【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

四百五十四時限目 魔球・カイリーシュート


 注文を終えて、改めて店内を見渡す。客は俺たちしかいない。時間帯が時間帯だから仕方がないとしても、いつもこんな感じなのか? 立地が悪いせいもあるが、それよりも店主と、店の作りと、店名に問題があると俺は思う。総じて、全部悪い。

 店名を〈くるまたにラーメン〉としておくのもどうかと思うし、店の外観、店内の作りが諸に大衆中華屋だし、おまけに店主は強面で無愛想である。これでどうやって運営しているのか疑問だ──と、楓がこの場にいたら言いそうだな。

 知る人ぞ知るなんてのは、知る人がいるからこその謳い文句であって、知らない人は知らないじゃあ認識すらされてないってことだ。常連と思わしき固定客もいないんじゃないか? 外看板を見て入ったはいいが、食券機のライナップを見てUターンする客がほとんどだろう──って、優志は採点するに違いない。

 集客を見込むのであれば、あの看板だけは早急に撤去するべきだ。そして、珍しい店を紹介するテレビ番組に応募しろ。割とガチで。──これは俺の意見だけど、胸中に秘めておく。

 そんな珍百景よろしくな店を、太陽はなぜ知っていたのだろうか。知っているというよりも、二、三度来店したことがありそうだ。堂々とした態度で落ち着き払っている。

 この店は新・梅ノ原駅のメインストリートとま逆側に位置している。市街地側の出口付近で話題性があるのは、生クリームがさっぱりしていて美味いと評判のケーキ屋くらいなものだが、そのケーキ屋だって駅から徒歩二分圏内にある。

 なので、片道徒歩約一〇分の距離にある〈くるまたにラーメン〉の存在を、梅高生徒の何人かは「不味そうなラーメン屋がある」程度には知ってるだろうけれど、「実は喫茶店だった」と知る人はいないんじゃないだろうか。太陽の趣味に喫茶店巡りがあればこの珍店を知る理由もなくはないが──そうは思えねえんだよな。

「太陽はこの店にきたことがあるのか?」

 気になって訊ねてみる。

 太陽はテーブルに肘を付き、退屈そうに水が入ったコップの縁を指でなぞりながら、こともなげに「ありますよ」と返事をした。

「クラスメイトのお父さんが経営しているので」

「マジか」

 普段は王子様プレイをしている太陽だ、友人の親父が経営している店にふらっと訪ねることもあるのだろう……あるのか?

 俺が太陽の立場で考えると、我が物顔で訪れたりはしない。前もって「今日、お前の親父さんの店にいっていいか?」と了承を得るはずだ。

 逆を言えば、それだけ仲がいい友人だと推測もできるけれど、太陽が『他人と友だちになる』という概念で人付き合いするとは考え難い。であれば、太陽はクラスメイトをどう見ているんだ? と、俺は心の中にいる犬飼太陽に問いかける。

 子分、手先、従者と並べて、ぴんときた。

 ──ぼくだ。

 下僕って意味合いがピッタリだ。傲慢な王子に付き従う下僕の一味、それが太陽の思い浮かべる理想の友人像に違いない──さすがに考え過ぎか。
 
「サッカー部の種田ってわかりますか?」

「たねだ……」

 オウム返しして、どこかで訊いた名前だと記憶を辿る。同学年に種田という名前のサッカー部員はいない。であるならば、太陽が問いたのは一年生のサッカー部員、種田なにがし

「カイリースネーク」という単語が、ぽんと出てきた。

「かいりーすねーく?」

 コップをなぞる指をとめて、俺の言葉をそのまま繰り返す。「なにをわけわからないことを」って感じに俺を見ながら、「なにをわけわからないことを」って言葉にした。

 小首を傾げるその表情が、どことなく雰囲気が優志に似ているように思えて、俺は頭を振る。そんなはずない。太陽は水の入ったコップを手に取り、望遠鏡を覗き込むようにして俺を見た。午前二時の踏切、というフレーズが脳を過ぎった。

 見えない物を見ようとしたのか、それとも、もう一度だれかに会いたくなったのか。太陽も、背が伸びるにつれて伝えたいことが増えていき、宛名のない手紙も重なっていったのだろうか。なんて、な。

「こうして見ても、佐竹先輩は佐竹先輩ですね」

「当たり前だろ」

「フフッ、たしかにその通りだ」

 太陽は嘲けるように笑った。

 気になっていたのだが、太陽は俺を〈先輩〉だとは思っていないんじゃないかって、言動を見て思うときが多々ある。ま、別にいいんだけどよ。先輩ってのは寛容なんだ。だから、つまらないことを兎や角言って指摘したりしない。だって俺は先輩だからな! 先輩なんだけどなあ……。

 それで、と太陽はコップを置いて、

「その〝カイリースネーク〟がどうしたんですか?」

 当然話題が戻ったもので、俺は少々戸惑いながらも「ああ」と頷いた。

「サッカー部の連中が〝カイリースネークみたいなシュートを打つ一年がいる〟って噂してたんだ」

 カイリースネークは、テニスの金字塔漫画で主人公が滞在するテニス部の先輩が使う技だが、「サッカー部員がテニス漫画の技を引き合いに出してどうすんだ」とツッコんだのを覚えている。俺も上手いこと言えたって自覚があったし、このときのツッコミは冴えていた。

「へえ」

 太陽は頻りに「カイリー、カイリー」と連呼して、合点がいったようにぱっと顔を上げた。

「ああ、ブーメランの別称ですか。言われてみればなるほどです、佐竹先輩。種田の魔球は〝カイリーシュート〟とでも名付けましょう」

 捻りもくそもなく、そのまんまじゃねえか。本人が不在の場所で自分の必殺技名を適当に付けられては、種田も堪ったもんじゃねえだろうなあ。でも、『なんちゃらペンギン〇号』って命名されるよりはずっとマシだと思うぜ? マジで。

 種田は小学校六年の夏休みからサッカーを始めたらしい。完

 薄っぺらい種田伝を熱く語り始めた太陽の声を小耳に挟みながら、どうして俺はこんな出鱈目な喫茶店で太陽と二人きりなのかを思い出していた。


 

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