【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
四百五十八時限目 佐竹義信の勘違い
俺の予想通りであれば、そろそろ心を開いてくれるはずだ。本心が相手に伝わったときこそ距離が縮まり、絆が深まっていく。クラスのヤツらだってそうだったんだ、太陽も例外ではないと確信していた。それこそが、これまで培ってっきた経験則から導き出した答えである。そのはず、だったんだが……。
太陽はぽかんとしながら首を傾げる。
「はい?」
俺の確信めいた言葉は、虚を衝くどころか空を切ったようだ。まったくもって届いていない。おいおい、マジかよ。ドヤ顔で言い放ったんだぞ。格好つけたんだから最後まで格好つけさせてくれってのに。この空気どうしてくれるんだ。
「だからな? 太陽は優しいって」
そう言ったんだ、まで待たず俺の言に重ねる。
「優しいって、ぼくが? とうとう気でも狂いましたか? ここまでボロクソに言われても凹まないなんて、佐竹先輩、もしかしてそういう趣味を持ってるんですか。うわあ、気持ち悪いので近寄らないでくれますか?」
あらぬ疑惑をかけられた俺は、「そんな趣味ねえよ!?」と強く否定してみたけど、太陽はその名前らしからぬ凍てつくような視線を向け続ける。
「コホン──とにかく、俺のことを励まそうとしてくれているんだよな?」
「どうしてぼくが佐竹先輩を励まなきゃいけないんですか? しませんよ、そんなこと。面倒臭いじゃないですか」
──マジかよ!?
「俺をヘタレと罵ったのだって、いつまでも行動に出ない俺の尻を蹴飛ばすため……じゃねえのか」
言っている途中から「あ、多分違えんだろうな」って気づいてしまった。どんどん言葉尻が弱くなり、最後の部分なんて取るに足らないぼやきのようだった。
ああそうだよ、太陽はそういうヤツだ。傷口に塩を塗って、相手がどう痛がるのかを観察する陰険な性格のヤツが優しいなんて有り得ない。ナメクジなんて格好の標的だろうな。逃げろナメクジ! ヤツに関わると危険だ!
「わかってるじゃないですか、一〇〇点満点です」
わかりたくもねえんだけどなあ……。
もしこれが好意の裏返しやすき避けであれば、鈍い俺にだって察することもできる。だが、太陽に至っては本気で俺を潰しにかかっているのがひしひしと言動から伝わってくる。
「俺を鼓舞するために敢えて悪役を演じていたわけじゃないとしたら、どうしてわざわざここに呼び出して嫌味を連発してるんだ? マジで」
やっていることが矛盾している、と俺は思った。どうでもいい相手だと吐き捨ててしまえる程度の相手にここまでする義理も道理もない。放っておけばいい。無視していればいい。
俺のことが嫌いなら、尚更そうするべきだ。だけど、太陽は俺をこの店まで連れてきて、有難迷惑なクレーマーみたいなことをしている。その目的がまるで見えない。
「……馬鹿にしないでください、佐竹先輩」
「いや、してねえけど」
「自覚がないだけです」
声を荒げてはいないものの、怒っているのは空気で感じ取れた。
──なにをそんなにムキになっているんだ?
太陽と長い付き合いをしているわけではない俺だが、いつもの太陽らしからぬ表情だ。然し、「してない」、「してる」と言い合っても水掛け論になってしまうだけで、話は一向に進まない。
「俺のどこが太陽を馬鹿にしてるって思うんだ?」
「全部ですよ、全部」
「そうじゃなくて、もっと具体的にあるだろ……」
「ぼくに勝っておきながら鶴賀先輩を放置している。佐竹先輩が逆の立場だったら、いまのぼくと同じ感想を抱くはずです」
と指摘されて、自分の立ち位置を太陽側にして一考してみた。
太陽の気持ち、太陽の気持ち……さっぱりわからん。
だれかを諭す際に、『相手の気持ちになって考えろ』と言ったりするけど、それは相手の気持ちになって考えられるくらい仲がよかったり、自分に近しい人間だったりと、想像の範疇で賄えるようであれば使える常套句だ。でも、太陽と俺はあまりにも価値観が違い過ぎる。
一八〇度思考パターンが異なる相手の気持ちを慮れと言われてもなあ。野生動物や地球外生命体の気持ちを理解できないのと同じで、どう頑張ったって不可能だ。
──とか、優志なら思うんだろうな。
だが然し、俺は優志ではない。これまでどれだけ異種の価値観を持つ人間とコミュニケーションを取ってきたと思っているんだ。特に姉貴のサークルに在籍している人たちなんて、偶に人語を喋ってないときがあるからな。
作業中、急に『ふぎゃーっ』って叫んだり、『神よ応えたまえ』って祈りを捧げたりするんだぜ? その人たちの気持ちを考えろって言われたら絶望するけど今回の相手は後輩の太陽だ。できる。俺はならできる! やればできる、それが俺だ。
そうはいったものの──。
「どうですか、少しはぼくの気持ちを理解してくれましたか?」
「……え? あ、おう! もうばっちりだぜ、ガチで!」
やべー、考えてみたけどやっぱりわっかんねえ……。
「でしょうね。佐竹先輩のお頭に期待なんてしてませんから大丈夫ですよ。──はあ、ここまで馬鹿だったなんて想定外だ」
「読心術でも使えるのか!?」
「いやいや、そんな人間離れした能力を使わずとも、佐竹先輩の考えなんてだれでも容易く読めます」
そうか、だから俺はトランプの類が弱いのか。NPC相手の大富豪なら勝てるのに、対人戦だと勝てないのはそういう理由だったのか。
姉貴がよく「ポーカーするわよ」って俺の部屋を訪ねてくるその理由は、単にポーカーがしたいだけって思っていたけど、弱い相手をコテンパンにして悦に入るためだったのか! ちくしょう、もう絶対に相手してやるものか。俺は心に誓った。
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