【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
四百十五時限目 透き通るようなグレー
放課後。
いつものようにダンデライオンを訪れた僕と佐竹は、昨日と同じ席で昨日と同じ注文をした。
昨日と違うところと言えば、照史さんが趣味で焼いたというクッキーを出してもらったことだろう。
「ちょっと焦がしてしまって」と苦笑いしてクッキーを出すその姿は、慣れないお菓子作りに手間取り、誤魔化すみたいに漫ろ歌をハミングする若き頃の母さんみたいだった。
店内に流れるのは、落ち着いた旋律をぽろろんと奏でるピアノジャズ。それを片耳で聴きながら、「いただきます!」といままさにクッキーに手を伸ばそうとしていた佐竹の右腕をつんと突いて、
「クラストークってあるの?」
犬飼弟と昼に話した際に話題に上がった〈クラストーク〉の有無を訊ねた。
クラストークというのは、携帯端末用アプリ、〈メッセージ〉の機能のひとつだ。
メッセージは基本的に『一対一でのやり取り』だが、グループを作れば複数人でメッセージのやり取りが可能。もちろん、僕、佐竹、天野さん、月ノ宮さんのグループも作ってあるにはあるのだけれど、全員でなにかをするときにしか使用されないので、ほとんどと言っていいほど放置状態だった。
「クラストーク? ああ、あるぞ。普通に」
クッキーをもぐもぐしながら、平然とした態度で佐竹は言う。
「……あるんだ」
予想通りだったとはいえ、なんだかなあって気分だ。
佐竹の口振りの様子だと、『クラストークは一クラスにひとつ』というのが学生の常識になりつつあるらしい。
招待された記憶がないのだが──おっかしいなあ?
「お前を招待しても絶対に入らないだろ?」
「よくご存知で」
クラス内で起こる出来事やちょっとしたいざこざは、佐竹が出張れば解決する。それに、クラス事情に精通したところで、僕の生活に変化があるわけでもないだろう。
いまのいままで知らなかった物が、これから必要になるとも考え難い。──どうしてもって言うのならば入るのも吝かではないけど?
「そんなことよりもさ」
そんなこと、で片付けられてしまった。
「村田たちはどうだった?」
神妙な顔で僕に訊ねながらも、クッキーを食べる手は止めない。
夕飯前だから空腹なのはわかるけどさあ?
僕の分を残すつもりは、毛頭ないような食べっぷりだ。
今日一日、僕は佐竹に言われた通り、村田君たちの動向を観察していた。一時は目を離して行方がわからないこともあったが、そこは伏せておく。
「どうだろう。雰囲気は〝透き通るようなグレー〟って感じかな」
「それを言うなら〝染み渡る白さ〟じゃねえの?」
「それだと洗濯洗剤みたいだね。──はい、追加分」
いつお代わりを注文したんだ。
というか、僕の分も取っておけよ。
「アザッス!」
待ったました! と言わんばかりに受け取る佐竹。もういいや、と思う。我慢できないくらい空腹だというわけでもないし、それに僕はココア味よりもバニラ味派だ。
「話の邪魔をしてしまったね。ごゆっくりどうぞ」
すいませーん、と呼んだ客の元に照史さんは向かっていった。
* * *
「さっきの〝透き通るようなグレー〟ってのはなんだ?」
頬にクッキーのカスがついているが、見なかったことにして、
「え、なにそれ?」
「優志が言ったんだろ……村田たちのことだ」
「わかってるよ。冗談だって」
佐竹は村田君たちのことを、かなり警戒しているようだ。それならそれで自分から声を掛けてみればいいじゃん、と提案してみたけれど、
「アイツらは俺が話しかけるとどっかいっちまうんだよ」
村田君たちも佐竹を警戒しているようだ。
「嫌われてるんじゃないの?」
佐竹ドンマイ! と肩を叩く。
「マジかあ……っべーなあ。ガチかあ」
思いの外、メンタルにダメージを受けているようだ。
佐竹はだれもが認めるクラスのリーダーだが、それを快く思っていない人間が二、三人いても不思議ではない。かつての宇治原君だって、それを是としないがために反乱を起こしたのだ。
でも、佐竹の目標は『みんな笑って卒業』である。その夢実現させるには、自分がクラス全員から好かれなければならない。──なんて本気で思っているのだろうな、この男は。
「なあ優志」
「なに?」
「どうすりゃいいと思う?」
「質問する相手を間違えてるよ。それとも遠回しに僕をディスってるのかな?」
話せるようになったのはクラスの一割にも満たない僕に、そのような質問をされても答えようがない。最早ネットで検索したほうが有意義な回答を得られるまでもある。──知恵袋でも教えてやろうか?
「それよりも、僕がさっき言った〝透き通るようなグレー〟の意味はもういいの?」
「ああそれそれ。──で、どういう意味なんだ?」
「なにかを企てている様子はあるけど、一日じゃその全貌を掴むのは無理だってことさ」
「それって〝濁ったグレー〟じゃねえの? マジで」
グレーはそもそも白と黒が混ぜた色で、濁っているのだが。
佐竹に比喩表現は難しかったようだ。もっとも、理解させるつもりもない比喩を用いた僕が悪いのは百も承知である。
「色の話はどうでもいいんだよ。今回の依頼は僕一人では無理がある。月ノ宮さんと天野さんにも相談して──」
「それは駄目だ!」
突然大声を出すもので、衆目を集めてしまった。
「佐竹君。申し訳ないけど静かにしてもらえるかな?」
照史さんに矢を射るような目を向けられた佐竹は、「すんません」と頭を下げた。
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