【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
■□二十一章 Invisible,□■
携帯端末のアラーム音で目を覚まし、洗面台で歯を磨く。鏡に映った自分の姿を見て、酷い寝癖だな、と思った。寝起き丸出しのラノベ主人公ほど大袈裟ではないけれども、さすがにこのまま学校に向かうのは恥ずかしい。
洗面台の鏡は隠し収納の扉になっている。下部にあるちょっとした隙間に手を入れて引っ張れば、マグネットで固定された鏡が開く仕組みだ。内側の棚からスプレータイプの〈寝ぐせ直しウォーター〉を取り出して髪の毛に吹きかけて、百均で購入したブラシで髪を整えた。
洗顔、化粧水、乳液の流れが染み付いていた。化粧水は質よりも量が重要らしい。なので、僕が使っている化粧水は安物だ。両手に残る乳液を水で洗い流すのは勿体ないので、腕に塗って伸ばした。
この時間になると両親は出勤した後なので、リビングは閑散としていた。寂しいという気持ちはとっくの昔に薄れてしまった。いまでは朝の静かな時間が心地よく感じている。
電気ケトルに水を入れて、スイッチを押した。ケトルに水を充分に入れてから電源を入れるのが正しい使用方法だ。そうしないと故障の原因になるらしい。あと、ミネラルウォーターも使ってはならない。ミネラル分が結晶化して、水垢になるからだ。
お湯が沸くまでの間、朝食の準備をする。冷蔵庫のなかには、母さんが作っておいてくれたサラダがある。それと、卵、ベーコンを取り出した。今日はベーコンエッグとトースト、サラダ。飲み物はコーヒーで、ご機嫌な朝食にしよう。
ヨーグルトもあれば尚よしではあるが、昨日の帰りに買おうと思って忘れた。今日の帰りには必ず買ってこようと心に誓いつつ、ベーコンエッグの調理に取り掛かった。──朝から気合いの入った朝食になってしまった。
インスタントコーヒーを一口啜り、テレビの電源を入れる。通販、彩の国ニュースと番組を切り替えて、本日の天気予報でチャンネルを止めた。曇り時々雨。降水確率は三〇パーセントとある。一応、レインコートを着ていこう。埼玉県の降水確率なんて、あてにならない。これ、埼玉県民の常識だ。知らないけど。
食器を片付けて部屋に戻り、着替えを済ませた。鶴賀優志の朝のルーティンは、大体こんな感じで終わる。
自転車を車道に移し、跨る。カゴに入れた鞄には、ゴミ袋を二重にして被せてある。いつ雨が降ってもいいように、対策は万全にしなければならない。三〇分間ノンストップのサイクリングが始まるからだ。
「ちょっとのんびりし過ぎたかもしれないな……」
腕時計を確認して、ペダルを漕いだ。
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