【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
四百十七時限目 恋愛如病ーヤンデレー
結局、村田ーズたちは陰口ひとつ叩かずに下校していった。バスのなかまで尾行してみたが、全く以って尻尾を出す気配はなかった。
新・梅ノ原から東梅ノ原までの道を歩きながら、僕は思考する。
これ以上は無意味なのではないか、と。
村田ーズは僕のことを、〈佐竹の伝書鳩〉と認識した。それはつまり、僕のアイデンティティである影の薄さが意味を成していないということ。態度が露骨過ぎたのも敗因のひとつだろうと考えれば、用心深くなるのも当然だ。
古びた文房具店の前に差し掛かったとき、見覚えのある少年が店のなかから出てきた。
「太陽君?」
「あ、鶴賀先輩じゃないですか! こんなところで奇遇ですね」
人懐っこい笑顔を咲かせて、左手を振りながら僕のほうに駆け寄ってくる。右手には、ついさっき文房具店で購入した商品が入っているビニール袋を、主婦の買い物袋みたいに腕から下げていた。
「部活はどうしたの?」
「これからです。ほら、鶴賀先輩が本を拾ってくれた、あの喫茶店で」
「ああ、この前もダンデライオンで活動していたもんね」
「部長がえらく気に入りまして。──週一で、という話だったのに」
美味しい珈琲をリーズナブルな価格で飲めて、客も少ない。
ダンデライオンはまるで、「読書をしてください」と言っているような喫茶店だ。外出を嫌う僕が、本を読むためにわざわざ足を向けるほどである。文芸部員が気に入らない道理はない。──ただ。
自分たちの秘密基地を勝手に土足で踏み荒らされたような気分にもなった。思い入れがある店だし、そう思ってしまうのだろう。ダンデライオンの知名度が上がるのは喜ばしい限りなのだが……ああそうか。
この気持ちは、インディーズの頃から知っていたバンドがメジャーデビューを果たしたときに思う、『遠くへいってしまった感』と酷似していた。
僕らのダンデライオン、だったのが、みんなのダンデライオンへ。
もしかすると、ダンデライオンはこんな風に、先輩から下の代へと受け継がれていたのかもしれない。
「ところで、鶴賀先輩はどうしてここに? たしか、望君と同じ、梅ノ原でしたよね?」
「ああうん。ちょっと野暮用でね」
「そうですか。──あ、そうだ。もしよかったら文芸部の活動を見にきませんか? 鶴賀先輩はどの部活にも入ってないみたいですし」
僕が帰宅部であることをどうして犬飼弟が知っているのだろう? と疑問に思った僕だったけれど、この時間にぷらぷら歩いていたらそう思うのもわけないか、と一人でに納得した。
「いや、遠慮しておくよ。僕はひとりで読書するのがすきだからさ」
ごめんね、と断ると、犬飼弟は残念そうな顔をして、「残念だなあ」と残念そうに残念がった。──わざとらしいくらいに。
自分の気持ちを素直に表現する子だ。
然しながら、本当のところはどうなのか掴めない。
クラスでいじめが起きているかもしれない現状を、「しょうがない」と吐き捨てた。
冷たい笑顔が忘れられない犬飼弟の性格を『無邪気で素直』と表すれば訊こえはいいが、裏を返せば、『足元にいる虫を平然と踏み潰せる残忍な性質がある』とも言える。
「では、ぼくは部活に戻りますね」
「うん、また」
犬飼弟は踵を返して元気よく走っていったが、途中ではたと立ち止まる。
「あとでメッセージしますねー!」
どんな内容が送られてくるのか、僕はちょっと怖くなった。
* * *
「な、なんだこれ……」
勉強し、夕食を食べ、再び勉強からの入浴、というローテをこなし終えた僕の元に送られてきたメッセージの数を見て、言葉を失った。
差し出し人の名前は、犬飼太陽。
送られてきたメッセージの総数は、五〇件。
最初のメッセージが送られてきたのは、僕がお風呂に入ってから約五分後で、そこから立て続けに送信されている。
開口一番は、『こんばんわ』とありきたりな挨拶だったが、『とっても可愛い先輩がいるって、実はずっと見てました』と雲行きが怪しくなり、『本を置き忘れたのは鶴賀先輩とお近付きになりたかったからです』という恐怖の内容が綴られ、最終的には『これからも見てます』で締め括られていた。
「いやいや、怖いから……ガチで」
と、語彙が自然に佐竹ってしまうほど、僕は動揺を隠せずにいた。
「サイコパスっぽい雰囲気はひしひしと感じてたけど、ヤンデレのほうだったか……」
下手な対応をすれば背後から包丁で一突き、なんてことにもなりかねないのではないか? ヤンデレモノの漫画やラノベで得た知識だけれど、ヤンデレなんてものは空想上の価値観の一種だ、としか思っていなかった。
実際にヤンデレ行為を体験する日がくるなんて──。
「ぞっとしない」
思えば不自然な点があった。
ダンデライオンで初めて文芸部連中を見たとき、文芸部員は自分たちが読んでいた本についてを話していたが、〈ハロルド・アンダーソン〉については、一言も発せられていない。にも拘らず、椅子にはハロルド本が置き忘れてあった。
意図的に置いた、としか思えない。
「だけど、こんなトラップ、気がつくはずないだろ……」
栞代わりに挟んでいた〈名前が記載されているポイントカード〉も、自分の存在を誇示するためだったのだろうとすれば、合点がいく。
「そういえば、太陽君は八戸先輩を〝望君〟と呼んでいた」
八戸先輩と親しい間柄ってことは、少なからず僕の情報は筒抜けになっていると予想する。
「ま、まさか……ね」
僕の情報が筒抜けになっているとしても、女装の件はさすがに口外していないと信じたい。
そう、信じたかったのだが──。
ピロン、と間抜けな電子音が部屋に響いた。
差し出し人の名前は、言わずもがなだ。
『言い忘れていましたけど』
続けて、
『ぼくは鶴賀先輩の秘密も知っていますので』
頭の中が真っ白になった。
次に、腹の底から怒りが沸き起こる。
堪忍ならん。
「八戸先輩の大バカ者おおおおおおっ!」
下の階で母さんが、「夜なんだから静かにねー」と叫んだ。
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