【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

四百四十八時限目 クリスマスに向けて〜佐竹義信の場合〜


 みそラーメンはまずまずの出来だった。

 食器類を片付け、ぼうとテレビをみながら余韻を楽しんでいた。居間にあるソファーは安物ではあるけれど、寝そべるだけなら文句はない。然し、ラーメンで得た熱がそろそろ逃げつつある。数日前に出した炬燵に移動するタイミングは、体がちょっと冷えた頃がベスト。だが、気がつくと入っているんだよなあ。

 炬燵ってブラックホールなのかもしれない。それとも、ダメ人間ホイホイか。入ってっきた人間をダメにすると考えれば、後者に軍配が上がりそうだ。

 ソファーに背中を預けて脱力していると、携帯端末が至福の時間を邪魔する。ああそうだ、携帯端末は食卓に置き忘れたままだった。理力フォースが使えればどんなによかっただろうと、こういう場面で思わない人間はいないはずだ。寧ろ、このときのためにジェダイになるまである。始まりから既に暗黒面ダークサイド寄りなんだよなあ。

 無視をする選択肢をどうにか堪えて炬燵を出た僕は、ほどよい眠気に体を揺られながらも携帯端末を手に取った。

 折角の時間に邪魔立てしたのは、佐竹義信である。ポップアップ通知を見て殺意が湧くとは、やっぱりジェダイにならないほうがいいのだろう。ルークよりはメンタル強いと思うけど、そういう話ではないもんね。

 トーク画面を開くと自撮りアイコンの吹き出しに、『楓のプレゼントどうする』のメッセージ。他の学生はどうか知らないけれど、初手挨拶は基本じゃないの? もしかして一般常識すら通用しない相手なのかしらん? と、現役高校生が現役高校生に疑念を抱く、冬の午後。

 まあ、ルールは常に変わるものだし、よくわからん独自ルールも存在するのだろう。でも、独自ルールってそのグループのみで交わされた約束だよね。『フォロー外すなら最初からするな』や、『リツイートするときは一声かけるのが礼儀』とか、『同じ阿保なら踊らにゃ損々』は他人に強制したり強要するべきではないはずなんだけどなあ。──気を取り直して、と。


 * * *


 佐竹:楓のプレゼントどうする
 優志:僕は一応決めた
 佐竹:なに渡すんだ?
 優志:アロマキャンドル(仮)
 佐竹:じゃあ、それを二人で買いにいけばいいか


 * * *


「はあ?」

 いやいや、そうじゃないだろう。アロマキャンドルは僕が月ノ宮さんにプレゼントする物であって、佐竹は別途用意するのが月ノ宮さんに出されたお題のはずだ。天野さんもそのつもりで話を進めていたのに……まさか佐竹、理解していなかったのか。


 * * *


 佐竹:じゃあ、それを二人で買いにいけばいいか
 優志:いや、違うって
 優志:佐竹は別に用意するって話だったでしょ
 佐竹:マジか
 佐竹:俺はなにを渡せばいい?
 優志:自分で考えなよ
 佐竹:ハードルたけえな
 佐竹:とりまドンキいくべ?


 * * *


「さすがにドンキはないだろ……」

 激安ジャングルで楽しいお店ではあるけれど、ドンキに売ってる物を月ノ宮さんが喜ぶとは考え難い。

 月ノ宮さんは外見をあまり飾らない人だから、ピアスや指輪は要らないだろうし、なんなら倍以上の値がする装飾品を持っているはずだ。オモチャ同然の指輪を貰っても苦笑いしながら受け取るだけで、指に嵌める日は永遠に訪れない気がする。


 * * *


 佐竹:とりまドンキいくべ?
 優志:佐竹がそれでいいなら
 佐竹:くっつく言い方だな
 優志:それを言うなら引っかかる、ね
 佐竹:ドンキがだめならハンズか?
 優志:ハンズでなにを買うのさ
 佐竹:ヘッドホンは?


 * * *


「なるほど」

 言われてみれば、イヤホンやヘッドホンも、アロマキャンドルに匹敵するプレゼントかもしれない。

 自分で買うには少々躊躇う値段だが、合って損はない代物だ。「プレゼントしたヘッドホン使ってる?」と訊かれて、仮に使っていなかったとしても、「部屋で使ってるよ」と言い訳も立てられる。そして、イヤホン類は消耗品でもある。現在使用している物が断線したときの予備としても有りだ。


 * * *


 佐竹:ヘッドホンは?
 優志:いいと思う
 佐竹:Bluetoothがいいよな
 優志:結構高いよ?
 佐竹:二〇〇〇円くらいで買えないか?
 優志:あまりおすすめはしないけど
 優志:どれにするかは現地で決めればいいよ
 佐竹:それもそうだな


 * * *


 佐竹とのやり取りを終えて、時計を見遣ると三時を過ぎていた。大切な土曜日を、プレゼントの相談で終えてしまう切なさと、時間を巻き戻したい悲しみが同時に押し寄せてくる。

 無駄な時間だったとまでは言わないけれど、もっと端的に話を済ませられないものだろうか。二人とも暇だったの?

  プレゼント候補は決まったとして、懸念が残るのは『探しにいく日』だ。

 クリスマス、クリスマスイブ当日にお目当の物が買えるのか。

 それだけではない。

 月ノ宮さんが、なぜその日を選んだのか、だ。

 特別な日にデートして、『答えを出せ』と言いたいのはわかる。わかるけれど、その答えをクリスマスプレゼントとするのは心苦しい。

 僕は未だに答えを出し兼ねている。

 この関係を崩してまで欲しい存在なのか、わからないままだ。

 僕は友だちを得た。友だちを得て、高校生活が随分と豊かになったと思う。教室では然程変化はないけれど、視界は明るくなったと実感している。

 与えられた世界は居心地がいい。この世界を壊してまで必要な存在とはあるのだろうか。自分の心を満たすだけの相手なんて、それこそ嫌悪対象だったはずだ。

 二人ぼっちの世界で傷の舐め合いをするくらいならば、僕は──。


 

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