【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

四百四十五時限目 再び歴史は繰り返す


「クリスマス、どうしますか」

 もう一度、同じ質問を優志さんに投げかけた。

 恋莉さんが優志さんをクリスマスデートに誘った時点で、私の出る幕はない。ここからどう抵抗しても、恋莉さんは自分の考えを曲げないでしょう。ならば、恋莉さんの主張を尊重し、手助けをしようと誓ったのが昨晩の出来事だった。

 勿論、優志さんに恋莉さんを譲る気はさらさらない。隙があればいつでも噛み付いて差し上げますからそのおつもりで、とばかりに、私は優志さんを睨み続けた。

 長考が続く。どれだけ考えたって、優志さんは、返す言葉を見つけることはできない。〈はい〉か〈いいえ〉で答えられてしまう簡単な質問では、意味がないのです。この場にいる二人が耳をそばだてたくなるほどの難しい質問にこそ、意味があるのですから。──それにしても。

 佐竹さんは優志さんをクリスマスデートに誘ったのでしょうか。仮にまだだとしたら、出遅れているにもほどがある。そういうところが佐竹さんの駄目なところなのです。押しが弱い、ヘタレ根性丸出し、思慮に欠ける、語彙力が貧困……短所を挙げればきりがありません。

 クラスの纏め役であるにも拘らず、どうしてこうなのか。ですが、短所を長所に変えることができるのも、佐竹さんのユニークなところでしょう。自分のよい部分を理解できれば、押しの弱さも克服できるかもしれませんね。今更感は否めませんが──ああ、名案が浮かびました。

 睨むのをやめて、鞄から携帯端末を取り出した。そして、あたかも着信があったかのように見せかけて、「すみません、席を外します」と外に出た。

 店の前で、傘を持ってくればよかった、と後悔。溜息を零す。目の前のことに集中していたせいで、雨の存在を失念していた。私らしくないですわね。

 周囲にだれもいないことを確認し、百貨店裏口を目標に見定めた。窓際に座る優志さんに見られては元も子もないので、コインパーキングまで進んでから左折しましょう。自販機の物陰に隠れれば、見つかることもない。

 無事に百貨店裏手にある自販機の物陰に到着した私は、握ったままだった携帯端末のメッセージアプリを開き、佐竹さんとのトーク画面を開いた。フラッシュグリーンの背景は、初期設定のまま。いつも思うのですが、目が痛いですね。やはり、佐竹さんだけ変えていないのも問題でしょうか。時間があるときにでも竹っぽい画像を探しましょう。それはまた後日でいいとして──。

「ご内密にお願いします、と」

 メッセージを送信する際に、口に出してしまうのはどうしてなのでしょうか。慣れていない時期はとっくに過ぎて、いまではありとあらゆる機能を使いこなしているというのに。




 * * *




 楓が店を出てから数分、ポケットに突っ込んだままだった携帯端末がぶると震えた。こんなときにだれからだよ、と思いつつ引っこ抜いて画面を確認して、ぎょっとなった。

 メッセージの送り主は、楓だった。このタイミングでメッセージを送信してくるってことは、割とガチなことがあったに違いない。俺は普通に、優志に見られないように携帯端末を操作し、トーク画面へ。楓とのトーク画面は、どっかの山の紅葉画像だった。楓だしな。

『ご内密にお願いします』

 げえ、と、やっぱりガチっぽい、とも思った。

 楓:ご内密にお願いします
 義信:いまどこだよ
 楓:百貨店裏手の自販機

 なんでわざわざそんなところでメッセージを飛ばしているのかは、『ご内密』のなかに含まれているんだろう。優志と恋莉がいる場所では言えないような、ワンチャン、ガチで面倒っぽいこと。溜息が出そうになって、欠伸の真似で誤魔化した。

 楓:単刀直入にお訊ねします
 楓:優志さんをクリスマスデートに誘いましたか
 佐竹:まだだけど
 楓:ですよね
 楓:そんなことだろうとは思っていました

 俺だってなんども誘おうとはしたんだ。でも、どう切り出していいものか悩んでいる間に、恋莉に先を越された。優志は約束事に細かい性格だ。先客を優先する。二番煎じの俺が誘っても、いつもみたいに軽くあしらわれてしまうのは明白だった。それで、余計に言い出し辛くなったんだよなあ……マジで。

 然し、こんなことを言うためだけに、楓が席を外すとは思えない。

 義信:微妙にタイミングがなくてな
 義信:で?
 義信:本題はなんだよ、ガチで
 楓:タイミングがなかったのですよね
 義信:おう

 ──タイミング、お作りします。




 * * *




 楓がどうして電話をする振りまでしてダンデライオンを出たのか、その理由はよくわからなかったけれど、佐竹の不振な挙動を見て、楓がなにか策を弄しようとしているってことだけはわかった。以前から、佐竹と楓は二人でこそこそやっていたし、今回も怪しげな作戦を考えていそうだ。

「ねえ、佐竹」

「なんだよ」

「アンタ、だれとメッセしてるの」

「だれって……宇治原だよ」

 嘘ばっかり。

 女の勘はよく当たる。それも、悪いことであれば的中率はぐんと跳ね上がる。どうしてこんな特殊能力紛いな勘の良さが女性にあるのかと考えた時期があって、ネットで調べたことがる。

 そのサイト曰く、女性は第六感が鋭いらしい。霊感も女性のほうが強いとか書いてあったけど、それは信じたくないから信じてない。だって幽霊なんて見たくないもの。見えないのならこのまま見えずに過ごしたいでしょ。

「宇治原君、なんだって?」

 訊ねたのは優志君だった。

 優志君も勘が鋭い。男性でも女性ホルモンが多ければ、第六感が研ぎ澄まされるものなのかしら。などと思いながら優志君を見てると、優志君は不思議そうな顔をして、「なに?」と。すかさず頭を振る私。優志君の目ってまつ毛が長いとか、肌が綺麗とか、そんなことを考えてしまっていただけに、顔が熱くなった。

「宇治原は、えっと……ああ、漫画を貸してくれって」

 いやアンタ、『えっと……ああ』の時点で嘘がバレバレじゃない。どうして男子はこうもわかりやすい反応をするの? 逆にバレたいのかしら。バカだから仕方がないけど。

「宇治原君が漫画をねえ……。で、その漫画のタイトルは?」

「べつにいいだろ、そんなこと」

「僕、気になります!」

 きゃぴるん☆ と目が輝いていた。優志君が嘘を見抜いたときのテンションの上がりようは、エビチリを食べているときと似ている。あと、佐竹をからかっているときも然り。楽しそうにしている優志君を見ていると、私まで愉快になってくる。というか、優志君の悪巧み顔ってくせになるほど可愛いのよね……。

「ま、漫画のタイトルは、あれだよ、あれ」

「あれじゃわからないんだけど?」

「剣が一〇個の姿に変形するやつ」

「ああ、ギルドは家族だ! の漫画?」

「そうそれ!」

「おかしいな、あの漫画にそんな武器は出てこないんだけどなあ?」

 と言われた佐竹の顔は、青ざめていた。

 私はその漫画について詳しくないけれど、昔、奏翔が集めていたような気がする。帰宅したら読んでみようかしら? 気前よく貸してくれたらの話だけれど。──読む時間なさそうね。


 

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