【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

四百六十四時限目 彼を差し向けた彼女の意図は


 翌日、朝のホームルームで終業式が二日早まることになった、と三木原先生の口から伝えられた。

 この分だと音楽祭も中止にせざるを得ないだろう、と言う三木原先生の言葉に肩を落としたのは、軽音部主導で行われるはずであった『音楽祭ライブ』に向けて練習をしていた本沼君である。

 いまの本沼君をギターコードで喩えるならば、悲しみのAmエーマイナーってところだろうか。

 参加バンドが掲示板に張り出されていたけれど、噂によればそのうちの半数が辞退したらしい。

 記憶が正しければ二〇組がエントリーしていたはずで、一組が使える演奏時間を約一〇分と過程する。

 二〇組が持ち時間を精一杯使用したとして約三時間。その三時間が一時間半になってしまえば見る側も満足できないし、状況によっては予定よりも早く終わる可能性だってあるのだ。

 ようやくライブが盛り上がってきたってときに、『本日の演奏は終了しました』では消化不良で白けるだろう。それでも強行するという選択は愚かな行為だ。風邪が蔓延しているこの時期に、密閉空間の中、長時間滞在するのはリスクが大き過ぎる。ゆえに、諦めるしかない。




「致し方ないだろう」

 流星が言った。

「普段の行いが悪かったという他にない」

「それをアマっちが言うのか?」

 冗談半分で揶揄う佐竹を睨みつけながら、

「そのあだ名で呼ぶな殺すぞ」

 と、いつも通りに切り返す流星。

 昼休みに佐竹と流星が揃うのは珍しい光景だ。

 普段の佐竹は自分の仲間たちと一緒に教室で騒いでいるし、流星は一匹狼タイプで群れるのを嫌う。とはいえ、所属は佐竹軍団な流星である。往生際悪く、本人は認めていないけど。

 あと数日もすれば終業式になるというのに、グラウンドではサッカー部と野球部が練習に励んでいる。空には厚い雲が広がっているけれど、雨が降りそうな気配はない。ホイッスルと共にサッカー部のミニゲームが始まるや否や、グラウンドに砂塵が舞った。

 その様子を眺めながら、

「冬場はここで飯食うのをやめたらどうだ?」

 埃が舞って飯が不味くなる、とでも言いたげな声音だ。すかさず僕は「うるさいさなあ」と反論したが、佐竹の言い分はごもっともだった。

 然し、ここよりも適切な場所などこの学校には存在しない。

 食堂にいけば八戸先輩に絡まれるし、職員室前にある円形花壇周囲にはカップルで溢れ返っている。

 体育館二階は男子バスケ部がダムダムしていて食事どころではなく、体育館裏は梅高のダウンタウンと言えるほどのアンダーグラウンドな世界だ。一歩足を踏み入れることすらも躊躇ためらわれる。

 残すはトイレくらいだけど、ダイナミックにウンチングスタイルで食事をしろとでも言いたいのか? 直ぐに出せて便利ですねって、そういう問題ではない!

「それにしても、佐竹は兎も角として、どうして流星がここに?」 

「佐竹を監視しろとお達しがきてな」

「はあ? だれからだよ、マジで」

「天野恋莉だ」

 僕と佐竹は顔を見合わせた。あの流星が天野さんの指示に従うとは思えなかったからだ。嘘にしては不出来だが、流星が冗談をいうとは考えられない。──本当に。

「天野さんがそう言ったの?」

「なにをしでかすかわからないからだとよ」

「べつになにもしねえよ」

 間髪入れずに言い返す佐竹。

 へえ、と流星は意味深に笑った。

「義信がそれでいいなら構わないが本当になにもしないでいいのか」

「させないための監視なんだろ」

「袖の下が重たくなれば話は別だけどな」

 わいを寄越せと言いたいらしいが、常日頃から「金がねえ」と連呼する佐竹だ。その割には喫茶店で珈琲を奢ったりするもので、お金の使い道を改めたほうがいいと僕は思う。

「……缶コーヒー一本でどうだ」

「甘いな」

「微糖、あるいはカフェオレってことか?」

「糖分の問題じゃないと思うけど」

 阿呆か、と流星。

「しょうがねえから貸しにしといてやるよ」

「菓子か……ポテチ、それともチョコか?」

「おい優志、コイツ殺していいか?」

「殺人は犯罪だよ、流星」

 ついでに言えば、暴力も犯罪である。




「まさか恋莉が流星を使って監視させるなんてなあ……」

 流星を利用してまで佐竹の邪魔をしようと考えるなんて、天野さんらしからぬ方法だ。それほどに切羽詰まっているとはあまり考えられないけれど、天野さんの中でなにかしら心境の変化があったのだろうか。などと考え込んでも、なに一つ明確な答えが出てないんだよなあ……

「監視されるような心当たりは?」

 佐竹は探偵が推理するときみたいに指を顎辺に当てて、「うーん」と暫く考え込んだ。そして、思い出したかのように「あ」と手を叩いた。

「……太陽」

「……ああ、なるほど」

 佐竹と犬飼弟が接触したのは、その日、教室にいただれもが知っている事実だ。

 犬飼弟と天野さんの間に接点はないけれど、犬飼弟がどういう人間なのかは、天野さんと月ノ宮さんに話してある。

 であるならば、犬飼弟を敵視しているのも当然で、呼び出された佐竹にも敵意とはいかないまでも、警戒するに越したことはないと考えるのが妥当だろう。

 ──ややこしい話になってきたな。

 勘違いを解くにしても、これは佐竹の迂闊な行動が招いた種だ。天野さんの性格を鑑みると、僕がどう説得したとて意地でも耳を貸すとは思えない。

「どうするの?」

「どうするもなにも、このまま放置ってわけにもなあ……」

「残機の一つや二つは落とす覚悟が必要だね」

「クリスマス前──いや、終業式前までになんとかしねえとな」

 それは自分のためなのか、それとも天野さんの心痛を考慮しての発言だったのかまでは僕の知るところではないけれど、佐竹は他人を想って行動するヤツだ。だから大丈夫。──だと思いたい。

「うわ、アイツのシュートすんげえ曲がるなあ。あれが噂のカイリーシュートか」

 佐竹が呟く。

「カイリーシュート?」

 僕は首を傾げた。

「ブーメランみたいな軌道を描く必殺シュート。それがカイリーシュートだ。そんで、あの一年生の親父さんが、くるまたにラーメンの店主なんだぜ?」

 本人が見知らぬところで自分のシュートが必殺技になっていたり、家庭の事情が語られる気分はどうだろう?

 僕があの一年生の立場であれば、噂をしている二年生の二人組目掛けて必殺シュートをお見舞いしてやりたくなるのはむべなるかな──とまあ、本人さえも操れないシュートを僕が操れる謂れもないけどね。


 

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