加工はほどほどに、写真に描かれた『クリスマスデートなう』の文字が痛々しい。

 クリスマス期間限定フレームの騒がしさも相俟って、この写真は門外不出にしなければ、と胸中で誓う。

 だけど、強引にも抱きついた甲斐があった。

 ユウちゃんの驚いた顔は、あまり見られない。

 それを切り取れただけでもよかった。と、内心ほくそ笑みながらハサミを使って半分こする。

「はい。これユウちゃんの分よ」

「いまなら高校デビューに失敗した流星の気持ちがわかる気がする」

 苦笑いしながらも受け取り、鞄にしまう。

「気を取り直して、今度はクレーンゲーム対決ね!」

 パン、と手を打ち、私は再びユウちゃんの手を取った。

 目的その二、クレーンゲーム勝負。

「千円で多く景品を取ったほうが勝ちね?」

 とは言ったけれど、私の目的は他にある。

 どうせ、クレーンゲームのアームはゆるんゆるんに緩み切っていて取れないだろう。シーズン中のクレーンゲームなんて、そんなものだ。

 だからこそ、これは布石なのだ。

 私がユウちゃんに用意したプレゼントを渡す、そのための過程。

「ええっ!? 私、クレーン苦手なんだけどなあ……」

 とはいいながらも、ユウちゃんの目はやる気そのものだ。財布から千円札を抜き取り、臨戦態勢に入る。

 勝負ともなれば、私も負けるわけにはいかない──なんて、いつもの私なら闘志を丸出しにするけれど、今日は控えに、表向きだけのやる気を目に宿した。

 クレーンゲームといってもその形態は様々だ。

 従来のクレーンは勿論のこと、獲物を上手く挟んで落とすタイプや、ピンポン玉をたこ焼きプレートのような窪みに落とす物などがある。

 私の狙いは、このゲームセンターに入ってから決まっていた。

 通称〈コンビニキャッチャー〉と呼ばれるクレーンゲームなら、景品を取れないこともなさそうだ、と。

「手に入れた商品はプレゼントってことにしない?」

 両替機で千円札を小銭に変えたユウちゃんが、思いついたみたいに言った。

「楓のクリスマスプレゼント?」

「の、おまけみたいな」

「いいわよ。負けたらどうする? こういうのは罰ゲームありきよね」

「罰ゲームもあるの!? じゃあ、勝者のお願いをひとつだけきく、とか?」

 負けられない戦い──!

「お金を使い切ったらここに集合ね」

 うん、とユウちゃんは首肯して、別方向のクレーンゲームを吟味し始めた。


 

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