【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

四百二十二時限目 勇者を歓迎する魔王軍なんて魔王軍じゃない


 日曜日の朝。開演一時間前に到着した私たち勇者一行は、ギルド受付──チケット売り場──に並んでいた。

 最近できたばかりのテーマパークというだけあって、相当な混雑を予想していた私だったが、実際に目の当たりにすると予想を遥かに凌駕した客、元い冒険者の数で溢れ返っている。

 魔王一人に対してこの人数差はあまりにも多勢に無勢感が否めないが、実際に戦うわけでもないし、魔王様も勇者一行が沢山きてくれなければ破産するわけで。──魔王軍も別の意味で必死なのだろう。

 ファンタジーというだけあって、随所にファンタジックな装飾が施されている。そのなかでも特に目を引くのが、入場ゲートを通って直ぐにある、『伝説の剣が突き刺さっている大岩』のモニュメントだ。

 ファンタジーといえばアーサー王伝説、アーサー王伝説といえばファンタジーだけあり、伝説の剣が刺さる岩を設置するのは当然である。ファンパのロゴもこれをデフォルメして作られていた。

「なあ、あれって引っこ抜けるんかな?」

 開演前の空気に呑まれてわくわくが止まらない佐竹君が、伝説の剣の方向を指して私に訊ねた。

「引っこ抜けるはずないでしょう、佐竹先輩。ああいう物は外見だけそれなりに作った模型ですよ。刀身は大岩に突き刺さっている部分までで、岩と一体化しているはずです」

 一方、こちらはクールに振る舞う太陽君。夢がないというか、冷めているというか。

 私たちの会話のせいで、夢を信じられなくなり、『大人は嘘つきだ!』とグレてしまう子どもがいるかもしれない。

 魔法も、妖精も、サンタクロースだって信じている子がいてもおかしくない場所だ。その夢を壊さないためにも、太陽君の発言は注意しておかないと!

「だめだよ、太陽君。ここはファンタジー世界なの。伝説の剣はちゃんとある! いい?」

「それもそうですね、失言でした。──ほら、佐竹先輩も謝ってください」

「あ、ああ。その、なんかすまん……って、俺、謝る必要ねえよな!?」

「佐竹先輩が顔に似合わないことを言うからですよ? 反省してくださいね」

 納得いかねえ、と不満げにぼやく佐竹君だったが、今日という日を一番楽しみにしていたのも佐竹君である。

 ホームページにある地図をプリントアウトして、授業中にも「どこから攻略するべきか」と真剣に悩んでいたほどだ。

 遊びに関しては手を抜かない、それが佐竹義信である。が、遊びの予定を立てる前に、授業を真剣に訊け、と私は忠告したい。

 開演一〇分前になると、ゲート前が賑やかになった。オープニングセレモニーが始まったようだ。漆黒のマントに身を包み、二つのツノを生やした魔王が配下を連れてやってくる。ご大層な禍々しいオーケストラ音楽が爆音で流れるなか、魔王が一歩前に出る。

「よくぞここまで辿り着いたな、勇者共よ。せめてものもてなしだ、存分に楽しんでくれたまえ」

 それだけ言い放ち、パーク内へと姿を消す魔王。

 引っ込んでしまった魔王の代わりに、ゴブリン、オーク、リザードマン──どれも割と可愛いらしい姿にアレンジされていた──に扮した踊り手たちが、アクロバティックな演舞を披露する。ファンパを支配している魔王様は、随分とサービス精神が旺盛なことで。

 演舞が終わると、ギルド長的な役目を担う男が現れた。

「魔王の力は絶大だが、希望は残されている! そう、ここに集まった勇者諸君のことだ! 五つの大陸にあるダンジョンを攻略し、魔王の策略を阻止してくれ。──健闘を祈る!」

 大歓声が轟くなか、ギルド長はギルド内に戻っていった。

 とどのつまり、『本日はご来場頂きまして誠にありがとうございます。ファンタジーパークには五つの大陸に用意されたアトラクションがございますので、どうぞ楽しんでください』という開演の挨拶をファンタジー風にした挨拶である。

「やっべえ、普通にバイブス上るわ。ガチで」

 佐竹君のボルテージが最高潮に達したそのとき、

「細かいところにも拘りが見える挨拶でしたね。校長もこれくらい面白みがある挨拶をしてくれればいいのに。校長の孫の話なんて、だれも興味ないと思うんですけどねえ」

 太陽君が水を差すように言った。

「おい、お前なあ。ちょっとは空気読めよ」

「ぼくはとっても空気を読むのが上手いですよ? なんならエアーリードってスキルを持ってるまでありますから」

「カタカナ英語に訳しただけじゃねえか!?」

「なにを言ってるんですか、佐竹先輩。異世界モノの大半はカタカナ英語で技や魔法が構成されているじゃないですか。あれ、もしかしてご存じない……?」

「段々と優志を相手にしているような感覚になるんだが……マジで」

 失礼な。私はこんなに気持ち悪い言い方で煽ったりしません! ──いや、してるなあ。

「あ、鶴賀先輩、前が進みましたよ。無知な佐竹先輩は放置して、先をいきましょう」

「あ、お前! ふざけんな」

 彼らは本当に私をエスコートする気があるのだろうか。

 勝負そっちのけで楽しんでいるようにしか思えないけど……。




 ギルド受付でクエスト受諾の証──という名の入場チケット──をようやく手に入れた私たちは、晴れてファンパの地に足を踏み入れた。伝説の剣が刺さる大岩には、写真撮影の列が出来上がっている。どうやらオークとゴブリンが記念撮影に協力してくれているようだ。ちょっと意味がわからない。

 伝説の剣に触れながら片手でピースサインをする子どもの隣を陣取る、魔王軍の部下。いい写真が取れたと喜ぶ親御さんが、オークとゴブリンに感謝を述べる。──どういうこと?

「魔王討伐という名目で参上した勇者一行を、快く出迎えるオークとゴブリンっていったい?」

 魔王軍って実は超ブラック企業で、部下たちは勇者が魔王を討伐してくれるのを心待ちにしている、なんて妄想が捗ってしまいそうな光景だが、あくまでもファンパはテーマパークである、を忘れてはいけない。






【瀬野 或からのお願い】
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