【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
四百十六時限目 亀裂は音を立てて広がる
照史さんに窘めらたた佐竹は、気に食わなそうな顔でテーブルに肘をついて、じと窓のほうを見つめている。いい加減に機嫌を直してほしいものだ、と思いながらクッキーが並ぶ皿に手を伸ばした……あれ?
ついさっきお代わりのクッキーを貰ったはずなのに、一枚も残っていないだと?
さっきは、『僕はバニラ味派だ』なんて言い訳をして我慢していたけれども、クッキーその物が嫌いなわけではない。むしろ好きな部類に入る。「ちょっと焦げた」と照史さんは言っていたが、ココア味なら味にそこまでの支障は出ない。──だから佐竹は美味しそうに食べていたのか。
それにしても、どうやって食べれば頬にクッキーのカスが付くのだろう。超次元的な食べ方でもしない限り、そこに付着するはずがないのだが、いまもなお右の頬に付いたままだった。
「ねえ」
と佐竹を呼ぶ。
「いつまでそうしてるつもり?」
すると、左手に乗せている不貞腐れた顔をこちらに向けて、
「なにもわかってねえのが悪いんだろ……」
感情論で言われてもなあ。
首を傾げるばかりだ。
「わかってないって、なにが?」
「そういうとこだよ。ガチで」
佐竹は「そういうとこ」を強調する。
僕のどういうことがわかってないのか小一時間ほど詰問したいところではあるが、村田ーズ事件は佐竹が切り出さない限り明るみにも出なかっただろう。「宇治原調子乗ってる」という鬱積がじわじわとクラスを侵食して、気がついたときには手遅れだった──なんてシナリオにもなりかねない。
これこそが佐竹の憂うところで、深刻な事態であると僕に助力を求めた。
監視対象が複数人いる場合、監視の目は多いに越したことはない。
二つで足りなければ四つ、四つでたりなければ六つと増やして、情報共有するべきだと僕は思うのだが、佐竹は頭を縦に振らない。
本当に解決する気があるのか? と疑ってしまうくらいだ。
佐竹は、「はあ」と湿っぽい溜息を零す。
「お前に〝わかってくれ〟ってほうが無理か」
一を言って十を知る、こんな芸当ができるヤツに、僕は会ったことがない。
どんなに才能があったとしても、『察しがいい』止まりだ。
「天野さんたちに知られてはいけないことでもあるの?」
「なんっつうかさあ……あれだよ、あれ」
あれ、を何度も繰り返しながら、言葉にできない〈なにか〉を必死に紡ごうとする。
「献身的?」
「老後の介護を僕にしろって?」
「違う。そうじゃなくて……切磋琢磨?」
「お互いに勉強を頑張ろう、的な?」
「優志、お前わかっててボケてるだろ!?」
バレたか。
「被害を最小限にしたいとか、秘密裏に解決したいとか、そういうことでしょう?」
「それはそうなんだけど……やっぱりお前にはわからねえよなあ」
佐竹にそこまで言われると、なんだか癪だ。
「優志は他人の気持ちなんてどうでもいいってタイプだろ?」
まあ、それなりには興味がない。
「わかるはずねえよ」
機嫌を損ねたようだ。
佐竹は「俺、今日はもう帰るわ」と言って、振り向きもせずにダンデライオンから出ていった。
おい、お会計くらいしていけ。
* * *
佐竹の意向通りに、僕は翌日も村田ーズの監視にあたった。
「特に目立ったことはしないな」
昨日は教室で宇治原君の陰口を叩いていたのに、今日はそんな風を吹かすどころか、週刊誌に載っていたグラビアアイドルの話題で持ちきりである。
「やっぱり、ぱいおつかいでーが至高だよな」
と、巨乳派の村田が鼻の下を伸ばしている。
「いやいや、控えめだろ。まな板よりもちょっとふっくらしてるくらいがベストだ。月ノ宮のとか最高じゃん」
軽音部(仮)のロン毛こと本沼君──もっちゃんの本名──は、性癖に難がありそうだ。でも、同じ空間で、しかも胸部の話題のときに月ノ宮さんの名前を出すとは、命知らずだな。
「二人とも、もっと自分を弁えろよ。巨乳美少女がある日突然告白してくると思うか? 貧乳少女だって男を選びたいだろう。だからな、おれらみたいなもんは、無難なカップで値打ちにするんだ」
ノボル──本名を村田昇という。
このグループは一見すると杉田君が引っ張っているように見受けるが、実状の支配力は村田君のほうが上だ。それゆえに、彼らをひとまとめにする際は、〈村田ーズ〉と呼称している。
佐竹もそれを見抜いた上で、「村田たちはどうだ?」と僕に訊ねたのだろう。
この村田という男は、なかなかにワル知恵が働くらしい。
いや、察しのいい男、と呼ぶべきだろうか。
僕が監視していることにいち早く気がついて、他の二人が宇治原君の話題を出さないよう、巧みにすり替えている。
週刊誌を持ち込んだのも村田君だった。
共通の話題を持ち込むことによって、話題を完全に別方向へと誘導したのだ。
──僕は、警戒されている。
このことを佐竹に伝えるべきなのだろうけれど、佐竹は昨日の一件以来、僕と目を合わせようともしない。
メッセージを使って伝える方法も考えたのだが、村田ーズがいる教室では、不審がられる行動をしないほうが得策だ。
おそらく、僕が村田ーズたちを監視していることを、杉田君と本沼君も把握しているはず。──週刊誌はボロを出さないために一役買っているってわけか。
一筋縄ではいかないのに、佐竹と上手く連携が取れないのは痛恨の痛みだ。
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